第36話 ワン・オールドメイド 3

 阿久津未来(ギャル)が、次に抜けが確定した友人の友枝姫蒔(ギャル)と抱き合って喜んでいる。

 智美(オカメン)がショックを受けているうちに4周目は終わり、5周目が始まった。

 前の縦抜和文(オカメン)からカードをひったくるように取ると、素早くかき混ぜる。

 一刻も早く、ババを捨てたかった。

 最後までペアが出来ず、ひとり孤独に死んでいく。

 それが「オールドメイド」の本来の意味。

 友達もできず、誰からも愛されずに、犠牲にだけはなる自分の生き方に、重ねて見えた。

 そんな惨めな最期は絶対に嫌だった。


「え? 見なくていいの?」

 次の番の山下朋子(ギャル)が、戸惑ったように言う。

 しまった!

 智美は、全身の毛穴が粟立つのを感じた。


 智美は自分がクィーンを持っていることを知っている。

 だから、揃わないことを知っていた。

 早くクィーンを手放したい一心で、確認するという、誰もが行っている動作を端折ってしまった。

 私は今、いったいどんな顔をしているだろう。

 息が、苦しい。

「あ、…うん」

 糊のように粘る息をなんとか吐き出し、それだけを口にする。

 カードを見て、それからシャッフルを再開した。

 白々しい行動だった。

 明らかに周囲の空気が一変している。

 智美がババを持っていることは、おそらく全員にバレてしまった。


 ゲームが進行していく。

 ババを智美が持っているのがバレたせいか、カードを引くスピードが早くなった気がする。

 5周目は8名が抜けたが、6周目は0名だった。

 智美は、忘れないよう確認する演技をしてみせたが、次もクィーンは手札に残った。

 惨めな孤独死が、自分の手から離れてくれない。

 込み上げて来る無念の想いが、表情を溶かしてしまいそうだった。

 けれども必死に我慢する。

 堪えきれなくなった瞬間、自分の中の大切な何かが崩壊しそうだった。


 7周目。

 引け! ババを引け!!

 祈ったが、ババは手元に残った。

 代わりに朋子が抜けていった。

 7周目の抜けは多く、10名となった。残りも10名だ。

 

 8周目。

 智美は再度、祈った。

 お願いです!お願いです!お願いです!

 今まで誰も自分の声に耳を傾けてくれなかった。

 どんなに助けてと言っても、誰も助けてくれなかった。


 松田加奈代(小学生の母)の手が、智美のカードに伸びてくる。

 こちらの緊張を感じ取っているのか、なかなか決めてくれない。

 智美は心臓が破裂しそうだった。

 手汗が気持ち悪い。

 自分の2枚のうち、どちらがクィーンか智美は知らない。

 知っていたら、とてもじゃないが、表情を消すことはできなかっただろう。

 真壁の配慮が、今の智美を救っていた。

 足りないのは運だ。

 才能を得るために、殺人まで犯したのに、こんなところで死ねるか!


 加奈代がようやくカードを引いてくれた。

 彼女はちらっとカードを見て、すぐにシャッフルをはじめた。

 カードは揃わなかったようだ。

 どっちだ? どっちが残っている?

 智美は、おそるおそるカードを確認した。

 精神はすでに限界に近い。

 今度もあの、自分の人生の象徴のような呪いのカードが残っていたのなら…。

 

 カードを傾ける。

 徐々に、模様が明らかになる。

 どっち? どっちなの!?


 手元にあったのは、ダイヤの7だった。


 智美は内心で歓喜した。

 熱いものが込み上げてくる。救われたような気がした。

 世界が自分を認めてくれたような気がした。


 8周目に動きはなかった。

 カードが少ない分、一気に数が減るかと思ったが、ここに来て停滞が起こった。

 抜けは0名。次の9周目、10周目もそうだった。

 10名を維持したまま、11周目に入る。

「よっしゃぁ!!」

 金村翔太(下睫毛)がペアを揃え、離脱した。

 その後ろの、蜜蜂花子(運営スタッフ)も自動で抜けが決定する。

 さらに4名が抜け、11周目終了時に、残りは4名となっていた。


 智美と加奈代、縦抜と荒木望(大学生)の4名だ。

 智美は縦抜からカードを引いた。

 クラブの5だった。手札はダイヤの3。まだ抜けることができない。

 加奈代が智美の手札からカードを引く。

(抜けないで!!)

 智美は祈った。

 加奈代が落胆の表情をする。どうやら、揃わなかったらしい。

 そして荒木が、カードを引き、小さく拳を握り締めた。

「よし!!」

 カードを地面に捨てる。

 ダイヤの3とハートの3が揃っていた。


 智美は呆然と、縦抜を見る。

 荒木が抜けたため、彼の抜けも決定している。

 彼の持つ1枚のカード。

 それを次は、智美が引くのだ。


 どくん。

 胸が痛い。

 ドクンドクンドクン!!

 心臓を小刻みにノックされているかのようだ。

 

 残るカードは、自分の持つクラブの5、それと対となるスペードの5、そしてクラブのクィーン。

 つまりは、ババだ。


 ここで彼の持つカードが5なら、智美の抜けが決まる。

 だが、それ以外なら…。


 手が震えた。

 命のかかったカードの重さ。

 こんなにも緊張するゲームが、今まであっただろうか?


 震える手で、縦抜の手からカードを引いた。

 そして、ゆっくりと裏返す。

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