プロローグ:オーガ

プロローグ2-1

 俺は誰だ……。

 俺はなんなんだ……。

 俺は……。



 

 今日も今日とて、自分の思考に没入する。

 いつ頃からかは分からないが、俺は自分という存在に疑問を持っている。


 種族は分かっている。

 姿かたちと体表色は人間と同じながらも、二メートルを大きく超える身長に、筋肉を多く搭載した巨躯ともいえる身体。

 そして、額には特徴的な一本角。

 人間たちは俺と似たような個体のことをオーガと呼ぶ。

 そう、なぜか俺は俺が何と呼ばれているのかを知っている。


 なぜ知っているのか。

 それは夢で見たからだ。

 ただ、夢で知った情報と違う特徴を俺は持っている。

 どうやら俺はオーガの中でも特殊な個体らしい。

 普通の個体なら一本角だが、俺は二本角。

 さらには、俺の身長は三メートルを優に超えるのではと思わせるほど大きい。


 さらにさらに、他の個体と違うところがもう一つある。

 それが夢だ。

 同族は夢を見ないらしく、眠るたびに夢の内容を話す俺を同族は気味悪がった。

 

 そんな不気味に思われているというのに、俺は群れ一つを治めている。

 個体数で言ったら、二十体ほど。

 単独での活動が多いオーガにしては、この群れはかなり大きな規模らしい。

 そんな規模の群れを俺が治められている理由。

 それは、力だ。


 オーガは力のある者のみに従う。

 だが、オーガは負けず嫌いだ。

 負けず嫌いが故に、なかなか他の個体を認めることができない。

 なら、なぜ俺の下に群れが出来ているのか。

 その理由は簡単だ。

 

 それは圧倒的な力をもって、反逆者を容赦なく殺してきたからだ。

 

「ボス! いや、元ボスか……」

「どういう意味だ?」

「アンタは俺らのボスにふさわしくねぇ!」


 いま目の前にいる個体のように、俺の群れにいることに不満を表すものは度々出てくる。

 そして、不満を表したものは決まって言うことがある。


「だからよぉ……。俺がこの群れのボスになってやるよ!!」


 群れを乗っ取るという宣言だ。

 そんな個体が出てきたとき、俺がどう対処するか。


「本当に俺と戦うのか?」


 まずは戦闘する意思の確認だ。

 そうすると、決まって返事が返ってくる。


「ボスともあろうものが、ビビってんのか?」


 挑発だ。

 オーガは力を信奉している。

 その考えのもと、必ず戦闘前に戦意を滾らせるために挑発する。

 ここで、挑発されたものが相手を怖がっているような反応をすると、オーガは戦闘を始めるための戦意による酔いから醒めてしまう。

 でも、俺は言う。


「本当に俺と戦うんだな?」


 オーガにとって二度目の確認は、相手を恐れているような印象として受け取るものが大半だ。

 だが、この群れでの二度目の確認は最後通告だ。

 それをこの個体は知っているのだろうか。

 俺の疑問に、目の前の個体は行動で応える。


 目の前の個体は普通の個体より少し大きな身体をぶるぶると震わせ、筋肉を膨張させる。

 更には身体からモヤのようなものを漏らし始める。

 このモヤを魔力というらしい。


 だが、いまは魔力のことなどどうでもいい。

 このモヤが現れたということの意味を知っているからだ。

 モヤは戦意が限界まで高まっているときに出てくる。

 つまりは、俺の最後通告の意味を知っているということ。


 俺の通告を知っている者は、個体として強力なものが多い。

 将来を有望視されるが故に、俺の最後通告について知っている者が教えるからだ。

 

 今回の個体は魔力のモヤも十分な濃度を持っているし、なにより筋肉の膨張をどうやら制御できているようだ。

 いまから始まる戦いは期待できそうだ。


「ボス。俺はオーガの本能に従って、アンタを倒してみせる」

「そうか……。俺に勝つつもりでいるのか……」

「俺から勝負を仕掛けてんだ。勝つと思ってんのは当たり前だろうがァ! 舐めてんのかッ!!」


 威勢のいい怒号。

 今回の挑戦者もなかなか強気の様だ。


 だが、この個体の周りの者は俺の強さを語らなかったのだろうか。

 それとも、反発心で忠告を聞かなかったのか。

 どちらにしろ、俺も戦意を高めなくては……。


「ハァァァァアアアア……」


 呼吸によって、自分の意識を戦いのみに集中させる。

 俺も特殊な個体とはいえ、オーガだ。

 戦いの前には、オーガとしての本能を抑えられなくなる。

 自分の内にある暴力性を抑えることを止める。

 

 その瞬間、俺の魔力が身体から吹き出す。


「ッ!!」


 俺の内に秘めている戦意に、目の前の個体は表情を硬くさせる。

 ビビったわけではないようだが、目の前の個体は予想以上に、俺が力を秘めていることに気付いたのだろう。


「オイ! 俺に挑戦したなら気を抜くんじゃねぇ。あまりにも貴様が弱ければ醒めるだろうが」


 挑戦者の目に怒りが宿る。

 いま挑戦者はなにを考えているんだろうか……。

 そんな些末なことをわずかな知性で思う。

 今から自らの内にある暴力的な野性と己自身を制御している知性の均衡を意図的に崩す。

 もちろん、野性が知性を上回るように。

 そうすると、不思議と戦うことしか考えなくなる。


 このまま自分の野性に身を任せ、挑戦者を殴り倒したいが、一言だけ言葉を漏らす。


「いくぞ……」


 その言葉を聞き取った挑戦者の最初の行動は防御だった。

 顔面に迫ってくる拳に、腕を割り込ませた。

 だが、威力はわずかしか減少せず、挑戦者は吹っ飛ばされる。


 森に囲まれた俺の村にある決闘場。

 森を切り開いただけの決闘場から吹っ飛ばされた挑戦者は勢いをそのままに木へと激突した。

 吹っ飛ばされてしまった挑戦者のせいで、木が何本か折れてしまったが、そんなことを気にせず挑戦者を待つ。


 ここで戦意をそのままに、俺への挑戦を続けてくれることを期待しつつも、俺の身体は挑戦者を追いかけた。

 追撃するつもりなのだ。

 小手調べの一撃程度で吹っ飛ばされるような個体に期待はできないが、俺の中の野性が暴力を振るうことを求めていた。


 挑戦者に追いついた俺は些か落胆していた。

 挑戦者は気絶するかのように、仰向けの状態で目を閉じていたからだ。


「つまらん」


 その一言が漏れ出たが、俺は容赦なく本気の一撃を振り下ろした。

 顔面を捉えるその瞬間。

 挑戦者は目を開け、俺へと蹴りを放つ。


 仰向けという不利な体勢からの一撃。

 あまり力を感じなかった一撃だが、まだ終わらせないという意思を感じるには十分だった。

 その証拠に、俺の身体には確かな衝撃を受け取っていた。


 まさかの反撃に、俺の拳は逸れてしまった。

 その隙を狙っていたのか。

 挑戦者は勢いよく起き上がる。

 そして、勢いそのままに俺へとタックルを敢行する。


 ドン!! っと周囲に大きな音が響く。

 身体の重さ、自身の持つ力、速度。

 それらすべてを俺の身体にぶつけてきたことによる音。


 だが、生身の人間なら吹っ飛ばされそうな突撃を俺は受け止めた。

 余裕の笑みを浮かべて。

 まだまだ勝負はこれからだという意味を持つ凶暴性のある笑みだ。


 俺の笑みを見た挑戦者はどう思ったのだろう。

 他の個体の感情など分かるわけもない。

 でも、俺の笑みを見た挑戦者には微かな怯えのようなものを感じた。

 そして、その微かな怯えは俺に確かな影響を与えた。


 醒めたのだ。


 自分の力に酔い、内にある野性を解放できる。

 そんな期待が一瞬でなくなり、言葉の通り酔いから醒めた。


 酔いに醒めた俺には知性が戻ってきていた。

 その事実に、大きな落胆を感じた俺は言葉を放つ。


「お前、弱いな。弱すぎて醒めちまったよ」


 俺の言葉に挑戦者、いや腰抜けは泣きそうな表情を浮かべる。

 戦闘相手が醒める。

 その意味はオーガという種族にとって重たい。

 戦いが全てと言わんばかりの種族なのだ。

 戦いの酔いに浸れないことはまさに致命的だ。

 それはこの腰抜けにも通じる。

 

「すみませんでした」


 完全な屈服から来る謝罪。

 なによりも一緒に戦闘を楽しむことができないことへの謝罪。

 おそらく、腰抜けは俺の放った小手調べの一撃で察してしまったのだろう。

 手加減されていることも、そして自分の放てる最高の一撃よりも手加減の一撃の方が強いことを。


 何にしろ、この個体は負けた。

 この個体がどうなろうと知ったことではないが、群れを治める者として処刑しなければならない。

 負けとは、弱さとは罪なのだから。

 本当なら、腰抜け自身は自殺したいほどの失望感を抱えているだろう。

 それを考慮するつもりもない。

 勝利したものが全てを決めるのだ。




 この日、二十体いた俺の群れは十九体になった。

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