「エピローグ」
◆◆◆
退院から三日後。
アカリは一週間ぶりの登校に、気合が入っていた。
髪をセットして、お化粧をして、スカート丈をミリ単位で調整する。学校生活に油断は禁物だ、いついかなるときでも、超絶可愛いキュートな優等生でいなくては。
朝、いつもより早く起きて第二進路指導室に向かう。
ダンジョン探索部は、活動停止になったそうだ。
これは樹学院だけではなく、全国的にダンジョン探索が一時的に禁止されているのだ。
東京不明迷宮での事故や、迷宮省が隠していたダンジョン内での行方不明事件の真相などが世間を賑わせている。
このほとぼりが落ち着くまでは、少なくとも正規のダンジョンの探索は難しいだろう。
「……おっはよぅ」
おそるおそる、ドアを開ける。
やはりそこには誰もいなかった。
椅子に座って、朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「……お母さん」
あの日、地底湖の奥深くで見た光景を思い出す。
影人魚たちを生み出しつづけていた『鏡』の向こう側、向こうの世界に引きずり込まれそうになったアカリの背中を押してくれた、温かい手。
それは記憶の奥底にある、母──溝口茜の手に似ていた。
「……橘梨々子せんぱいが戻ってこれたなら、お母さんも……」
ダンジョンがこの世界にあわられて、二十年。
世界は決定的に変わってしまった。
そして人類は、まだダンジョンが何なのかすら、どうして現れたのかすら、理解できていないのだ。
そのとき。
第二資料室の扉が開いた。
「よぅ、アカリ!」
「はよー」
「……レイちゃん、北加瀬?」
「思ったより、元気そうじゃん」
「うん、おかげさまで」
「あっそ。じゃあ、これ!」
ぺらり、と一枚の紙が目の前に提示される。
ダンジョン探索部、設立届。
例の事件を機に、ふたたび解体されてしまった部活の、復活を願う書類。
「……これ」
アカリが、何度も何度も出していた書類だ。
見間違えるはずがない。
部員の名前も、顧問の名前も、すべて記入が終えられている。
部長の項目だけが、書かれていなかった。
「アカリちゃん」
もうひとり、見慣れた人影が入室してくる。
「桔梗せんぱい……!」
「ごめんね、勝手に書類作っちゃった」
「どうして……?」
木月野桔梗が、ダンジョンに潜る理由はもうないはずだ。
彼女がダンジョンに潜っていたのは、橘梨々子の居場所を守るため……だから、未だ入院中とはいえ梨々子が戻ってきた今、桔梗が部活を続ける理由なんてないはずなのに。
「どうしてって、アカリちゃんは……ダンジョンに潜るでしょ?」
「そ、れは」
当たり前だ。
ダンジョン探索者のトップに君臨する姉に、自分の活躍を見せつけたい。
そして──ダンジョンのどこかにいるはずの、母を……溝口茜を見つけたい。
「……うん、私はあきらめない」
自分の青春も、母も。アカリは諦めるつもりはない。
「だったら、私も一緒にいさせて」
桔梗はアカリの手を握る。
小動物じみた、可愛いすぎるその仕草に、アカリは何度でもときめいてしまう。
アカリは、部室にいるメンバーを見回す。
夢見ヶ崎レイも、北加瀬太郎も。
誰もが、アカリを真っ直ぐに見つめていた。
◆◆◆
ダンジョンがこの世界に現れてから二十年。
世界の形は決定的に変わってしまった。
けれど、世界が変わろうとも。
──青春をあきらめない心は、変わらない。
(終)
底辺ダンジョン探索部はあきらめない 蛙田アメコ @Shosetu_kakuyo
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