真冬と大和と茶封筒

 ある日、

 真冬さんから質問された。

「君は、何かスポーツは?」


 うーん……、ちょっと気まずい。

 それは、俺にとって、数少ない『答えたくない質問』だ。


 でも……、


 真冬さんが、

「どした?困ったような顔して?」


 この人には、何故か……正直に言いたくなって、思わず。


「実は、姉が運動部の揉め事がきっかけで……引きこもりになっていまして……」


「え……」


「今も、ずっと、姉は部屋に籠っています。だから、なんだかスポーツ全般に苦手意識というか、わだかまりを感じていまして」


「そうなんだ……」


「スポーツが悪いわけじゃないのは分かっているんです、でも、なんだか、複雑な気持ちで……」


「なんかごめんね……」


「いいえ、こちらこそ、すいません」


「スポーツってさ、楽しい面だけじゃなくて、過酷な面もあるよね」


「俺も、そう思います」


「ちなみにさ、私、へたれなの」


「はい?」


「だから、へたれ。チキン、弱虫、豆腐メンタル」


「ストップストップ!突然、自虐し過ぎです」


「だって、本当のことだからさ、練習のときは身体が動くんだよ、それでね、期待されちゃうんだけどさ……試合になるとね、いつもやらかすの。この間なんか、ずっとピーピー」


「ピーピーって、まさか」


「そう、そのまさか、競技以外の時間はずっとトイレに籠りっぱなしで、体調は最悪、結果は……言うまでも無いよね……とにかくね、私、メンタルが弱いのよ」


 メンタルが弱い?とてもそんな風には見えない。


「いろんな競技の人たちから、才能はあるぞって!褒められているのにさ、結果は何も出せていないのさ」


 知らなかった。

「スポーツってのは、難しいもんだよ、ね」


 ピピピピ……


「あぁ、時間だ!ごめん、私、この後、大会の反省飲み会だから、もう行くね」


「は、はい」


 ……スポーツウェアのまま飲み会に行くのかな?



 そして今日だ。


 彼女は店にやって来ていた……様だった。


 俺が景品の整理を終えて、バックヤードから出たときに、

 帰っていく後ろ姿が見えた。


「今日は、おしいことをしたね」


 店長にからかわれる。


 その後すぐ、レトロゾーンに掃除へ行った。


「あれ?」


 アバランチフォースの筐体の側に落とし物。


 一枚の茶封筒。


 手に取る。


 ドドド……


「……?」


 中の紙が少しはみ出している。

 当然、中身を読むのは重大なマナー違反だ……。


 ドドド……


 さっきから、何だ?この響きは?頭の中で何かが振動している様だ。


 ドドド……


 気になる……中身を見ずにはいられない。


 バッ!


 もう少しで、紙を破くところだった。

 俺は、目を凝らしていた。


 場所。


 時間。


 それしか、書かれていない。


 それなのに、心がざわつき、落ち着かない。


 そうだ。


 落としたのはきっと真冬さんだ。


 ……これを届けなければと思った。


 俺は走り出していた。


 すれ違った店長に


「今日、休みます」


 とだけ伝えて、さらにスピードを上げた。


 おそらく、店長は大激怒しているだろう。


 外に出ると、遠くに彼女の背を見つけた。


「…………さ……ん」


 ついさっきまで、いつも通りだったのに。

 声が出ない。


 喉が閉じている感覚。首筋も妙に熱い。


 風邪なのか?突然に?どうも、おかしい。


 こうなったら、追いつくしかない。


 すでに彼女は向こう側の道へ渡っていた。



 ――その後を追う。


 地下鉄へ下りた彼女を追う。


 だけど、人が多くて時間をロス、


 走っても、走っても、結局、追いつかず、



 最後に、喉が少しだけ開いた様な気がしたから、


 声を絞り出して、


「真冬さん!!」

 呼びかけたが、



 ――彼女は電車に乗ってしまった。



 ……あれ?


 それで……どうしたんだっけ?


 俺は、彼女を追って、次の電車に乗ったはずだ。


 そして……そして……?


 どうしたんだっけ?


「……」


 それと……電車が着いて……歩いている途中……で、


 誰かに会った様な気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る