第2話 ゼロ·トゥ·ヒーロー ②

「リ, リバイアサンだ!!!!」


その叫びを皮切りに。


「キャアアアア!」


ある女性の絶叫も続き、ようやく状況を把握した作業員たちが気を引き締めて防壁の反対方向に逃げ出した。


「クアアアッ!どけ, どけって!」

「どうしてここに! もう9区域は内陸。安全区域じゃなかったの? 外には予備20区域の防壁が建設されているはずなのに、どうして!」


あらゆる叫び声でいっぱいの大混乱の中で僕は急いで地面を蹴って、ボーっとしている所長と椎名しいなの手を握って走り始めた。


「――!―――!―――!!―――!」


怪獣が意味の分からない怪声をあげた。奴は自分の周りを包み込んだ土ぼこり雲を吹き飛ばそうとするように、大きく体を動かされた。やがて土ぼこり雲が完全に晴れると、七つもある奴の瞳が何かを捉えた。 それはまさに、壊れた防壁の横に地面に座り込んでじっと震えているある女性作業員だった。


「ふっふっ……」


恐怖に襲われすぎて、指一本もびっくりできない彼女。 そんな彼女を捕らえた途端、奴は頭を一度かしげ、口から3つの触手を放ち容赦なく彼女を引き裂いた。


「あ」


短い悲鳴と同じくらい速い殺害。彼女は破れた作業服だけを残して肌がばらばらになってしまった。 奴の目的はよくあるように食事ではなかった。 ただ殺すだけ。 存在を許さないかのように人間を残さず除去する怪物。リヴァイアサンはそのような存在だから。


ちょっと後ろを向いた間にその過程を全て目にした僕は、それこそ両足が壊れるほど狂ったように走り始めた。 だが、やはり体の大きい所長と足に力が抜けた椎名しいな、その2人を無理やり引きずりながら一緒に走るということは容易ではなかった。


「足……足が動かない…… どうしよう、どうして……」


椎名しいなは震える両足を力いっぱい拳で叩きつけた。 しかし、足は動かなかった。勝手に動かない足に椎名しいなの両目から涙が止まらなかった。なんとか彼女を立ち上がらせようとする僕のそばで所長は困惑した様子で瞳を転がした。


その間、怪物は自分と近い人間を殺害しながら前進していた。奴の大きさは想像以上だった。 防壁にほとんど届きそうだったので、おそらく長さ13Mくらい。 おそらく年に数回登場しない「メガ」級であることは明らかだった。


あれほど巨大な体をしているにもかかわらず、奴は想像できないほど敏捷だった。 刃のついた触手をあちこち振り回して人々を刺し、また破った。 同僚を捨てることができず、助けながら逃げていたある男の胴体をそのままつかんで防壁越しに投げた奴は、ギョロリと瞳を転が椎名しいなを立て直そうとした僕と目が合ってしまった。


「― !― !―――― !―― !」

「なん·····!」


新しい獲物を見つけたのが楽しいのか、咆哮する奴。僕は仕方なく歩けない椎名しいなを背中に背負って逃げ出した。椎名しいなをおんぶするや否や、確実に落ちる速さ。横目で顔色を伺っていた所長は結局―。


「そ、それで……椎名しいなちゃんをた……頼む」


ザクザクと汗を流しながら、所長は僕と違う方向に向かってよろよろと逃げ出した。「卑怯な奴」という悪口が僕の喉まで沸き起こった。 だが、のんびり悪口ばかり言う余裕はなかった。


背後から「 ゴゴンゴゴン」と重い足音が相次いで聞こえてきた。 振り返らなくても分かった。 奴が後を追ってきていることを。 次第に大きくなる足の響きに椎名しいなは恐怖に震えた。


「ごめ……ごめん… … 私のせ、私のせい」


椎名しいなの涙と鼻水を絶えずこぼしながら肩を濡らした。僕も怖いのは同じだったが、なんとか椎名しいなを落ち着かせるために口を開いた。


「……大丈夫です。きっと大丈夫です、椎名しいなさん」

「死にたくない、 私は死にたくな――」


―シャキッ。


薄い風が吹いてきたような感じがした直後、恐怖にしどろもどろしていた椎名しいなの声彼女の声が突然途切れた。それだけではなかった。何か変だった。急に体が軽くなった感じ。 僕は背後から感じられる異質感に体がこわばってしまった。両足も止まってしまった。


「…… 椎名しいなさんん···…?」


背中から広がる湿り気と垂れ下がった椎名しいなの体。 震える首を回して後ろを確認した僕は、そのまま座り込んでしまった。 そこには首を切られて体の太っ腹だけが残った椎名しいながいた。 垂れ下がった手足と対照的にきれいに切られた首の断面は、ぐつぐつ泡を噛みながら赤い血が噴き出ていた。衝撃的な椎名しいなの姿に僕は悲鳴さえ上げられなかった。


「― !――――!――― !」


いつのまにか近づいてきた怪獣は椎名しいなだったものを拾い上げて空高く飛ばしてしまった。そして変な音を出した。笑ってるのかな。僕の絶望を少しでも見物するようだったが、奴は直に首を反時計回りに回転しながら触手を突きつけ始めた。3方向から包み込んで回るように僕に迫り来る触手。やがて触手に生えた鋭い刃が日光にきらめきながら、僕が死を予感した瞬間。


「!」


いきなり奴は触手を止めた。 そして左に首を回して一度かしげ、その方向に頭を突き出して相次いで首をぎしぎしと鳴らした。


「― !――――!――― !」


何だろう。僕は呆然となった。意味が分からない。どうして殺す直前に触手を止めたんだろう。 だが、いまだにこの怪物が目の前を埋め尽くしていたから理由を考えたりするほどではなかった。


「― !!!――!!!!――!――!!― ― !!!」


突然の怪声とともに奴は暴れだした。二つに分かれた尻尾も振る奴。まるで興奮したようだった。そうする、奴はそのまま頭を突き出していた左方向に地面を蹴って走っていった。 一瞬、奴の黄色い瞳一つがくるくる回りながら僕を睨むようだったが、奴は四足を止めずにそのまま走って行った。


「た……助かった」


しかし、助かったという安堵感がする前に、忘れていた何かが僕の脳裏をよぎった。奴が向いた方向は左、方位では西だった。 そこには……。


真白ましろ……」


9区域の中心街が位置していた。


◆◆◆◆


「チェイサーって!ふざけるな!」


中心街に駆けつけていた僕は両足をしばらく止めて手首のデバイスに向かって大声を上げた。


「大体見ても13M!メガ級だ!!!! チェイサーのようなヒーロー志望生で解決できる問題ではない! 今すぐヒーローを出動させろ!」


せいぜい来るというのが、たかがヒーロー志望のチェイサーたち。ひどく腹が立った僕は精一杯叫んだが、応答AIは先ほどと同じように形式的な答案だけを返すだけだった。


『申し訳ございます。現在集計された死傷者数は……ピー34名。現在チェイサー派遣のみ可能です。 派遣されているチェイサーは10人、10人。9区域到着まであと……12分39秒』

AIはデバイスを通じてリアルタイムで伝えられる死亡統計を無感情に並べた。 僕が問い詰めていたその間にも、すでに死傷者が2人も増えた状態だった。


「このくずヒーローと協会のやつら!」


悪口を言って僕はしばらく止まっていた両足を再び走り始めた。ヒーロー志望のチェイサーだけが来るが、あと12分30秒だ。 普通のキロ級リヴァイアサンを撃退するにもかかわらず、数人が死亡するチェイサーたちの実力だ。あの巨大なメガ級の前ではたった数秒も耐えられずに全部命を落とすのは明らかだった。


システム上、民間人死傷者が100人あるいはチェイサーの死傷者が5人を突破して初めて出動命令が下されるヒーローだ。そんな彼らがこの9区域に到着した頃には、どれだけ多くの人が命を失った状態だろうか。そしてその間自分と真白ましろが耐えられるか……僕はあえて断言できなかった。


―ゴツン!


真冬の厳しい風に吹かれながら走った末、都心に入ると、奴が建物を壊す光景が目に入った。奴の爪に5階建ての建物が菓子袋を潰すようにつぶされて崩れ落ちた。 すでに8つもある建物をドミノのように押しつぶした奴。何故か奴は現在人間狩りよりは破壊に目をつけたようだった。奴の関心事が人ではなく、今この瞬間がチャンスだった。


真白ましろ真白ましろ!答えて!」


僕は矢のように距離を走りながら妹の名前を叫んだ。


真白ましろ!!!!」


そんなに2ブロックくらい走ったのだろうか。どこからか泣きそうな声が聞こえてきた。


「お兄さん!」

真白ましろ!」


廃墟と化しつつある都心のある路地で、土ぼこりをかぶった真白ましろを発見し、僕は駆けつけた。


「大丈夫?怪我はないの?」

「フ……フアア……お兄さん、怖かった」

「大丈夫。心配しなくてもいい……うん?」


泣き出す真白ましろを抱きしめて体の傷を探っていた僕は、彼女の数歩後ろに落ちたところに誰かが立っているのを発見した。僕の視線がそちらに向かうと、真白ましろは抱擁を解いた。


「……怪物のせいでみんな消えていなくなった時、あの姉さんが今まで一緒にいてくれた」


涙をぬぐいながら、真白ましろの指差しに僕の目が一瞬大きくなった。


「……姉さん?」


僕が驚いた理由は当然だった。真白ましろが指差した人は灰色のフードケープを深く巻いていて顔はよく見えなかったが、背はとても高かったからだ。 およそ175CMぐらいかな。女にしてはかなりの身長で、一瞬やせた男だと疑ったほどだった。


「……感謝はいいから、ここから早く出て行け」


フードから柔らかい声が流れ出て僕の耳を優しくくすぐった。 だが、その声に温もりは全くなかった。 まるでデバイスで話を交わしたAIのような感じだった。


「…… そちらは? 僕たちと一緒に行きましょう」

「私は……別にやるべきことがある。 早く行きなさい」


勧めにもかかわらず、フードの女性は邪魔だというように手を振った。 しかも、きっぱり断るように両腕で自分の体を包み込んでいた。 仕方なく僕は――。


「……え?」


何も言わずに彼女の腕をつかんで路地から出た。


「ちょっと、ちょっ……何だ」


慌てた女性は僕の手から抜け出そうともがきながら抵抗してみるが、そうすればするほど僕は腕にさらに強く力を入れた。


「ほんとうに、すみません。後で私が百回も千回も謝ります。でも、妹の恩人をこんなところに残しておくことはできません。真白ましろも早くついてきて」

「これじゃあなたたちまで危ない。 それは私が望むのが……あっ!」


路地に出て通りを横切る瞬間、女性の足が固く止まった。それに伴い、僕も動いていた足取りを止めた。何か不気味な感じで私は首をかしげた。僕が見つめる方向。その方面に数百メートルから1キロほど離れたところに奴はいた。


破壊の真っ最中だった建物を足に持ったままじっと立っている奴。 数秒ほど一時停止でもしたかのように、奴はそのようにじっとしていた。 しかし、私は感じることができた。 遠すぎて見えないけど、奴の目がきっとこっちを見つめていることを。


「……ごくり」


その方向を注視しながら僕は唾を飲み込んだ。 緊張感に荒れる息遣いさえ耳元で鳴ろうとした時、奴の頭が突然ねじれて四股に分かれた。


「避けて!」


女性の叫びよりも早く、奴の頭がうごめくった。 何が起こったのか気づくより早く、空気の波動は奴と僕たちの間のすべてを吹き飛ばす勢いで襲ってきた。

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ゼロ·トゥ·ヒーロー ~ 何でもなかった僕が最高のヒーローになるまでの話 リノたん @linothang4180

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