第37話 優しい言葉と王宮からの使者
馬車の中でシルヴェスター様に何があったのか聞かれたので、私が聞いた内容を伝えた。
「なるほどな」
「本当は立ち聞きなんてどうかと思ったのですが、他国の王太子妃と継戦派の貴族の当主がバルコニーでやり取りするのは両国の関係に関わるのかと思い……」
「そうだな。こちらが同じようにしたら継戦派も同じ行動をしただろうな」
少し気まずそうに告げるとシルヴェスター様が間違っていないと言ってくれる。その言葉にほっとする。
「ですが、まさか王太子妃殿下に頼み込むのは正直驚きました」
「問題を起こしたビエルド伯爵家は歴史こそあるが先代当主の浪費で斜陽貴族の分類に当たる。爵位を継承した伯爵からしたらなんとしても立て直したかったのだろう。だがアリシアの言う通り、その行為は相手の王家を下に見ていると捉えかねない行動だ」
シルヴェスター様の発言にこくりと頷く。私もそうだと思う。
イーサン王太子が断っているのにヴィオレッタ妃が取り次いだら応じてくれる。それは、イーサン王太子を侮辱していると等しい。
「斜陽貴族と認識されているから資産家の結婚相手を見つけるのも難しい。だから判断を誤ったのだろう。それが失脚に繋がったな」
「ビエルド伯爵はどうなるのでしょうか」
「王家主催の外交パーティーで来賓である王太子妃に無礼を働いたことは間違いない。少なくとも爵位の降格は免れないだろうな」
「そうですか……」
爵位の降格。それは、貴族からしたら爵位剥奪の次に嫌な処罰だろう。
貴族は爵位によって立場が大きく変わってくる。降格となれば影響力が低下して領地も小さくなる。
何より、醜聞となって社交界で笑い者になるので誰もが忌避する処罰だ。
だからビエルド伯爵の立場も変わるだろうけど、仕方ないと思う。
王家主催の夜会で騒ぎを起こすのはご法度なのは貴族なら全員知っている。
だから以前の王家主催の夜会でシルヴェスター様とオルデア公爵の剣呑としたやり取りはハラハラした。
建国時から続く名家の舌戦は私はもちろん、周囲も緊張したと思う。
今回は王家主催かつ、外交を伴う夜会での騒ぎ。当然、そこで騒ぎを起こしたら処罰が重くなるのは明白だ。
「まぁ、その程度で済めばいいんだが」
「え?」
「いいや、独り言だ」
聞き取れなくて聞き返すも独り言だと片付けられる。……気のせいだろうか。今、不穏な言葉を聞いた気がしたような……。
「それより、流暢なルナン語だったな」
「あ、ありがとうございます」
話を変えるようにシルヴェスター様が話題を変えるので私も追求せずに頷く。どうやらルナン語が分かるらしい。
「公国の言語は独特で発音も難しいと有名なのに流暢に話せていたな。確か曾祖母が公国出身だったな。それでか?」
「おっしゃる通りです」
確認するシルヴェスター様にこくりと頷く。
「語学に興味を持ったのも曾祖母がきっかけなんです。知らない言語や文字、文化を理解するのが楽しくて」
「読み書きもできるのか?」
「はい。どちらもできますよ」
「それはすごいな」
「そんな。シルヴェスター様も複数の言語を操ってすごいと思います」
感心しているけどシルヴェスター様の方がすごいと思う。私はルナン公国と縁があるけど、シルヴェスター様はないと思うのにルナン語も取得しているし、私以上に言語も操れるのだから。
「瞳の色が王太子妃殿下と似ているのもルナン人の血を引いているからか」
「そうかもしれません。曾祖母も紫の瞳でしたから」
今まで特に気に留めたことなかったけど、この瞳は公国に多いのかもしれない。
赤い瞳に青い瞳、緑の瞳に黒い瞳、琥珀色の瞳とウェステリア王国には色んな瞳の色があるけど、紫の瞳は父と親族以外では見たことない。
父の親族には紫の瞳を持つ人が数人いるけど多分それは父同様、公国の血を引いているからだろう。
珍しくて注目されたりすることもあるけど、私はこの色が嫌いではない。きれいな色だと思うし、親友のシャーリーもきれいだと言ってくれるから。
「曾祖母がきっかけで色んな国の文化や言語を知りたいな、行きたいなと思うようになって。学院でも語学関連の講義を積極的に取っていたんです」
「そうか。外交官になろうとは思わなかったのか?」
複数の言語を取得しているのに外交官にならないのが不思議だったのだろう。疑問を含んだ声で問いかけてくる。
「……なりたくて外交官を目指していました。しかし、戦争が起きて人質としての価値のある外交官になるのに父が猛反対して。卒業までに終結しなくて、結局諦めたんです」
後半の部分を苦笑気味に話しながら、窓に映る景色を眺める。
外交官の多くは貴族出身で、仕事で他国に一定期間定住することもある。
その時に、その国で戦争や内戦が発生すると交渉の道具として捕まることは十分あり得る。
だから父の気持ちは分かる。私は女で女性の外交官は珍しい。万が一戦争にでもなれば人質として捕まることがあるから国内にいてほしいという気持ちは。
学院卒業までに戦争が終われば外交官の試験を受けてもいいと譲歩してくれたけど、結果は今現在まで戦争は終結しておらず、外交官になる夢は諦めざる得なかったけど。
「……そうか」
「あ……、でももう受け入れているので気にしないでください。父の考えは理解していますし、私も納得しているので」
シルヴェスター様の反応から気にしないでほしいと伝える。もう割り切っているし、戦争は終わっていないから仕方ないと思う。
「…………」
「…………」
黙り込んで目を伏せるシルヴェスター様に私も気まずくなって黙り込む。……余計なこと言ったかもしれない。早く屋敷に到着してほしい。
内心そう思っていると静寂な狭い空間をシルヴェスター様が破った。
「アリシア、確かにまだ戦争は終わっていない。だが、今日のようにまた外交を伴うパーティーはあるだろう」
「それは存じていますが……」
突然外交パーティーについて話すシルヴェスター様に些か疑問を感じながら返事をする。外交官であるシルヴェスター様と結婚したからこれからも外交関係のパーティーには参加する必要があるのは分かっている。
「今回は相手側が来てくれたが、それこそこちらが行くこともあるだろう。好き勝手に飛び回ることはできないが観光くらいならできるはずだ」
「……それは、つまり……」
「アリシアの願いを全て叶えることはできないが、その一部なら叶えることができるだろう。その時は思い切り楽しんでくれたらいいと俺は思っている」
「シルヴェスター様……」
優しい言葉に胸が包み込まれるように、じんわりと温かくなる。
政略上の妻である私を
それが、とても嬉しい。
「……はい、その時は思い切り楽しみます。ありがとうございます」
そして、心から笑ってお礼を伝えるとシルヴェスター様が僅かに青い瞳を見開く。
しかしそう思ったのは一瞬で、私の気のせいかもしれない。
シルヴェスター様が、目を細めて表情を和らげる。
「──ああ、その時は思い切り楽しんでくれ」
重低音の声は、どこか優しげに聞こえた気がした。
***
翌朝、シルヴェスター様と朝食を摂っていると、突然王家からの使者がやって来た。
王家からの使者なんて実家には来たことないけど、きっと至急の内容だ。一体、なんなんだろう。
シルヴェスター様と使者のやり取りを少し後ろからエストとレナルドと共に聞いていると思わぬ単語が出て来た。
「実は、公爵夫人宛ての手紙で……その、陛下から依頼です」
「──アリシア宛て、だと?」
「は、はいぃぃ……」
使者の言葉を拾ったシルヴェスター様に使者が縮こまって涙目になる。
その様子に大丈夫か心配になるけど……私宛て?
「す、すすすすみません……! 自分はこれを公爵家に渡して依頼だと伝えるように指示を受けただけで……!!」
「……はぁ、先に見ても?」
「は、はい。陛下も見てもよいと申しておりました!」
使者の言葉からシルヴェスター様は私宛ての手紙を受け取って目を走らせる。
ごくり、と無意識に唾を飲む。一体、どんな内容なのだろう。
「大丈夫ですよ、アリシア様。あまりにも無茶な内容ならシルヴェスター様が斬り捨ててくれますよ」
「うるさいですね。黙りなさい、レナルド」
「エストさん、僕に厳しくないですか?」
にこやかに告げるレナルドにエストが冷たい視線を向ける。斬り捨てるって……。
「でも王家からの手紙よ? そんなことしたらシルヴェスター様の立場が……」
不安を呟くとレナルドがぱちくりとする。
そして安心させるようにいつもと同じ、穏やかな表情を浮かべる。
「大丈夫ですよ。陛下とは物心がつく頃からの付き合いなのでシルヴェスター様が断ってもその程度では陛下は怒りやしませんよ」
「……言い方が少し気になりますが、レナルドの言う通りです。ですのでご安心ください、奥様」
「そうは言っても……」
ひそひそとエストとレナルドと小声で囁き合う。
いくら物心がついた頃からの幼馴染とは言え、相手は王家。それも、国王陛下だ。
そんな人からの依頼を断ってもいいのだろうか。少なくとも私にはそんな勇気はない。
「アリシア」
「っ! は、はい!」
囁き合っているとシルヴェスター様から呼ばれて急いで向かう。
シルヴェスター様の元へ行くとやや疲れたような表情を見せながら私に手紙を差し出す。
「できたら応じてくれたら助かるが、無理なら俺から上手く伝える。ひとまず、読んでくれ」
「わ、分かりました……」
出仕前から溜め息を吐いて疲れた様子を見せるシルヴェスター様から恐る恐る手紙を受け取って読んでみる。
手紙の送り主は陛下で、その内容は昨夜のちょっとした騒ぎの影響でメデェイン王国の使者の帰国が一日延長したこと、そして──ヴィオレッタ妃が私に面会したいと言っているから応じてくれないかと綴られていた。
「……はい?」
上質な紙に美しい文字で綴られていたその内容に、恥ずかしながらも私はそんな声しか出なかった。
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