第6話 知りたいヒント(後編)
「キミ、一人?」
声のした方を振り返ると、いかにもな派手な格好をした男たちが並んでいた。
見覚えがある。これはまさか…!!
「今俺らさ、暇してるんだけど。お茶しない?」
これは―――〝カムロ*トロイカ〟シリーズ恒例のナンパイベント………!!
厄介な男たちに絡まれたところを、攻略対象キャラが助け出してくれる、という典型的なイベントだ。
一昔前な誘い文句に思わず吹き出しそうになるが、ぐっと堪えてから向き直る。
これは自分で断らなければ……
周りに助けを求めるほどのことでもない。というか、そこまでの勇気はない……
それに、もしここで都合よく攻略対象キャラが登場してその挙げ句に助けられてしまったら、そのキャラクターにフラグが立ってしまう。それだけは避けなければ……
「いえ、私、人と待ち合わせてるので………」
だがやはり相手もシリーズを代表するイベントの超重要キャラクターだ。一筋縄ではいかない。
「じゃあその間、俺らとお話しようよ」
「……もうすぐ来ると思うので…多分」
「良いじゃん。その相手、トモダチ? 女の子? 一緒にあそこの喫茶店行かない?」
「行きません!」
「つれないなぁ。奢ってあげるからさ…」
「今がダメなら連絡先だけでも教えてよ。ね?」
こちらが強く出ても、なかなか諦めない軟派男たち。
ナンパなんて初めての経験……かどうかは分からないけど、ゲーム上で体験するのと実際に遭遇するとでは、やはりまるで違うものだな。鬱陶しいことこの上ない……
もうこの際、無視してトンズラするか……と思っていた矢先。
「すみません、俺の連れなんで……」
背後から新たに別の男性から声を掛けられた。
この声にもうっすらと聞き覚えがあった。つい最近、聞き慣れ始めた声だ。
「や、八重垣くん……!!」
つい先程、店内に入っていった筈の八重垣くんだった。
予期せぬ展開に、ナンパに絡まれた時よりもうろたえてしまう。
八重垣くんは「ごめんね、待った?」と私に優しく語り掛けてきた。話の流れを汲んで、私の存在しない待ち合わせ相手になってくれているのだ。
それからナンパ男たちに向き直り、とぼけた様子で会話に入ってきた。
「奢ってくれるんすよね? 俺も一緒に行って良いすか?」
「良いわけねーだろ!」
「なんだよ、彼氏持ちかよ…」
すると男たちは、ゲームと全く同じようにあっさりと離れていった。さっきまでの執拗さは一体どうしてしまったのだろうか。
……でも八重垣くん、オールバックに切れ長の目で不良にも見えなくもないし、身長もそこそこある。初対面で凄まれたら多少は驚くかもしれない。
なんて考えながら八重垣くんの方を見ると―――当の本人は大きく肩を落として気抜けしていた。
「はー。ビビった……!」
先程の威勢はいずこへ。へにゃへにゃと苦笑いしながら、八重垣くんは大きく息を吐いた。
「店入った直後に外見たら絡まれてんだもん。いやーめちゃくちゃビックリしたよ……大丈夫だった? ……大姫さん?」
緊張が抜けてから、八重垣くんは一人で饒舌に喋っていたが、程なくして心配そうに顔を覗き込んでくる。
心配もするだろう。脱力する彼に対して、当の本人が硬直したまま震えていたから。
私はナンパに怯えているわけではなかった。
……感動に打ち震えていたのだ。
(―――まさか、まさか夢にまで見ていた八重垣くんバージョンのナンパ撃退イベントが見れるなんて…!!)
他の攻略キャラだと喧嘩腰だったから新鮮だ。特に
それにしても、八重垣くんは何から何まで等身大な反応でイイ……!
ナンパ男たちを軽くいなしたかと思ったら、実は結構ビビッてたなんて。というか、私のためにそこまで勇気を振り絞ってくれたことに感無量―――
といった具合で心の中でギャップに悶絶しているのを顔に出さないようにしていたら、うっかり身震いしてしまったようだ。
だがそれが彼の目には無理をして平静を装っているように見えたらしく、かえって心配させてしまった模様。
実際、無理はしている。興奮を表情に出さないよう抑えているからだ。
「大姫さん、大丈夫? もしかして無理に連絡先とか交換させられた?」
「う、ううん……大丈夫……」
会話をしている内に、実際に頭の中も冷静になり、ふとこんな考えに至る。
このままだと、今日も然したる進展なしにお別れになってしまう。
もちろん、彼と休日に会えただけでこの上なく幸せだ。だけどそれは、私だけが勝手に満足しているだけ。攻略どころかその足がかりさえ出来ていない。
果たしてそれだけで良いのか、私は……?
目の前の八重垣くんは、黙り込む私をまだ心配げに見つめている。
そうだ、このままじゃいけない。受け身ばかりしていないで、自分から動くんだ……!
私は意を決して、声を上げる。
「ありがと八重垣くん! あ、あとでお礼したいから、連絡先! 交換しない!?」
唐突な私の申し出に、八重垣くんは呆気にとられた様子で暫く口を開く。
そしてそれから、盛大に吹き出した。
「急になに? 今度は大姫さんがナンパ?」
「ち、違うよ………!」
いや、本当は違くないんだけど。
そんな風に私をからかいつつも、八重垣くんはスマートフォンを取り出した。
「ほい」
そう言って私に差し出してきた画面には、チャットアプリが映し出されていた。
それに倣って、私もすかさずスマートフォンを取り出し、アプリを起動。彼の画面に表示されたバーコードを読み取った。
「別にお礼は良いから。さっきみたいなのとは交換しちゃダメだよ」
本日の収穫。
八重垣くんのほんの少しの身辺情報と、原作イベントの再現と、連絡先……。
とんでもない大収穫だ。
色んな意味で…と心の中で前置きをしてから、私は「ありがとう!」と八重垣くんに大袈裟に頭を下げる。
その後、顔を上げてから、私はようやく周囲の買い物客がこちらに視線を向けていることに気付いた。
つい先ほど繰り広げられていたナンパからの救出劇。そしてとどめに今の私たちのやり取り。何事かとつい視線を向けてしまうだろう。注目を集めてしまっていたことに気付いた。
「……ご、ごめんね八重垣くん! もう帰るから、お店に戻って大丈夫だよ!」
「おー、おう。また絡まれないようになー」
いたたまれなくなって、私と八重垣くんはその場を離れることにする。
すると周囲の人々も次第に私たちへの興味を失い、散り散りになっていった。
ある人物だけを除いては。
「……あいつら、何やってんだ…?」
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