あらすじ
「愛は人を狂わせ、桜は人を死に至らしめる」
人にそんな呪いの言葉さえ吐かせた不治の病、桜の花びらのような斑点が浮かび上がり、
桜の散るころに亡くなる『桜病』が流行して十年・・・最後の患者の物語。
看護婦である西野千鶴は、医者である養父の知己、南山から子息の看病を依頼される。
千鶴は看護に出向いた先の桜の下で、桜の化身かのような美しい青年に出会う。彼こそが、南山の子息で桜病を患う桐秋だった。
医師である桐秋は収束してなお、桜病の研究を続けており、その過程で感染したという。
千鶴は桐秋の看護をする中で、桐秋が今も密かに桜病の研究を続けていることを知り、止めようとする。反発する桐秋は、病ゆえに生きがいとしてきたものすべてを奪われた憤りを千鶴にぶつける。
千鶴は桐秋の身につまされるような訴えを聞き、何とか研究を続けさせようと奔走する。
桐秋は、千鶴が自身でさえ諦めた父親を説得し、治療と研究を両立する提案をしてきたことに驚きながらも、自分の心を慮って行動する彼女に少しずつ心を開いていく。
二人歩み寄る中で、千鶴は桐秋から、桜病の研究を続ける理由を打ち明けられる。幼き日に桜の精のような少女と出会い、彼女が患う桜病を治すと約束したと。己の身も顧みず、他のために心血を注ぐ桐秋の強い誓いに、千鶴は涙を流し、約束は必ず果たされると言い切る。桐秋は千鶴の力強い言葉に励まされ、どこまでも人に寄り添う彼女の真っ直ぐな強さに惹かれていく。
先の見えない自分が、千鶴の心を煩わせてはならないと、己の気持ちを抑えていた桐秋だったが、千鶴のふとした慈しみの表情に、内なる想いを言葉に溢れさせてしまう。千鶴は桐秋の告白に戸惑いながらも、自分の中に
ある、確固とした桐秋を恋い慕う気持ちを自覚し、二人は心を通わせる。
夏、秋、季節が巡る度、想いを積み重ね、蜜月を過ごす二人。しかし、桜病の壁が恋人たちを阻み、直接触れ合うことは叶わない。
冬になり、桐秋は体調を崩すことが増えながらも、ついに桜病の研究を終わらせる。が、研究成果から作られる薬は、桐秋の病に間に合わせることができなかった。
残りのすべての時間を、千鶴と共にあることに費やす桐秋。実りの秋を経た恋人たちの愛は熟しすぎるほどに育ち、互いを想うが故の深く、狂おしい欲を持て余していた。
初春、雪が降り積もる美しい朝、桐秋はついに吐血する。それは桜病末期の症状。
桜の開花が間近に迫る薄氷を踏むような生活の中で、千鶴は全身を侵すような不安から、一夜だけと桐秋に愛を乞う。しかし、桐秋は感染のリスクを考え、それを拒絶する。
紗(しゃ)のような薄い膜が二人を隔てていたある夜、桐秋は夢を見る。満ちた花にまみれ、ほころぶ、最愛の乙女の姿。桐秋は夢にまで見るほどに、己が千鶴を想っていることをまざまざと感じさせられ、ついに二人は結ばれる。
しかし、翌朝、そこに愛した女の姿はなく、開花した桜の枝と一言の文が残されていた。
――あなたの人生が、幸いなものでありますように。
――一人の女が満開の山桜の前で、己の罪を告白する。
十年前、流行した桜病は、女の血筋に発症する桜の花粉に由来する病を、彼女の父親が改良し、故意に流行させたものであったこと。
さらにそれを患っていた幼い女自身も、一人の少年に接触したことで、彼に遅効性の桜病をうつしてしまった。女は少年を救おうと看護婦となり、青年となった彼の傍で献身的な看護を行った。そして最後に、青年の父親と共に彼の桜病に効く薬を、自らの血から作り出した。
役目を終え、己の罪を告白した女は桜の海に沈んでいこうとする。女は血筋故の桜の病に侵されていた。
しかし、女の身体は地に着くことはなく、自分が病をうつしてしまった少年、自身の血で作った薬で病を完治させた青年、桐秋に抱き留められていた。
桐秋は幼い頃の約束を果たし、女の患う桜病の薬を作って、会いに来たのだという。
女は、桐秋への愛を説きながらも、己の血が多くの人を死に追いやったこと、何より愛する桐秋を苦しめたことの罪を訴える。
桐秋は、女が、養父に引きとられた時に捨てた本当の名前、「美桜」の名を呼び、美桜が発端となった最期の桜病患者として、彼女に赦しを与える。
さらに美桜が桐秋に残した言葉、幸せの本来の意味「幸い(咲きはひ)=花盛りが長く続くこと」を教え、美桜がいないと、自分は盛りを迎えることができず、幸せになれないと説く。
一緒に幸せに生きていこうと言う桐秋。それに美桜は一際澄んだ雫を流し、ゆっくりと頷くのだった。
幸い(さきはひ) 白木 春織(しろき はおる) @haoru-shiroki
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