第26話
26
10分後、俺と桃井は近所の河川敷を歩いていた。
桃井がいきなり家に凸してき遊びに行こうと言い出し断ると玄関の前で下ネタを連呼し、俺は近所の噂になるのを恐れ一緒に出かけることを承諾した。そして桃井は少女のようにはにかみながら、
「ちょっと歩きません?」
なんて言う。ちょっと可愛かった。
そんな桃井の不意打ちに毒気を抜かれ、ここまで一緒に歩いてきたのだ。
「ふぁあぁ〜」
横を歩く桃井は、思いっきり伸びをしながらあくびする。
桃井の着ていた黒いオーバーサイズのパーカーの裾が持ち上がり、中に履いてるやたらと短いジーパンが顕になる。
「なんだよ桃井も眠いのかよ」
脚の方をなるべく見ないようにしながら俺がそう指摘すると、何故か桃井は得意げな感じでフフーンと微笑みこう返してくる。
「萌えました?」
「萌えない」
そのウザイセリフに俺は、努めて平坦な声で返す。イキったセリフを言う桃井の顔には一切の照れなど見られない。その自信満々な様子を見て俺は一瞬、『あれ? 桃井のあくび見たら萌えるのが普通だっけ?』なんて考えてしまう。そういやこいつってどんな場面でも全く照れたり焦ったりしてないけど、一体どんなメンタルしてるんだ。
桃井のあくびに萌えたかもしれないなんて一瞬でも考えたのがバレないよう、俺は無理やり顔をキリッと引き締める。
そして桃井は、咄嗟のキョドりムーブにより整えられた俺の顔をにたーっと覗き込んで来てこんなことを言う。
「えーーーー? 有り得なく無いですか? ショタポン程度の粗チン男がモエピーの超お宝シーンに出会えてキュンキュンしないわけなくなななないですかぁ?」
くそっ、嬉しそうにしやがって。バレてるのか? 実は俺の顔は赤くなってるのか?
桃井が調子乗ったことを言って俺が適当に流したりちょっと焦ったり、こいつとのやり取りはいつもこんな感じだ。思い返せば知り合ってすぐからやり取りはわりとこういう感じで、キャラが最初からウザいので緊張もしないし可愛い子と話せてラッキーとかも思わない。つまりはプラマイゼロなので早く帰ってダラダラ動画観て酒飲みたいです。
俺は面倒くさそうな雰囲気を加速させながら、やれやれのポーズでこう返してやる。
「わけなくなくないだろそんなもん、そんな自信あるなら自分のあくび動画にしてWETUBEにアップでもしとけ」
すると桃井はなぜかより嬉しそうにドヤ顔を深めながらこんなことを言う。ドヤ顔を深めるってなんだ。
「え? 当然してますけど? あれ? ご存じない? あのお宝映像満載の もえPのドキドキ♡モーニングルーティンをご存じない?」
ーーしてるのかよ。そしてタイトルめっちゃウザいな。
補足しておくと、こいつはアイドル志望で動画配信者をしている。前こないだにバイトの休憩中に無理やりチャンネル登録させらた(自分のアイドル活動の動画同僚に観させるとか勇者かよ)WETUBEの動画にを確認すると、いつもバイトでダル絡みばかりしてくる桃井がぶりっ子全開で歌や踊りを披露したり、公園の遊具ではしゃぐIV(アイドルビデオ)チックなものがあり観ていて寒気がした。
動画の感想を聞かれたりして返答に困る展開を恐れた俺は、話題がWETUBE方面に膨らまないよう、『マジかよそれ再生されてんの?』という疑問を脳内で押し殺しながら務めて平坦な声で、
「ーーそっか、よかったな」
と返す。
「ぶー、ショタポンって本当に女の子の扱い雑ですよね? そんなんじゃモテませんよ?」
「……出たよ”そんなんじゃ女の子にモテませんよ”発言」
「ぶー、なんですかそれ?」
『そんなんじゃ女の子にモテませんよ発言』それは自分にとって気に食わない態度をとられた女がよく負け惜しみで言ってくる発言に俺が勝手に名前をつけたものだ。自分が気に入らないだけだと攻撃力にかけるため、主語を私から女の子という広範囲を指すものにすり替え、勢力図さえも自分VS男1人を世界中の女の子にすり替えて数の暴力で相手を叩き潰す超高火力のスキルだ。
経験上、それわかまされた時にちょっとでも『どうしよう、……モテなくなるのは困る』とあいう態度を見せると相手は凄い勢いで調子に乗ってとてもウザい時間を過ごすことになるということを知っていたので俺はちょっと食い気味くらいのスピードで、
「ふっ、問題ない」
と鼻先を指で擦りながら少しドヤ顔で返しておく。
「ぶー、ショタポンて本当つれないですよね」
そんな俺を見た桃井ははぁとため息ついて疲れたようにそう言った。
誰がそんな数の暴力による殺戮の罠につられてやるか。
けど、言われてみて確かに俺自身そう思ったりもする。俺はノリも良くないつまらない男だ。酒ばっか飲んで、めんどくさい事が嫌いで会話もつれない奴なのだ。職場でも男性スタッフにモテモテでチヤホヤされてるこいつがこんな奴と話していて何が楽しいのか。だから俺はストレートにこんなことを訊いてみる。
「てか桃井はさ? 俺みたいなノリ悪い奴と話してて退屈じゃないのか?」
そんな忖度ゼロな捻りのない問い。しかしそれを聞いた桃井はムッとした顔になり、俺の脇腹を避けるまもなくドスンと一突き。
「ぐほっ!」
急に殴られたんですけど。意味わかんないんですけど。
なのでここは恨めしく睨みつける。ちなみに鋭く繰り出された桃井のパンチはちゃんと痛かった。しかし睨む俺に目線を合わせる桃井はよりいっそうムッとした顔で、
「ショタポンのすぐそういうこと言うとこ嫌いです」
なんてことを言う。なんだよそれ。出たよ女のよく使うスキルその2、”嫌い”攻撃。これはシンプルに、嫌いというワードを使ってダメージを与え、相手が悪くなくてもとりあえず謝らせるという高火力とまではいかない迄もコストゼロで放てる便利スキルだ。因みに男がこれを使うと「キモっ、……そんなんじゃ一生彼女出来ませんよ?」と言われ使った側がダメージを受ける。ソースは3日前の俺。
「そういうことってなんだよ」
聞き返すと、桃井は鼻を器用にしかめてニンニクのようにしつつ顎をクイッとしゃくらせて可愛い変顔の領域を超えてちゃんとキモくなっている変顔を作ると、
「俺なんか〜、俺みたいなもんが〜、どうせ俺なんてぇ〜」
とか言ってくる。
声も顔に合わせてちゃんとキモい感じにかすれさせており、とてもアイドル志望な人間のやるムーブとは思えない。ていうか何それ俺のマネなの? こいつには俺の顔に見えてんの?
「でも事実だろ、実際遊びの誘いも断るし、お前がふざけても大体適当に流すし」
桃井は唇に人差し指を当ててうーんとうなりながら、
「いやまぁそれはそうなんですけどねー」
なんて返してくる。それに対して俺が『意味がわからん』とばかりに首を傾げると、桃井は意地悪そうな半眼の笑みで『ふふーん』と笑ってから、
「でもでもショタポンって、モエピーがイジりまくってるとたま〜に最高のリアクションをくれるんですよね♡」
弾むように言う。
そして今度は腕を組んで下を向き、真剣そうな表情を作ると、
「そして基本つれないのが逆に燃えるというか……」
なんてことをボソボソと言う。
なるほどわからん。……けど、友達が居なくて孤独な俺には、ぶっちゃけそう言ってくれるのはちょっとありがたかったりする。そういや俺が砕けた感じの会話が出来る相手って現状マリーと桃井だけなんだよな。会話相手の50%を占める相手からそんな感情を向けられていると考えるとちょっとニヤけてしまいそうだ。イジりとはいえなんというかこう、親近感感じて貰えるとちょっと嬉しいというか。皆ならわかってくれるよな?
「あれあれー? ショタポンちょっとニヤけてません? モエピーにイジられたらニヤニヤしちゃうんですかドMですか? 豚って呼びながらムチで叩きましょうか?」
と、二ターっといやらしい笑みでこちらを覗き込みながらそんなことを言ってくる。
「バカ言ってんじゃねーよ! 俺は超超超〜、ドSだ!」
焦った俺は、言われたことの真逆の言葉を怒鳴って返すという小学生のようなムーブで応戦してしまう。それを見た桃井はぶふっと吹き出し。
「あはははは! ショタポン顔真っ赤ー!」
なんてとても嬉しそうに俺を煽る。くそっ、やっぱありがたくないなこいつ。
なんて思っていると、ひとしきり笑い終えた桃井は急に素の表情に戻り、
「あ、そうそうショタポン、今日の昼ごはんモエピーの家で食べません?」
なんてことを言うのだった。
あれ? これもしかしてムチで叩かれるフラグですか?
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