第24話

24


「ストーーップ!!」


 桃井(バイト先の後輩で25歳女、16歳くらいに見えるロリ顔で低身長、自他ともに認めるぶりっ子かつだる絡み系女子)からの遊びの誘いを断ろうとした俺を、マリー(異世界から転生してきたゴキブリ、元お姫様らしい)に怒鳴って止められる。



 そして「……んだようるせーなぁ」と面倒くさそうに返してやると、マリーは慌てたようにこちらに飛んで来ながらこう言った。


「あ、アンタ、……それ、さっき言ってた女の子よね? そのからのからのデートの誘いよね?」


 マリーからの戦慄したボイスで生み出される問いかけに、俺はあくまで平坦に返してやる。


「いやまぁデートではないけど遊びの誘いだな」


 するとマリーは、俺の眼前で今日に羽をバサバサさせてホバリングしながら恐れおののいたポーズでこんな失礼なことを言う。


「……も、もしかしてアンタ、意外にも、…………も、モテるの?」


 ”意外”にも、なんて失礼なことを言いやがるメスゴキに、俺はもちろんこう怒鳴り返してやる。


「意外にもってなんだよ意外にもって! 意外でもなんでもなく俺は見た目通りモテねーよ! 悪ぃか!」


 そう、”意外”であることが失礼でもなんでもなく俺がモテないという当たり前のことをわざわざ聞かれることの方がムカつくと感じるくらいには俺の自己評価は低いのだ。何それ悲しい。


「……うーむ、じゃあ、その子、……めっちゃブス?」


 そしてマリーは恐れおののきのポーズを崩さぬまま、またもや失礼なことを言う。


「いや、別に可愛い方なんじゃないか? 知らんけど」


 そう言ってやると、今度はマリーは俺の眼前でホバリングを維持したまま上下に揺れ動く。……腹がキモイからそれやめて。


「はぁ? じゃあなんで遊びに行かないのよ? 童貞を抱きしめたまま死なないと地獄に落ちる宗教にでも入ってんの?」


 そしてマリーはなおも失礼な言葉を使って責め立ててくる。なんなんだコイツは。


「入ってたまるかそんなもん! フツーに桃井がうぜーから遊ばねーだけだよ! あんな人のナゲットくん勝手に食う女と遊ぶくらいなら家でビール飲むしそもそもあいつは暇つぶしに俺をいじめたいだけだから2人で会ったところで恋愛に発展する可能性なんて道歩いててうんこふんで滑って転んでゴミ捨て場にダイブしてその中から1億円拾うよりありえねーんだよどうだまいったか!」


 だんだんめんどくさくなってきたので、そう一息にまくし立ててやる。そして、長文かつ早口な魂の叫びを受けたマリーは呆れたような、だけどどこか真面目な色を帯びた声でこう言った。


「……ねぇ、翔太、ひとつ聞いてもいい?」


「お、……おう」


 そんなマリーの言葉はどこか寂しげで、こちらも何やら真面目な感じになってしまう。


「じゃあ聞くけど、もしも、もしもよ? もしもそのモエピーちゃんが実はアンタのことちょっといいなーって思ってたとして……ね?」


 そしてマリーはなにやら夢でも起こりえないような物語を語り始めた。俺は「ありえねーこと言うなよ!」とか言いたくなるが、マリーの真面目な感じに気圧されてそのまま、目線と頷きで続きを促す。


「そんでそのモエピーちゃんに『もうモエピー我慢できません! ショタポン今すぐ抱いてくださーい』とか言って来たら、どうする?」


「いやそ……」


「……んなのあり得ないかどうかなんか聞いてないから! そうだとしたらどうなのかを答えなさい!」


 と、やっぱり我慢できなくなってその有り得なさを主張しようとするも食い気味どころか食い荒らす勢いで阻止される。なんで3文字で言おうとしたことわかるんだエスパーですかこの人。


 なんてことを思いながら、それでもマリーの勢いにまたも気圧されながらこう答える。


「……わかったよ」


 とはいえどうだろうか。もしもの話とはいえ、こんなありえない状況、どうやって想像すればいい。


「……とはいえ、うーーん」


 俺がしばらくうんうんと唸っていると、見かねたマリーはこんなことを言ってくる。


「仕方ないわね、いい? アンタとモエピーは日曜日に朝から待ち合せてデートに行くの。それで、街を一緒に歩いたり、オシャレな喫茶店でお昼を食べたりゲームセンター? 的なところで一緒にはしゃいだりして遊んだあと、普通に解散しようとするアンタにモエピーは言うの、『ねぇ、ショタポン、うち、寄ってきません?』」


 と、俺が想像しやすいようにでっち上げのストーリーを話してくれているのだ。異世界上がりのマリーがなんでゲーセン知ってるのかとか桃井っぽいセリフ考えんの上手すぎだろこいつチャットで1文見ただけだよねとか色々思うところはあるけど、せっかくなのでそれを有難く使わせてもらう。


「なるほど、桃井が俺を家に誘う……」


「そして、モエピーの家に着いた2人は、道中コンビニで買ってきた夜ご飯を食べてから、映画を見始めるの、テレビが小さいからモエピーはあんたに寄り添ってきて、くっつきながら映画を観るの」


 ……ゴクリ。


 マリーが異様に妖艶な色をつけたボイスで語る夢物語に、俺は思わずリアルな桃井の感触を想像してしまう。


「そして、モエピーはアンタの耳元に口を寄せて、小さな、少し湿ったような声で言うの。『……ショタポ〜ン♡、……今ちょっと、ボッキ、してますよね?』」


 ーーーーっ。


 や、ヤバい。絶対にありえないシーンなのに何故だろう。……ホントにちょっと元気になってしまいそうなようなダメだダメだ! いくら妄想の世界とはいえ相手は桃井だ。あいつはいつもバイト先で俺をおちょくって来るのだ。こんな馬鹿げた妄想で出番の無さすぎる悲痛なマイsanが元気になったりした記憶を生み出したりしたらそのうち桃井から「ねぇねぇショタポン、ホントはモエピーのこと考えてボッキしたことありますよね?」とか言われでもしたら口ごもってしまう。けど、けれどマリーの言葉から生み出される桃井は桃井としてありえないはずなのに何故か要所要所で桃井していて、まるで俺の隣にエロい桃井がいるかのような錯覚をしてしまう。エロい桃井ってなんだよ。


「あらあらァ?」


 俺が妄想を振り払おうと頭をブンブン降っていると、マリーからのにやーっとした声が届く。


「翔太、アンタ今興奮してたでしょ?」


「してねーし!」


 続くマリーの言葉に図星を疲れたような焦りを感じて、思わず荒らげた声で否定する。マリーはニヤニヤしてるのがわかるくらい弾んだリズムで俺の目の前を右へ左へホバリングしながら移動する。


「……ホントにぃ?」


 焦る俺に意地の悪そうな声で追撃をかけるマリーに俺は慌ててこう返す。


「ホントだって! 別に俺ロリコンじゃねーからあんなガキみたいな奴興味ねーし!」


 本当だろうか。俺はさっきのマリーの話を聞いて確かに妄想を……、いやダメだダメだ今年で30になった俺があんな16くらいに見える25の女に欲情を……あれ? そういやあいつ25か。なら別に法的にはいいのか。でもなぁ。


「ほらほらぁ、満更でもないんじゃないのよ? 考え込んじゃって、アタシの生み出したエロエロストーリーの続きを脳内で執筆しちゃってんじゃないのこーのドスケベ小説家♡」


 マリーが何やらウザいノリでウザいことをまくし立ててくる。けれど、俺は頭の中にこんな言葉を浮かべていた。


 俺は、誰かに恋をしちゃいけない。


 




 

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