第14話

14


「……もう、こうするしかない」


 マリーとの約束から6日。マンホールから出てきたゴキブリに触れられて叫んでから、特に進展もなく時間が過ぎてしまった。ゴキブリに触れることを、段階的に慣れる作戦(レーシングスーツ&フルフェイス着用→全身タイツに手袋→普通の格好→パン1→全裸と慣れていく作戦、全身タイツで絶叫しないという壁を越えられなかった)などを試したが、効果はイマイチだ。


 死刑の日程を明日に控えた俺は、必死で捕まえた(レーシングスーツを着て虫取り網で)ゴキブリの入った袋を鞄に入れて、とある店の前を訪れていた。


「……ゴクリ」


 寂れた雑居ビルの地下一階。階段を降りてすぐある黒い扉の前で生唾を飲む。


「……くそっ、ビビってる場合じゃないだろ!」


 このまま何もしなかったら俺は明日、死んでしまうのだ。意を決してドアを開ける。


「ーーーーす、すみませーん」


 小さく挨拶しながら店に入ると、そこは赤と黒を基調とした妖艶な高級感の漂う、なんというか”その気にさせる”内装だ。店内のカウンター越しに、スタイル抜群でなんか妖艶な笑みを浮かべたお姉さん(ぴっちりとしたドレス? 下着? なんというか、黒い網タイツに黒いブーメランパンツ的なやつを履いていて、上も黒い革のブラジャーに毛が生えた位の面積のエロい服に身を包んでて目のやり場に困る)が出迎えてくれる。


「あら、いらっしゃーい」


 その妖艶な雰囲気とは裏腹に、明るい雰囲気のお姉さんに少し安堵する。


 ……とはいえ緊張するなぁ。


 スケベエピソード豊富なお兄さん方はもう気付いているかもしれないが、俺が今来てるのは、圧倒的にSMクラブだ。色々考えた結果、俺は最後の望みをこのSMクラブに託すことにしたのだ。


「お兄さん、初めて? ならまずは料金の説明を……」


「……えっと、すみません」


 お姉さんの説明を遮って言う。少し困った顔をするお姉さんに心の中で「ごめんなさい……」と謝りながら、俺は命を左右する最後の作戦について説明し始めたのだった。


「……なるほ、どぉ?」


 俺の説明を聞いたSMのお姉さんはちょっと引き気味に首を貸しげる。無理もないだろう。俺が今した話は、


『突如うちにやってきた異世界出身で元お姫様のゴキブリ(魔法使える)と、1週間でゴキブリ触っても平気になるって約束してて破ったら殺されるからお姉さんに僕を縛り付けて僕がいくら泣き叫ぼうがゴキブリ責めし続けてください』


 という意味不明な話。俺が逆の立場でもお姉さんと同じ態度を取るってもんだ。


「やっぱ、……無理、ですか?」


 恐る恐るそう聞くと、お姉さんは少し困ったように「うーん」と唸る。そして、2秒ほどの沈黙の後お姉さんから出た言葉はこうだ。


「ちょっと、そういうの得意な子に話してみるから、ちょっと待っててくれます?」


 ……そういうの得意って何? ちょっと怖いんですけど。



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