第3話 姫がゴキブリになった理由がかっこよすぎて俺の人生をめっちゃ助けてくれました。

「…と、いうわけでアタシはゴキブリになっちゃったってワケよ! どう? 笑えるでしょ? あはははははは……」


 涙混じりの声で話されるマリーの話に俺はゲンナリする。


 いきなり俺の部屋に現れた喋るゴキブリから1時間ほど掛けられて語られた話の内容をまとめるとこうだ。


 彼女の名前はマリー・クロムウェル。元々は人間で、剣と魔法のファンタジー世界に暮らしていたらしい。そんでもってこいつは元々世界でいちばんでっかい国の王家のお姫様。しかも見た目は超絶の美人で、身体能力も魔法の才能も抜群と言う話。しかもやたらとお転婆な性格なこいつは、姫という立場を忘れて白を抜け出しては冒険に繰り出し、持ち前の身体能力と魔力を使って世界の名だたる魔王やらドラゴンやらをバッタバッタとなぎ倒しての大冒険向かうところ敵無しのスーパーなプリンセスになっちゃってたって話。


 まぁ、普通に信じられないくらいには素っ頓狂な話だけど、今目の前にいるこの尊大な態度の喋るゴキブリの姿を見ると、もはや信じざるを得ない。いや、これが真実であると仮定して話を進めなきゃそれこそ頭がバグってしまいそう。なのでこいつの言ってる話は全て真実だとして話を進める。

  

 そんで、ついには世界でいちばん深いダンジョンを踏破して、その最奥に眠る神のオーブをゲットする。その手に入れた神のオーブは、なんでも願いを叶えてくれるってチートアイテムだからマリーはこう願ったらしい。


「あたしを、返信させて欲しい。今の地位も、容姿も、能力も持たない、今のあたしとは逆の存在に」


 って。


「はぁ? なんでそんなことを」


 まったく意味がわからない。そんな羨ましい状態をなんで捨てるんだ。こっちはそういう奴になりたくて、でもなれなくて苦しんでるのに、なんて考えると怒りすら湧いてくるぜ。


「だって、しょうがないじゃない、……退屈なんだもの!」


「はぁ? そんな楽しそうな暮らし何が退屈なんだよ?」


「だってだって! お金はもういくら使っても使い切れないくらいあるし、ご飯は世界で1番美味しいと言われてるものも食べたわ? それに、めっちゃイケメンの王子様からたくさん求婚されたり、強すぎて世界中の戦士たちから尊敬されてんだから」


「いや、それ最高だろ」


 マジで羨ましい。こいつぶん殴ってやろうかな? ……いや、ぶん殴ったらグチャってなるな。


「最高なワケないでしょ!」


 と、叫んでからマリーはおもむろに走り出し、壁をよじ登って登りきるとゆっくりと飛び降り、こちらに向かって滑空する。


「ちょちょちょちょー! まま待て待てうわぁーーーー!」


 棚や柱に体を何度もぶつけながらまっすぐこちらに向かってくるチャバネゴキブリ(マリー)をなんとか避ける。


「……はあ、……なんなんだよもう」


 俺の横5センチくらいのところにシュタッと着地したマリーは、またカサカサと俊敏な動きで元いたテーブルの上に仁王立ち。


「じゃあ聞くけど、今のアタシの話を聞いて、自分があたしの立場であたしの人生をおくってたとして、何か不満ってある?」


 なんだよこいつ。そんな羨ましい暮らししといてまだ不満があるってのか? なんて贅沢なやつだ新聞でプチっていってやろうかなマジで。


「ねぇよそんなもんは」


「でしょでしょ? アタシもないのよ!」


 ねぇのかよ。じゃあなんでそんなエキセントリックな願いをオーブに向かって頼んだんだろう。


 もしかして、……ドM?


 ……いやゴキブリがドMでも別に嬉しくないなぁ。姫のまま現れてくれたらメチャウレだったのに。


「だったらなんで……」


「だってそれって、そこが上限っていう意味なのよ?」


「え? 別によくないか?」


 常に幸せ上限値とか、一体どんだけ幸せなんだよ。褒められて、モテモテで、楽しいことだけして、美味しいものだけ食べて……ダメだ、今の俺と違いすぎて想像出来ねぇ!


「良くないわよ! ……ったく、アンタもう少し想像力ってもんを持ちなさい?」


 くそっ、なんだこの高飛車なゴキは。想像力だと? 想像力ないのはお前だろうが。幸せな奴に上からもの言われたらどんだけムカつくかとかわからないのかよ? 特に言われた側がダメ人間だと、ダメ人間であればあるほどそのストレスはもうマッハだよ。つまり言われた人間が俺であるということは……辞めよう、悲しくなってきた。


 大体なんで俺はこんな初対面の元プリンセスなゴキブリの愚痴を聞いてやんなきゃならないんだよ。……なんだけど、なんやかんやもう1時間以上も話聞いちゃってんだよなぁ。昔から俺って、自信満々な奴になんか逆らえないんだよな。


「つまり、どういう事だよ?」


 だから、ムカつくとは思いつつも、普通に続きを促してしまう。仕事が出来ない俺が30年かけて培ってきたスーパースキル『媚びへつらう』が火を吹いてるぜ! ……ダセェ泣きたい。


「じゃあ、こう言えばかわかるかしら?」


 そんな媚びる俺に対してマリーは、やたらと偉そうに前足を『ちっちっちっ』って感じで振る。ーーゴキブリ以下とはまさにこの事だな。しかもなんやかんやで俺は今、こいつの話に聞き入っちまってる。もうこうなりゃ、幸せMAXな人生を自ら手放したくなる理由ってのを聞いてみたい。


 さぁ、この偉そうなゴキ姫さまはこんなに引っ張って、1体どんな目からウロコ話を聞かせてくれるんだ。


 なんて思って小さく笑う俺の思惑を知ってか知らずか、マリーはさらに力強く背筋を伸ばして言う。



「今が1番幸せで、今日より幸せな日は一生ありえない、……って、幸せな事かしら?」

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