動き出す者たち

 ガルダル火山。

 火口から空を見上げる一人の女が、空に輝き溶けていく霜の欠片を視界に入れ、身体を跳ねさせた。


 長らく奮わなかった心臓が鼓動の速さを増し、全身に脈動を伝える。

 震える呼吸を抑えようにも、呆れるほどに興奮は冷めない。


「―――――お、王よ。こ、このニーズヘッグ、今……向かうぞっ!」


 その口は弧を描き、獰猛に歯を見せながらも歓喜に満ちていた。

 死んでしまったと思っていた。

 猛る者の衰退を目にしてきた龍だからこそ、屍王であっても死んでしまうものなのだと諦めていた。


 だが、この魔力。

 龍の肌ですら刺すような冷気。

 間違うはずがない。


「ふはははははっ! 死ぬはずがなかった……貴様は、王であったな!」


 自分でも恥ずかしくなるほど燥いでしまう。

 しかし外聞を気にすることなど無い。


「王よっ! 屍王よッ!」


 今はこの拍動を、幸せを享受していたかった。





■     ■     ■     ■




「グリフィル樹海が……凍った?」


「はい、その件について皇帝がご意見を窺いたいとのことです」



 帝国騎士の伝達役がそう言うと、男は思考するように視線を沈め、軽く首を振った。


「自然現象ではない。が、魔法的現象とも言い切れない。……悪魔王や上級悪魔グレーターデーモンであれば、可能かもしれないが」


「なっ!? やはり」


「落ち着け。あくまで人為的であるならという仮説だ。証拠の無い推論など誰のであっても宛てにはならん……皇帝にはしばし待つように伝えておけ」


「はっ!」


 皇帝から相談を持ち掛けられ、さらにそれを先送りにする。

 そんな暴挙とも言える行動をとれるのは、彼の地位あってのものだろう。


 その彼は―――――


「―――――ッ!」


 目を見開いて自分の部屋の書物を漁る。

 過去、の雄姿を収めた目録に目を通しながら、皇帝に見せることの無い忠の構えを取る。



「―――――お待ちしておりました。屍王……ヘル様」



 感涙と共に、男は一人呟いた。





■     ■     ■     ■




「ニヴルッ! ニヴル!」


「ええ、間違いありませんっ!」


 遠目に見える凍った樹海。

 白に染められたその異様は、まさしくの足跡に他ならなかった。

 本当に、帰ってきたのだ。


 これはきっと、彼の合図だ。

 帰還の宣言なのだ。


 我らがヘルヘイムの名を騙る不届き者たちへの警鐘。

 自分の存在を部下に知らせる宣告。


 数々の聡明な意を孕んだ魔法現象。



「お―――――おかえりなさいませ、屍王」






■     ■     ■     ■





 いやー、調子戻ってきた途端調子乗るもんじゃないな……。

 とりあえず森にいる下級悪魔レッサーデーモンをまとめて殺そうと思ったら勢い余って森凍らせちゃうし……。

 魔力使い切って腹減って行き倒れるし……。

 

 第五王女さんが来なかったら死んでた、まじで。


 思えば昔もこんな感じで部下に迷惑かけてたなぁ……懐かし。


 目の前の氷像を見ながら懐古に身を浸らせる。

 洞窟にいた盗賊団は全員氷の中で息絶えた。残党も恐らくいないだろう。


 っていうか……。


「ああああああああ……何語ってんだよ俺ぇ……。恥ずかしっ……ああ、くそ。あの二つ名とかいかにも俺が考えそうなやつ過ぎてかゆい……どころか、いてえよ……」


 やっぱりこの世界の全てが俺の古傷を抉る。


「いやてか、広まってんのマジ!? あれ世界中が知ってんのマジ!? あああああああ死にてぇぇぇぇ……っ!!」


 これからすれ違う人とかが自分の厨二的妄想を知ってるのを想像してみてくれ。

 今それ。

 ほんと人によっては死んじゃうよこれ……。


「―――――と、止まりなさい!」


「……あ?」


 のた打ち回って悶える俺に、剣を向ける第五王女様。

 カタカタと震える身体を懸命に抑えながら、必死に俺を見据えている。


「……あ、あなたが……この森を……凍らせたのですね……?」


「ああ、そうだよ」


「な、なんのために……」


「あー……悪魔を殺すため……かな」


「悪魔を……」


 悪魔。

 この世界に蔓延っていた人類の怨敵、悪魔族。それらの残骸が、今もなお世界を闊歩し人命を奪い続けている。

 悪魔王はもういないから統率は取れてないだろうけど。


 下級悪魔レッサーデーモンは全滅させるのが不可能なほどの数を有すが、知能も魔力もさほど強くない。

 中級悪魔デモンズ下級悪魔レッサーデーモンの完全な上位互換だが、数はさほど多くなく、また個体差も激しい。


 そして、上級悪魔グレーターデーモン

 見た目は見目麗しい人型。知能も人間のそれと同等だ。

 でも、魔力や身体の頑丈さは言うに及ばず、残虐性も比べ物にならない。

 

 そんな奴らを倒すため……とか言っておけば納得してくれるだろ。


 実際は死の祝福の糧として獣とか虫とかのついでに悪魔も殺せればいいな~、ってな感じのただの横着だ。

 

「あ、あなたは……何者ですか……?」


 王女様は剣を向けたまま俺を睨みつける。

 剣を凍らせながら立ち上がると、彼女は後ずさって距離を取った


 あ、自己紹介してなかったわ、そう言えば。


 昔はこんな機会があればイキってカッコつけてたなぁ……思い出したら胃が痛くなってきた……。


 普通でいいや。



「俺はシオウ。何者って程でもないよ。普通の人間」




■     ■     ■     ■




「俺は屍王。何者って程でもないよ。普通の人間」


 

 屍王しおう

 目の前の青年は確かにそう言った。


「し、屍王……」


「そう、シオウ……ってか、そろそろ行かないと、やることあるんだ。この恩は……まあ、覚えてたら返すよ」


 朗らかにアーシャに笑いかける青年は、瞠目するアーシャの様子に気付かない。


 幼いころから、王家だけに伝わる伝承に度々出てくるその名前。


 曰く、悪魔王を討ったグリフィル王家先祖の勇者と敵対し、幾度も勇者によって返り討ちにされた人物。




 だがなにより、勇者の仲間であった三十二名の従者の命を奪った大罪人。

 伝承には彼の悪行が事細かに記載されており、必ず討つべき巨悪だとまで伝えられている。

 

 そしてそれが、悪魔王なき今の王家の務めだとも。



「あ、あなた……が……」



 自制する。

 今はまだ勝てない。絶対に。


 だがいつか……。


 歩き去る青年の背中に、剣を向ける。



「私が……あなたを討ちます。王家の名に懸けて」





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