第8話 第二王子
「はぁ……、はぁ……、俺はもうダメかもしれん」
王城の中の一室。
広く豪華絢爛な部屋に置かれた大きなベッドで青ざめて苦しむアベル第二王子の姿があった。
その側にはお付きの兵とメイド達。
それにアベルの容態を見に来ている医者の姿があった。
「なにを弱気なことを。病は気からと仰います。必ずアベル様は治ります」
医者がアベルを慰めるように言う。
もちろんそれが気休めであることはアベルにもよくわかっていた。
「よい。自分の体のことだ。自分がよくわかる」
アベルは無理をして体を起こす。
もはや奇跡でもない限りこの体は治らない。
――しかし、こうなった原因だけは探らねばなるまい。
理由に検討はついている。
大方兄であるライヘンが自身のライバルを消すために何か毒を盛ったのだろうが、その証拠はない。
自分が元気ならその証拠を探ることもできようが、今の自分は意識を保つことが精一杯。
「そ、そういえばアルタイルのやつがなにか言っておったな」
「はっ。何でも人を癒やす魔女を発見した、と。そのものの魔法は無色透明であったために『無色』を冠すべきである、と進言されておりました」
「『無色』。その魔法を使えば俺のこの奇っ怪な病気も治すことができるのだろうか……」
「アルタイル様はそのようにお考えで、今も必死にそのものを探されております。もう少しの辛抱にございます」
無色……。本当にそんな人物がいるのだろうか?
しかし、もし本当にいたとして権力争いの只中にいるこの王都に近づくのは危険すぎる。
そこを考えているのだろうか……? いや、あの生真面目なアルタイルのことだ。それも全て考慮した上で動いてくれているだろう。なら、私は一日でも長くこの身が持つように……。
「ごほっ、ごほっ」
「だ、大丈夫ですか、アベル様」
「心配ない。少し咳き込んだだけだ」
近づいてくるメイドを止める。
――あまり持たないぞ、アルタイル。
今も苦労してるであろう親友に向け、心の中で檄を飛ばす。
すると、そのタイミングで突然扉が開く。
「アベル様! アルタイル様から手紙とこのような薬が!」
兵から手渡された手紙を急ぎ開封する。
『無色の魔女から王子によく効く薬をもらった。すぐに飲んでくれ。俺も急ぎ戻る』
無色の魔女の人となりと能力を知っていたらこのような内容になるはずがない。
しかし、残念ながら姿を隠してる彼女のことを知る由もなかった。
「アベル様、まずは私が毒味をさせていただきます」
医者の男がそういうと薬を軽く一口、口にする。
そして、しばらく様子をみる。
しかし、医者の容態は変わることがなかった。
「大丈夫のようですね。どうぞ」
医者の男はどこかホッとした様子で薬をアベルに渡す。
「では、いただくぞ」
アベルが薬を口にする。
「うっ……」
その瞬間に突然苦しみ出し、薬を払う。
しかし、弱っている体に少量の毒でも致命傷になりかねる。
そのままアベルは突っ伏して意識を失う。
◇◆◇
風魔法で悲報を聞いたアルタイルはすぐさま王都へ向けて馬を走らせた。
ただ、門でそんな彼を止める人物がいた。
「お待ち」
声を掛けてきたのは老婆だった。
「マリン婆、退いてくれ。少し立て込んでいる」
「わかってるさね。ただ、お前さんにはこれが必要じゃないのかい?」
老婆は懐より薬瓶を取り出す。
ただの水のようにも見える透き通ったそれを見て、アルタイルは固まる。
「まさか、それは――」
「例の魔女からの頂き物さ」
「一体誰から……、いや、それは聞くまい。助かった、恩に着る」
「気にしなさんな。あの子も目の前にそういう人がいたら助けるだろうしね」
老婆の怪しげな笑い声を背にアルタイルは再び駆けていく。
なんとか間に合ってくれ、という強い気持ちを抱きながら。
◇◆◇
馬車で揺られながら、ルルは先ほどのアルタイルの慌てた様子を思い出していた。
――アベル王子ってこの国の王子様だよね? 体調、悪かったんだ……。
アルタイルの慌てぶりから二人は親しい仲だったんだろうと推測する。
ただ、その王子がどこにいるのかすらわからないので、手の施しようもなかった。
「大丈夫か?」
どこか顔色の悪いルルを見て、エリオが心配していた。
「うん、大丈夫。私にできることはないもんね」
「その王子とか言うのに聖女の秘薬を飲ませたら治るのか?」
「治ると思うよ。えっ? 聖女の秘薬?」
――いつの間にそんな名前が付いていたのだろう?
ルルは思わず聞き返してしまう。
「聖女様が気になるなら行くべきだよ。何もしなくて助けられなかったらずっと後悔するよ」
エリオが真剣な表情を見せてくる。
「王都の行き方もわからないし、今から言っても間に合うかも――」
「それなら俺が案内するよ。大丈夫、走れば数日で着くはずだ。やることをやって間に合わないのはまだ仕方ない事と思えるだろう? やらないで終わる方が後悔する」
「そうだね。うん、やろう。でも、見つからないように……ね」
「聖女様はいつもそれだな。わかった。とにかく準備が終わり次第出発しよう。今日の夜に門の所で待ち合わせな」
「わかった。お婆さんに挨拶だけしてくるね」
それだけ伝えると老婆の家の前で下ろされる。
◇
一旦自分の家に帰っていったエリオを見送るとルルは老婆の家に入る。
今は留守のようでせっかくだからと服を着替えることにする。
前まで来ていた白のガウン。
姿を隠すのにフードが付いている服の方が都合が良かった。
「なんじゃい、もう帰っていたのかい?」
「あっ、お婆さん、お帰りなさい」
「その服は……。なるほどね、お前さんたちも行くのかい? 見ず知らずの人間相手に」
「王子様は知らない人ですけどアルタイルさんは知ってる人ですから。知ってる人が悲しむなら私は――」
「わかったよ。そこまで決意してるなら儂からいうことはないね。でも、もしかしたら無駄骨になるかもしれないよ?」
「無駄骨?」
「あぁ、お前さんからもらった水筒の中身、薬としてアルタイルに渡しておいたからね。あれを飲めば治療できるんじゃろう?」
ルルは頷く。
ただどのくらい効果が続くのかは試したことがなかったのでなんとも言えなかった。
それに元はただの水。
いくら薬とは言え衛生的にも良くないかもしれない。
「でも、もしもを考えて私も行こうと思います。その……、何もなかったらそのまま離れたら良いわけですもんね」
「ひーっひっひっ、それもそうじゃな。どのみち旅には出るつもりじゃったのだろう? なら行き先に王都が加わっても変なことじゃないね」
「はい。だから今まで短い間でしたけどありがとうございました」
「ちょっと待ちな。どうせ行くならこれを持っていくといい」
そういうと老婆は奥から薬瓶を数本分、持ってくる。
「今後も薬を作るのじゃろう? それなら水筒よりこっちのほうが見た目がいいでな」
「あの……、お代は?」
「いらないよ。お前さんのおかげでアルタイルから稼がせてもらったからね」
実際には代金なんてもらっていないのだが、老婆はそういうことでルルに安心させようとしていた。
ただ、そのことにルルも気づいてはいたが、老婆の好意だと素直に受け取っておく。
「ありがとうございます。あっ、そうだ」
もらった薬瓶の一つに水を注ぎ込む。
そして、治癒を付与する。
「どうぞ」
「いいのかい? こんな貴重なものをいただいても」
「お婆さんからは物をもらってばかりでしたから。こんな物しかお返しできませんが」
「いいさね。家宝として一生祭っておくよ」
「何かあったときには飲んで下さいね。お婆さんに何かあったら私、悲しみますよ!?」
「ひーっひっひっ、そのときはお前さんがまた戻ってきてくれるんじゃろ?」
「間に合わないってこともありますからね」
老婆に強めに言い聞かすとしばらく雑談をした後、手を振って老婆の店を後にする。
◇
約束の門の前には門兵さんの姿があった。
「おっ、嬢ちゃん。こんな時間にどうしたんだ?」
「少し遠出することになりまして……。門兵さんには色々とお世話になりました」
「気にすんな。困ったときはお互い様だ」
わしゃわしゃと頭を撫でてくる。
少し痛いけど、別れを惜しんでしてくれていることだから、とされるがままになる。
「あっ、そうだ。これ、門兵さんからお借りしたお金です」
ルルはカバンの中から金貨を取り出す。
「ちょ、ちょっと待て! 俺はそんなに渡してない! それにこれからの旅で物入りだろ!? それは取っておけ」
金貨を持っている手はそのまま戻される。
「わかりました。では代わりにこちらをもらってくれますか?」
優しい人だからお金は受け取らないだろう、と見越してのことだった。
ルルは代わりに薬瓶を取り出すとそれを門兵に手渡す。
「これは?」
「なんか貧困街のほうで『聖女の秘薬』って呼ばれてる薬みたいです。私には必要のないものですからお礼に受け取って下さい」
さすがに一度断っている手前、二度目は断りづらかった。
しかもルルには必要のないもの、ときっぱり言いきっているのでその点も門兵の気持ちを後押しした。
「ありがとう、受け取らせてもらうよ」
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