スラムⅤ
「あだだ!おっちゃん!これイタイ!イタすぎるって!」
男は少年の前髪を含め、すべての髪で玉ねぎを作る。その上にできた芽を錆びだらけのはさみで刈り取っていく。すぐさまにはできず、ぎり……ぎり……という感じだ。そのたびに少年が痛がっているのだから、あの時に髪が引っ張られてしまっているのだろう。実際、拷問から解き放たれた髪はその一本ずつを難なく見ることができる。
「うるせぇ、我慢しろ」
言葉遣いは相変わらずやや乱暴だ。しかし、男の顔を見れば真剣であることは分かる。口は真一文字にし、目には力が入っている。手を見れば震えてもいた。
「イテェ、イテェ」
少年はなおも痛がるが、袖をくいしばって耐える。もう少し……もう少し、切れた。
男は切れた髪を自らが使用していた年季の入ったヘアゴムで一括りにして束にする。
「ほれ、お前の髪だ。確かによく伸ばしたもんだな」
少年の手のひらに乗せてみせると、少年はまた目を輝かせながらまじまじと見つめる。ついで男をまっすぐに見る。男は顔を逸らしたが、あちらには日が差していないし、見間違いではないだろう。
しかし、こうして少年の顔を見てみると髪ばかりに気を取られてしまっていたが、まま整った顔をしている。しばらくして切られていた時の痛さを思い出したようで、少年は頭頂部をさすって禿げていないかを入念に調べ始めた。……少年は安心したらしい。
「なぁなぁ、これで筆できるよな!?な!?」
「ええい、やかましい。なんでお前は一々そんなにうるさいのだ。しかも繰り返す」
確かに少年の話はうるさい。だが、今回は期待と不安が混ざる声で、少年にとって一大事であることはうかがえる。だからリベルとモネは何か口を挟むというつもりはない。
男も同じようで、ただ返事をしただけらしい。それにしては悪態に過ぎると思うが、少年の手から髪束を回収し作業に取り掛かる姿は少年に応えようとしている。
手際よく、かつ慎重に、男は少年の髪を筆へと作り変えていく。一本も無駄にしない。もっとも、どうあがいても〝お手製の筆〟の域を出ることはない。出来上がった筆を見れば、とても不格好であるし、耐久性も心許なかった。使ってもいないのにボロボロである。
そもそもとして、筆に使う素材となる少年の髪からして、がさつき、ごわごわしている。まっすぐな線はおよそ引けそうにない。所々ぴょんぴょんとはねてしまいそうだ。しかし、それでもいいのかもしれない。
「ふう。こんなもんでどうだ。何か文句を言われても、もう何も出来んがな」
男は少年の小さな両手に筆を置く。
少年はまた目を輝かせながら、筆を空にかざす。右へ左へ、上へ下へ。雲が流れ青空が増えてくる。空にどんどん色が付いていっているかのようだ。
筆を握り、体をぐっと畳んで元気一杯に跳ね上がる。そして駆け回る姿は、男の目を回しにかかるほどである。
しばらくして。
息も切れてきたらしい。両膝に手をついて、次には背中から地面に転がった。再度天空に筆を掲げ、充足しきった笑顔を浮かべる。
「おっちゃん。ほんっとーにありがとな!これで俺にも色のある絵が描ける!」
これには男も、モネも、リベルでも反応に困る。
色は別に、筆から出るわけではない。何ならばただ色が欲しいというだけなら、前に見た女のように顔料となる物を用意しさえすれば、あとはそれを指にでもつけて紙なり、壁なりに乗せればいいだけである。
リベルがモネにそう耳打ちしてみると、モネもこれまた渋い顔をする。そして一言訂正を入れられた。絵の具にはメディウムというのが必要らしい。はてさて、この二人にそれを伝えて伝わるのか。
「なぁ。喜んでるところではあるんだけど、それじゃまだ色なんか付けられないぞ」
意を決したリベルだったが、モネと男には「余計なことを……」とでも言うように額に手を当てたうえ、ため息までつかれてしまった。
秤ノ守 新木一生 @K0M4
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