第8話

 さて、いつもの朝が来てから一週間。俺は鳴る電話に出て、ある人と会話をしていた。

『愛は、殺るヤツと殺らないヤツは分けてるぞ?』

 電話の相手は凛さん。俺は世間話から始めた彼女に、愛ちゃんが俺を襲ってきた事を尋ねた。

『確かにお前、素人に見えたが、ホントに人を殺したことない一般人なのか……?』

 凛さんは俺の疑問に、少しの間沈黙した。人殺しでない俺は犯罪歴すらない。殺し屋の優さんのそばに居るだけで罪とでも言うのだろうか?

『ならお前、殺気を放ったんじゃねぇのか?』

「殺気?」

『そうだ。お前がどういう奴のなのかは知らねぇが、俺様が思うに、愛を殺さなきゃいけないと思ってしまったんじゃねぇか?』

 あの場で転がる死体に笑う彼女。俺は殺さないといけないと思ってしまったのだろうか?

『普通の人間があいつ殺したいなーとか思うだけじゃ、殺気は出ない。お前はもしかしたら、無意識に愛を殺そうとしたのかもしれない』

「そんなつもりは全くないのに」

『愛は、殺気以外にはあまり関心がないんだ。アイドル活動は俺様が強いてやらせてるが、皆が皆、殺しにやってきてくれると思ってやっている。だからこそ殺気には敏感だ』

 そういえば、あの時、「あなた達も私に愛されに来たのか?」と言っていた気がする。

 もし晴子さんたちが含まれないのであれば、該当するのは、優さんと姫ちゃんだ。

 姫ちゃんはもう殺しをしないと言う約束を俺としたから、殺気を放つことはないかもしれない。

 ならばやはりあの場で俺は殺気を放っていたのか。

『殺しの達人に付いて師事していたのなら、染み付いていても仕方ない。殺気を放つなら殺し合いになっても当然だ。殺される前に殺す。それが俺様たちの流儀だ』

 今後は気をつけることだな、と凛さんは言う。

「あの後も殺されそうになってるのは?」

 凛さんは電話越しで笑った。

『じゃれてるだけだ。殺しゃしねーさ』

 本当かよ? それにしても殺気か。俺は人殺しが嫌いなだけで憎いわけじゃない。殺し屋も受け入れてる。でもあの時確かに、あれはやばいと思ってしまったのも事実。

 愛ちゃんに殺気を向けないようにしないとな。

『それよりそろそろ本題に入るぜ? 世間話が長くなりすぎた。今日夕方頃に俺様からの、この前の礼のプレゼントが届くと思うから。絶対にあのニコニコ殺し屋君以外が開けないようにしてくれ』

 なんか物騒なものでも入ってるんだろうか?

『特に甘ちゃんのお前が手紙を読んだらブチ切れて破り捨てそうだ。頼むぜ』

 なんだそれ? 逆に気になるんだが……。

 俺は凛さんとの電話を終えた。優さんと晴子さんと美羽さんと雪絵さんは、資金繰りの仕事で居ない。

 姫ちゃんと雑談しながら、晴子さんが置いていってくれたお菓子を食べる。

「あ、姫ちゃん。口に食べカスついてるよ」

 俺は姫ちゃんの口元の食べカスを取ってあげる。

「平和だね」

 姫ちゃんがそんなことを言う。この子にとっての今の平和があるのは優さんのおかげ。

「新太さんのおかげだね」

 俺は首を横に振る。

「俺は……、君と出会って放っておかなかっただけ」

「それでも、もう霧島家と縁が切れたのは、あなたのおかげだよ」

 霧島家。代々毒使いとして殺し屋をやってきた家系。俺が出会った時、家出した彼女は泥だらけだった。

 俺は心配して事情を聞いただけ。その時には既に優さんと出会っていたから、殺し屋についても少しわかっていた。

 こんな子供でも殺し屋をしているのかと思うと胸が痛んだ。

 彼女は中級免許を持っていた。つまり依頼されて殺しをする。本当は嫌なのに祖父と祖母は彼女の才能に魅入られ、殺し屋になることを強要した。

 姫ちゃんの父と母は、殺し合いで殺された。才能はなかったと聞かされたらしい。だからこそ、姫ちゃんの才能がずば抜けていて、縋ったのだろう。

 そこから引き離すのは簡単だった。二度と会わない契約を交わさせるのに、殺すという脅しは単純だ。

 優さんは簡単に契約を結んできてくれた。その契約書には、姫ちゃんが今後霧島家と遭遇したとしても、あちらから関わりはしないことが書かれていた。

 姫ちゃんは晴れて、月満家の仲間入りを果たし、代わりに俺と口約束をしたんだ。

 二度と人殺しはしない。

 俺はもう姫ちゃんに人を殺して欲しくなかった。

 なんなら優さんにも人殺しをして欲しくないが、こちらはまだ叶わない。

 せめて姫ちゃんだけでも救えたなら、俺にとって前進だった。

「ねぇ、新太さん」

「ん? 何?」

「……。会いたい?」

「……。いや今はいいんだ」

 暫くの沈黙。それを破ったのはチャイムの音だった。

「荷物が来るんだった。優さん以外開けるなってことらしい」

 俺は慌てて玄関に向かい、宅配物を受け取った。そんなに大きくない四角いダンボール。

 居間に持っていきテーブルに置く。

 それから優さんたちが帰ってくるのを姫ちゃんと待った。

 やがて日が落ち、優さんたちが帰ってきたので説明する。

「わかった。じゃあ開けてみよう」

 全員が集合し、凛さんからのプレゼントを優さんが開けた。

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