第6話

「大変だったね」

 夢の中で彼女がそう言う。

「そうだな」

 俺は先程まで起きたことを話した。

「嫉妬しちゃうな」

 彼女は笑って言う。

「俺には君だけだよ」

 そんなことを言う俺に照れてるように見える顔の見えない彼女。

「そっちは大丈夫だった?」

「んー、何人かには囲まれたよ。可愛い子たちだねぇってね」

 俺は焦り言う。

「そいつらを、?してないよね?」

「大丈夫、眠ってもらっただけ」

 夢での俺の言葉は時々モヤがかかる。

「安心していいよ。あ……」

「ん? どうした?」

「そろそろ起きないといけないみたい。頑張ってね」

 彼女が薄くなる。

「ねぇ」

「うん? どうした、?ちゃん」

 俺はこの夢の中の彼女が誰なのかを知っている。だが夢の中では名を呼べない。

「夢の中でくらい、おはようのキス、してもいいんだよ?」

 その言葉に俺はふふふと笑った。

「未成年に手を出すと色々アウトなんだよ」

「お堅いなぁ。じゃあ待ってるね」

 彼女が消え、光が指す。


 俺は起きた。目を開け、起き上がろうとする。途端に目に入った光景を見て叫び声を上げた。

「うわああああああああ!!?」

 ゴロゴロとベッドを転がるように落ちて、状況を改めて見る。愛ちゃんが俺のいたベッドに向けて大型のナイフを持ってダイブしていた。

 俺がベッドから落ちると能力は解けた。途端に息苦しくなり動悸がする。俺が能力を無意識に使ったんだ。

 俺の体は命の危機に遭遇すると、能力を勝手に発動する。

 俺の能力が解け、愛ちゃんは俺のいたベッドを串刺しにしていた。

「あれぇ?」

 愛ちゃんは首を傾げている。

「おはよう、起きたね」

「……最悪の目覚めですけどね」

 優さんは椅子に座り何事もなかったかのように、話す。

 部屋に凛さんが走り駆けてきた。

「おい! 愛! まだ治った訳じゃないんだ! 無理するな!!」

 最近の医療はとても進歩していて、胸の傷はともかく、完全ではないとはいえアキレス腱までもなんとかしたらしい。

 説明によると特殊な治療法を使っているらしく、激しく動けることは動けるらしい。だがあまり無理すれば下手をすれば一生歩けなくなるという。

「えへへぇ。いてもたってもいられなくてぇ」

「すまんな、新太。どうやらお前を偉く気に入ったようでな」

 愛ちゃんは、モジモジしながら近づいてくる。

「新太君、私にあなたを愛させてください」

「死ねというのか?」

「魂が抜けても一生、愛ちゃんの亡霊としてついてきていいんだよ?」

 そんなものお断りだ。

「凛さん、何とかしてください」

「愛、新太を愛すのはダメだ。こいつらはビジネスパートナーだ」

「えー?! 時々でもダメ?」

 愛ちゃんは上目遣いでおねだりしてくる。

「すまん、新太。時々は許してやってくれ」

 どうやらこれでも愛ちゃんからしたら譲歩してるらしい。仕方ない。

「時々来るだけですよ? 受け入れはしないかやね?」

「やったぁ! じゃあ早速……」

 にじり寄る愛ちゃんを凛さんが制した。

「今はここから脱出するのが先だ」

 頬を膨らませる愛ちゃんは可愛いが油断ならない。

 今気づいたのだが、銃声が聞こえない。聞けばこちらがここから出るのを待ってるらしい。逃げるところを追うように作戦変更したようだ。

「よし、行くぞ」

 お仲間さんの合図で、走る俺たちはとにかく港に向かった。港に近づけば近づくほど、戦闘は激しくなり、人がバタバタと死んでいく。

 全く……、こんなに命を粗末にするなよ。

 俺は呆れつつ、凛さんの組の船に乗り込んだ。ここまで来たら安心のようで、愛ちゃんが眠そうに口を開いた。

「じゃあ愛ちゃんは寝るねぇ」

「ああ、助かったよ、愛」

「一緒に寝よ? 新太君♡」

「断る」

 俺は頬を膨らます彼女に背を向けた。

 愛ちゃんは余程眠かったらしく、それ以上絡むことなく寝室に向かった。

「ずっと起きてたんですか? あの子」

「それが俺様のボディーガードの役目だからな」

 無茶苦茶だ。だが口を挟むことはできない。彼女たちには彼女たちのルールがある。

「気になら愛の話でもするか?」

 凛さんは備え付けの大きなモニターに、ある映像を映した。

『好き好き大好き♪好き好き大好き♪大好き大好き♪(大好き大好き♪)、好き好き大好き♪好き好き大好き♪大好き大好き♪(大好き大好き♪)、あ、な、た、が大好きーーー!!!』

 アイドル、皆月愛ちゃんの「あなたが大好き♪」の曲が流れる。こうして見ると殺し屋なんかに見えない。だが何故か愛ちゃんの後ろに、愛ちゃんを応援する怨霊のようなものが見えた気がして首を横に振る。気のせいだ。

『ありがとーーー!!! 愛ちゃんをいーっぱい、愛してね♡』

 映像を切ると、凛さんは椅子に腰かけて笑った。

「アイドル活動を勧めたのは俺様だ。副業としてやらせた。仕込むのは大変だったけどな」

「アイドルだったのに殺し屋になったわけじゃないんですか?」

 俺が尋ねると凛さんは鼻で笑った。

「あいつを見てそう思うか? んなわけないだろ。あいつの人生は幼少期から狂ってた」

 その話は壮絶なものだった。

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