#05 クラブの男たち

 オトコはたくさんいる。

『安心できるオトコ』『愛しいオトコ』『信頼できるオトコ』『苦手なオトコ』様々だ。しかし、それはオンナだってそうで、男女以外の性別の人だってそうで、結局人間にはいろいろなタイプがあるってことなのだが、アタシにとっては相対する人がアタシにとってどうなのかが問題なのだ。

 アタシはそのあたりにとても敏感だ。

『仲良くなれそう』『アタシに気があるな』『アタシを遊び相手にしたいんだな』と、第一印象で感じ取る能力に長けている。そしてそれはたいてい間違わない。

今まで女として生きてきたから危機察知能力が磨かれたのだろうか。元々持ち合わせた特性なのか。家柄だろうか。

良い関係の予知を見逃してもただ残念なだけだが、悪い予感を見逃すとその後の人生に影を落としかねない。若いうちはアンテナを高くして危険回避がうまくできるかどうかが肝心だ。


「おまえ、オレらのマネージャーでもやる?」

少し上から目線のようなかんじで、よくクラブで会う年上のラッパーから誘われた。彼はもう1人のラッパーとDJ1人での3人で活動している。クラブ界隈での人気はすごくて全国を飛び回っているうえ、3人個々の活動もしてるのでマネージャーがアシスタントを探しているというのだ。

アタシは英語を理解できるし、音楽も好きだし、3人とも親しいし、何よりもヒマだ。甘い父からの結構な額の援助はあったが大学も休学しているのでやることがなく、よく一緒に遊んでいた“親友”は大学とバイトが忙しいのと恋人との仲が深まったのもあってアタシと過ごす機会が減っていて、独りの時間を持て余していた。

 この3人組はクラブ界隈ではよく知られた存在だったがメジャーデビューをしていないので世間一般の知名度はそれほどだった。

彼らはこだわりを持っていたので、メジャーへの誘いがあっても歌詞や曲への制約を受けそうな大手とは契約を望んでおらず、自由に活動していた。ヒップホップ文脈の中ではリスペクトされているにもかかわらず、彼らの音楽業界での地位は末端だった。

そのような彼らをアタシはリスペクトしている。少々乱暴な誘い方だったかもしれないが、アタシには光栄なオファーだった。

 主な仕事はスケジュール管理で出演依頼の電話の応対やレコーディングの日程調整などで、忙しい彼らについて回るというよりは仕事用の電話を渡されていて、それとメールを駆使してスムースに仕事が進むように調整するだけで、特別に難しいものでもなかった。

 

 この頃、1番『恋愛に近いオトコ』だった“ストライカー”は明るく賑やかなタイプではないが、いがいと社交的でアタシの仕事にも遊びにも着いて来た。アシスタントとしてクラブに行くときも一緒に来て、ラッパー達と仲良くなっていたり、一緒にライブハウスにバンドを観に行ったりした。

「最近、オレの世界って小さかったんだなって思ってんだよね」

「小さい? 世界相手に戦ってるのに?」

彼が何を言い出したのかと思って聞くと、彼はアタシと付き合うようになって今まで会わなかったタイプの人達と話をして刺激を受けたようだ。

アタシ達はお互いの世界を共有するようになって、お互いの存在が重要なものに変わっていってる実感があった。

 “ストライカー”がオフシーズンの週末、一緒にクラブに行った。アシスタントをしてるヒップホップグループの出番があったが、クラブでの出番は友人も沢山いるし仕事兼遊びといった感じでだ。

この店はきらびやかで派手な店構えではなくわりと雑然としていたが、出演するアーティスト達のチョイスがウケていて人気店だった。週末になると人で溢れかえり、有名人や音楽関係者などもよく訪れていた。

ステージからだいぶ離れたところにVIPエリアがある。有名人などが遊びに来るとそこのソファで豪遊してるのを度々見かける。

アタシみたいに仕事でクラブに来てる人──ラッパーやダンサー、DJなど含め、それから最初の頃のアタシのように音楽を純粋に楽しんでいる客にとってはVIPの豪遊は他人事で、有名人が少しでも生意気な態度をとると楽屋では悪口で盛り上がっていた。大概の出演者は世間一般では無名なので、有名人や音楽関係のお偉いさんには見下されてしまう。それと女性はセクハラの対象になってしまう。

でもVIPの豪遊はクラブの大事な収入源なので、どんなに横暴でも見て見ぬふりされている。

「キミ、あのグループのマネージャーって聞いたけど」

と、グループがステージに立っている時、VIPエリア近くのバーカウンターで顔見知りのバーテンダーと話しながら飲んでいたアタシに1人の男が話しかけてきた。

「はい、アシスタントですけど」

声がした右を向くと、ブランドのロゴがデカデカと入ったシャツを着てギラギラと光る腕時計をした男が笑顔で名刺を差し出してきた。ヒップホップのクラブハコにはまったく不釣り合いなその男は有名なレコード会社の社長だった。

「あのグループいいよね。よかったら話したいから電話してきてよ、キミのプライベートの番号でね」

その社長はアタシの右肩に手を置いて笑顔で言った。

『近づいてはいけないオトコ』だと瞬間的に察した。ハッキリ言わないがアタシが親密になれば、ヒップホップグループに目をかけてやろうという誘いだ。

何度かこういう経験はしていたので苦笑いしてその場をやり過ごしているのだが、この日は左隣には“ストライカー”がいた。

「オレの女に用っすか?」

と、カウンターに身を乗り出してレコード会社の社長に向って言った。

温厚な彼がめずらしく鋭い目つきで厳しい口調だった。その社長は「邪魔したね」と苦い笑顔を作ってアタシ達に背を向けてVIPエリアの方に去って行った。

アタシはその背中に向って左手の中指を立てると、彼がその中指を握ったのでアタシが笑いながら彼を見た。

「平気?」

と、彼が心配そうに聞く。

「もう慣れっこだよ」

「こんなのに慣れちゃダメだよ」

ヒップホップグループの人達ももちろん、出演者やその関係者の間ではこういうセクハラはムシしようという事になっていた。そのセクハラを受けてまで仕事をとる必要はないというのがコンセンサスだった。なのでアタシはきっちりとムシした上にひっそりと中指を立ててきたので気にはしていなかった。

でも彼がアタシのためにあの社長に反撃しようとしてくれたし、アタシに優しい言葉を言ってくれたので感動した。

彼を『愛すべきオトコ』だと感じた。

今すぐに彼を抱きしめてキスしたい気分だったが、周りには大勢の人がいて恥ずかしいので腕を組むだけで我慢した。

腕を絡ませたアタシを見て彼はニッコリと笑った。

 クラブに出入りしているとたくさんの人に会う。いろいろな人と親しくなった。だけど1番信頼できてアタシを1番大切にしてくれるのは“ストライカー”だとこの時点で確信していた。

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