ダンジョン世界で『無能者』から唯一の種族『魔物』に回帰した件 〜彼女を救う為なら、僕はナニにでもなってみせる。
ゆうらしあ
覚醒
第1話 何故
僕、
死ぬ様な思いをして毎日学校に行き、死ぬ様な痛みを感じて帰路につく。皆んなにとって僕の様な存在は早く死んだ方が良いんだろう。
多分、そうした方が周りはギスギスしない。
でも、だからと言って僕が自ら死ぬ事を選ぶ事はないだろう。僕が生きていないとアイツは死んでしまうだろうから……。
その原因ともなる事件があったのは、僕が産まれるずっと前の事だ。
突如、世界に声が響いた。
『初めまして、諸君。僕は神だ』
こもった子供の様な言葉足らずさにも関わらず、その声はあらゆる言語を話した。
『僕の世界がつまらなくなったから、今度は此処で遊んでやる事にした。これから"異世界の因子"をお前らに与え、"試練"を与えよう』
何も分からず、戸惑う人々に神と名乗る者は続けて言う。
『ははっ! そんな不安な顔を見せた所で僕の気持ちは変わらないぞ?』
子供の様な無邪気さが、人々の不安を更に煽り、世界ではパニックが起き始める。
神からの宣言が終わって3分後には、世界の殆どの者が目の前にゲームに出て来る様な『ステータス』や『種族』等が表示されている透明な【ステータスボード】を現わせたと言う。
加えて、ダンジョンへと入った者は人生に最も適した身体へと創り変えられる、種族変化が起こった。
その全てを得た存在を『覚醒者』と呼称された。
そんな世界に乗り遅れ、何も得る事が出来なかった者は『無能者』と侮蔑された。
そして世界で【ダンジョン】が出現した。
魔物が蔓延り、宝が眠るという……正にファンタジーの様なゲートが。
瞬く間に世界は【覚醒】【ダンジョン】の事で持ちきりになり、覚醒者向けの番組、ダンジョンの攻略法等と言った動画が挙げられる様になり、どこか覚醒者中心の世界になった。
そして流れを加速させる様に、魔物を倒した覚醒者は新たに物語の様な力を手に入れる。
ある者は物凄い武術を身に付け、ある者は魔法を操った。
それを【スキル】と呼んだ。
スキルはTVや動画でも放送・発信され、多くの反響を呼んだ。
生まれ持った力でもないにも関わらず、2つの境界はぶ厚くなっていた。
努力や才能でも埋められない壁がある世界。
世界は変わった……建物や食べ物、服装でさえも、生活基盤全てが変わってしまった。
そんな世界で、僕と彼女はステータスやスキルも何もない『無能者』として生まれ落ちた。
何度も死んだ方がマシだと思った。
でも、僕と共に歩んでくれた彼女の希望を壊す訳には行かず、僕は死ぬ様な思いをしても学校に通い続け、いずれは来るだろう彼女の為、今の世界を、全てを変える為に必死に勉強し続けた。
でも出来るなら、誰からの力も借りずに達成したかった。
意味があると思いたくなかった。
あの時、"神が"自分に『覚醒』を与えた事に。
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名前:
種族:魔物
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だが気持ちと反してこの進化は僕に多大な力を与えた。そして僕をアイツと孤児院で過ごしていた……あの過去へと飛ばした。
しかし、僕は少しスタートが早かった子供でしかなく、凡人の僕は直ぐに追い付かれる。
ーー1人でやるには限界がある、と。
だから集めた。
世界に終止符を打つ、僕の手足となる者達を。
あらゆる人脈・金・力を持って組織を作り、彼女を生かし、僕の望みの世界を手に入れて行くつもりだったーーが、現実はそう上手くいかない。
僕らとは別に、この世の秩序を守る為に作られた、
世界を元の世界に戻そうという希望を持った組織、
進化を促した神を崇める、
そして、世界中のダンジョンを我先にと攻略しようとする
小石の様な障害物達が僕の邪魔をして来る。
僕はこれを避けて行くのではない。
踏んで行くのではない。
踏み砕いて行くのが、世界を変える最高速。
『この先、貴方には幾多もの困難が待ち受けています。それでも進みますか?』
僕は歩き出す。
これはーー世界を変えようとしていた僕が、後に"救世主"と呼ばれるまでの話。
今でも、あの時の生活が目に浮かぶ様に思い出される。耐えて、耐えて、耐え続けたあの頃の自分。
だが、今ではその苦悩が血肉となっている事がハッキリと分かる。
自分の笑える程の弱さ、情けなさから来る、憤怒という名の原動力を糧に。
◇
そこは騎士団が管理する学校の体育館裏。そこで僕こと、
学校に持ってきた荷物は全て散らばさられ、幾つか焼き爛れている。
「また、か………」
何時になっても消えない身体の痛みに慣れながら、僕は起き上がる。散らばった教科書を拾って、鞄に入れ昇降口へ向かう。
「おい!! 遅刻だろうが!! それだと社会に出ても役に立たんぞ!!」
「は、はい!」
校門前に居る騎士と目が合い怒声が飛び、痛む身体にムチを入れながら小走りで教室へと駆け込む。
教室へと入ると、もう既に朝のホームルームは終わり授業へと入っていた。
「おい! 遅いぞ!! これで何回目だ!! 評定下げとくからな!!」
指導役である騎士からまた怒声が飛ぶ。
「すみません……」
「クスクスッ……見てよ」
「よく来られーー……」
今日、僕を虐めてた奴らの声が聞こえて来る。あぁ、ムカつく。だけど、今逆らった所でまた殴られるだけ。
僕は焼け爛れた教科書を机に出した。
今の授業は[ダンジョン理論Ⅱ]、僕の得意教科だ。評定を下げられても何とかなりそうだ。
僕は少し胸を撫で下ろしながら、しばらく授業を受けた。そして授業が終わりそうになった頃、教室の扉が開かれる。
「はよーっす」
「おはようございます」
赤い髪に着崩した制服、腕捲りをしている佐藤。
もう1人は綺麗な金髪をたなびかせ、キッチリとした服装な七瀬が鞄を持って入って来る。
「おう、おはよう」
先生はそれに何も咎める事なく、普通に挨拶を交わす。
アイツらは騎士団の入団試験で、高校3年生ながらBランクの優秀な成績をおさめた覚醒者。
身体能力・スキルの強さ、つまりは戦闘力を示したこの成績がAランクになれば、正式に騎士団の、しかも相応な地位で入団する事が出来るのだ。
コイツらは、ほぼ確実に騎士団の入団が決まっていると言う事。だから無能者の僕とは違い、彼等は遅刻しただけでは怒られはしない。
彼等は悠々と教室の一番後ろ、自分の席に着くと僕の方を見た。
「あ? 何だもう誰かやったのか?」
「ん? あぁ、可哀想だな」
くそ……何も出来ない自分に嫌気が差してくる。
「よーし、まぁ今日はここまでで良いだろ。佐藤と七瀬は他の奴から今日の授業の事を教えて貰う事。お前は罰として黒板消しとけ」
授業終了の鐘が鳴り、先生に指をさされた僕は席を立った。
これは遅刻したからという訳ではない。
毎時間、難癖を付けては僕にやらせている、言わば仕事みたいなものだ。悔しいが仕方ない。早く授業で遅れた分を勉強しなければ。
手早く文字を消して行く。
「おーい、無能者くん。ジュース買って来てくんね?」
「あ、俺のも頼むよ」
「あー! ずりぃ! じゃあ俺も!」
椅子に座りながら佐藤、七瀬の一言に周囲が賛同して行く。
その言葉、周囲の状況に思わず言い返したくなり喉元まで言葉が出かかるが、それは佐藤の怒鳴り声で遮られる。
「おい!! 返事はどうしたぁ!!?」
「わ……分かった」
「『分かった』じゃねぇ!! 分かりましただろう、がっ!!」
一瞬目の前が真っ暗になった後、頭に凄まじい痛みが走る。いつの間にか隣には僕と一緒に椅子が転がっていた。
あぁ、意識が遠のく。
「あ、やり過ぎたか。おい」
「ウォーターボール」
そしてうっすら視界に入ったのは、佐藤の指示で水球を生み出した女子生徒。同時に水球が僕の顔面へと落とされる。
「くっ、そ………」
「簡単には眠らせねぇぞ?」
倒れている僕の髪を掴み、無理やり起き上がせると、佐藤は視界が見えなくなるまで僕を殴り続けた。
「……あ。あぁ」
朝よりも痛む身体に、無理矢理に意識を取り戻した僕は目を開いた。天井だ。
佐藤に顔を腫れるまで殴られ、目が見えなくなっていたの筈なのに、治っている。
「具合はどうかしら?」
何とか横を向くと、そこには保険医の先生が居た。保険医で、入学式からお世話になっていると言う理由なのか、唯一この学校で僕を無能者だと差別しない人だ。
「最悪、っす」
腕に力を込め、無理矢理に起きようとする。すると先生が背中を支えてきてくれて、ゆっくりだが起き上がる。
「一応、いつも通り生活に支障をきたさない程度には見た目は治しました。その見た目に反して身体はしっかり治ってないから安静にしてね?」
いつも通りの決め文句。
だけど、僕にはそんな余裕はない。
言われた事に了承の返事をし、問い掛ける。
「今、何時ですか?」
「……もう放課後」
「あぁ、そうですか」
今日はいつも以上に佐藤が荒れていたから、長めに眠っていたようだ。早く図書館に行って今日の授業の遅れを取り戻さないといけない。
僕はベッドから出て、内履きを履く。保健室から出る。僕はなるべく目立たない様に廊下の端を歩きながら、教室へと鞄を取りに行った。
此処は偏差値も高ければ、部活での成績も良く、[ダンジョン演習]にも力を入れている文武両道校。生徒の半分が部活をやり、もう半分は[ダンジョン演習]の移動の為か、多くの生徒とすれ違って行く。
この学校は県内でも有数の[ダンジョン一体化校]。ダンジョンは覚醒者、無能者関係なく入る事が出き、そこから取れる素材は今の世界の基盤になりつつある資材が取れる、重要な資源場所だ。そして階層を進めば、その分攻略難度も上がるが、報酬も高くなる。
だがそこまで良い話ではない。ダンジョンには"魔物"が存在する。
無能者にとっては魔物は死そのものだ。
何故なら、無能者の力如きでは魔物に傷一つ付けられず、荷物持ちとして入っても足手纏いにしかならないから……。
「……よし」
数十秒後。教室に着き、僕は鞄と教科書を持って図書館へと向かった。
そう悲観しても、覚醒する訳でもない。
図書館の2階、入り口から1番遠い窓側の席に座ると、僕は自然と大きく息を吐いていた。
この学校の図書館は日本でもトップクラスの書籍数を誇り、教室などがある本館から少し離れた別館の1階と2階が図書館になっている。その為席数も多く、誰もが部活やダンジョン演習に現を抜かしているこの時間、この場所は僕にとって安息の地になり得る。
「まずは……今日の授業の復習だ」
復習と言う名の自習。僕は1時間目の途中からしか授業を受ける事が出来なかった。それ以外は欠席。だが、だからと言って僕には勉強を教えてくれる友達は居ないし、勿論教えてくれる先生も居ない。
先生が強いてしてくれる事と言えば、僕が倒れているのを見て保健室まで雑に運び出す事ぐらい。そして、欠席扱いで僕の評定を下げる。
それが覚醒者と無能者の差。テストで少しでも良い点数を取らないと、直ぐにでも退学だ。
暫くして、今日の授業の大体の進捗まで追いつくと立ち上がり、本棚の方へ向かう。
「これと……これ、後はこれも」
そして何冊かの書籍を手に取って行く。
僕が何故こんな学校に通っているかは、此処が実力主義である事が大きいだろう。
今ではそうそう無いが、此処では例外として18歳に進化を果たした者も居たらしく、入学時は無能者であっても、勉強を頑張ったら此処に入る事が出来る仕様になっている。良い成績を取ったら学費も特待生制度で免除になるのだ。
力では、確実に勝てない。身体能力もさる事ながら、真正面でスキルを使われたら死ぬであろうそんな僕が求めるのは"知識"。
それを考えれば、この学校を選ぶのが必然だった。
「絶対、絶対に……!!」
知識を駆使して、アイツらを泥沼に嵌めて行く。贅沢は言わない、苦しみ、足掻き、ゆっくり僕を虐めた事を後悔しながら死んで行けば最高だ。
だけど1番はーー……。
今日は放課後まで眠ってた事もあって時間が経つのが早く、下校の鐘の音が鳴った。僕は本を本棚に閉まって帰路に立つ。
此処の本は本来借りる事は出来る。だけど、返すまでに燃やされる可能性が高い僕には借りる事も出来ない。
学校から出ると、僕はそのまま隣接してある病院へと向かった。西棟3階にある305号室、個室になっていて、夕暮れが特に綺麗に見える場所。
そこに彼女は居た。
「邪魔するよ」
「あ、 䨩くん。久しぶり!」
ベッドからボーッと夕陽を見ていた彼女は、僕を見て笑顔を浮かべた。
彼女は
そして、凛も『無能者』だ。
昔から身体が弱く、最近になって病状が酷くなり入院する事になった。
「どう? 調子は?」
「んー……䨩くんが来てくれたお陰で、小学校の時明日はカレーだ! 嬉しい! って思うぐらいには嬉しいよ」
「……それはそれは、反応に困る返答をありがとう」
2週間ぶりの彼女の屈託ないその笑顔につられて頰を緩ませながら、僕は彼女のベッドの隣にあった椅子に座る。
「もっと楽にしてろよ。起きてるとキツいだろ?」
「えー? だって私が寝てたら、䨩くんに襲われた時に抵抗出来ないじゃなーい?」
凛は底抜けに明るい。だけど、その気遣っている明るさが、僕にはとても心を締め付けられる様に苦しい。
「䨩くんはどう? 学校。楽しくやってる?」
「ーーあぁ。楽しくやってるよ」
「あー……そうなんだ! 大丈夫なら良いの! グーだよ!!」
少しの間の後、凛は親指を立てて来る。
凛は昔から学校に憧れと言うものを抱いている。
皆んなと仲良くお弁当を食べたり、勉強を教えあったりする楽しい所だと。
しかし、無能者に対してそんな優しい学校は存在しない。
そんな凛の希望を壊さず、いずれ叶えてあげたい。それが僕の願いだ。
「それじゃあ凛の元気な姿も見れたし、僕は帰るとするよ」
「え! まだ5分も経ってないよ!?」
僕は立ち上がり、扉に向かう。その途中、凛に服の袖を引っ張られる。
そうだ。だけど、此処に来て確信した。
もう時間が残り少ない事に。
『どう? 調子は?』
『んー……䨩くんが来てくれたお陰で、小学校の時明日はカレーだ! 嬉しい! って思うぐらいには嬉しいよ』
前来た時も、この質問をして僕は凛に誤魔化された。
前までは「まぁまぁ」とか「普通かな?」と答えていた。今は僕の質問に答えない。つまり、答えられない程に病状が酷くなっている。
徐々に悪くなっている体調……これまでの凛の様子を見ればあと半年程だろうか。
凛が楽しく学校に通う為に必要な事。それはこの世界をぶっ壊す事、そして凛の病気を治す事だ。
「また顔見に来るから……じゃあ、またね」
「んー……もしかして彼女が出来たとか?」
「バカ言ってないで、早く寝ろ」
「ふふっ、はーい。あ! そう言えば明日は䨩くんの誕生日だね……調子はどう?」
病室から出ようとする僕は、凛に言われ足を止めた。
「……うん、好調。多分……種族変化は出来るんじゃないかな」
『覚醒者』とは種族変化とステータスボードの出現が行われた者の事を言う。
種族変化は出来ても、ステータスボードの出現が出来なかった者は一般人として扱われ、その割合はほぼほぼ10割だ。
そう、ほぼほぼだ。
種族変化をした者は現実・ダンジョン共に能力が上昇する。そしてダンジョンの中では種族ごとに姿を変える。
種族変化とステータスボードの出現は、16歳以降に行われたという記録は残っていない。
つまり、明日の内に最低でも種族変化が出来なかったら"完全な無能者"として名を馳せる事になる。
いやーー変な事をこれ以上考えても無意味だ。
そう判断した僕は早足で廊下を移動し、病院を出た。そして凛が居るであろう病室を見上げた。
ーー凛は本当に優しい人だ。優しく、純真だ。
「まずは凛の病気を……いや、ダメだ。早く治りすぎてもこの世界を見て絶望するかもしれない。なら凛の病気を良くしつつ、普通高校への編入を考えないと。その為にはお金も必要だし……いや、まずは明日中になる種族変化先について調べておくか……」
僕はこれからの事を冷静に考えながら、家族も誰も居ないアパートへと帰宅するのだった。
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