第26話 ベルトラン感涙す
「若、良かったんですか?」
「何が――だ?」
「いや、愛しのマイスイートハニーのピンチを救ったんですよ?」
ジャンが憮然と歩みを止めない主をからかうように聞く。
「”ああ、無事で良かったマイスイートハニー。この戦いが終わったらそこの教会で永遠の愛を誓わないか?”――くらい、いつもなら平然と言っているでしょう?
なんか、調子狂っちゃうなぁ。」
「貴様は私を一体何だと思っているのだ。」
不愉快だ、とジャンをにらめつける。”おお、怖っ”とおどけた素振りでジャンは続けた。
「ぶっちゃけ、いい機会だったと思うんですよ。これまで好かれる要素ゼロだったじゃないですか。なんでこんなチャンスに何も言わないんすか?」
従者がおどけて言うと、突然、主人は立ち止まり、右手を見つめていた。
「……った」
「はい?」
「手を握ったのだ」
「はぁ。そういえば手を握って引き起こしていましたね」
「手を握ったのだ!」
突然、ベルトランは立ち止まって両の拳を天高く突き上げる。
「私は、手を握ったのだーっ!!」
更に、突然の雄叫び。ジャンだけでなく、周囲を固めていた近衛の兵たちも目を丸くした。
「ど、どうしました、若……。大事なことだから三回言いました、ってことですか?」
従者の困惑を意に介さず、主人は続ける――
「ジャン、信じられるか?手を握ったのだぞ。この私が、あのチェスカと!
これまで、キモっとか、半径5メートル以内に入らないで!とか、同じ空の下で呼吸しないで!とか、言われてきた私が、だぞ!?」
「若、ちょっと落ち着いて――」
「何ならいっそ大気圏の外に出て、とか、もう3万光年くらいあっちに行って、ブラックホールに吸い込まれて二度と出てこないで、とか言われてきた私が、だぞ?」
「……若、そこまで言われていたとは、私も知りませんでした。というか、存在を全否定されていますね……」
「その私が、手を握ったのだ!」
その程度のことでこれほど感動できるとは……というか、そこまで言われてこの人はどうしてめげないのか……呆れるを通り越して、畏怖すら感じる。
「しかも、しかも、だ。最後に彼女は私に言った。ありがとう、と」
「ええ、確かに言っていましたね……」
「”キモい、うざい、死ね”の三段活用しか言われてこなかった私が、彼女から感謝の言葉を受けられるとは――」
――それは三段活用なのか?という疑問を周囲が抱く間も与えず、ベルトランはまくし立てていく。
「私は嬉しくて嬉しくて、彼女の姿を見ることができなかった。なぜならば、目に涙が溢れていたからだ。嬉しさのあまり。」
そう言っている今まさに号泣している。
「えっ、カッコつけて振り返らなかったわけじゃないんですか?」
「たしかに、我々からも背中しか見えませんでしたが……まさか若、泣いておられたとは……」
周囲の兵が驚きの声を上げる。
「なぁ、ジャン、今日はいい日だな……」
「そ、そうですね……赤飯でも炊きますか?」
コイツは一体何を言っているんだ……
”閣下、おめでとうございます!”とベルトランの号泣が伝染したのか、同僚たちが
「今日は一光年は前進したな!」
……まだ二万九九九九光年も先がありますよ――と呆れる従者に主人は微笑む。
「アンドロメダ星雲は近いぞ」
――おっとー、二四九万九九九九光年に遠ざかったーーっ!?
私にだって救える世界がある! 小鳥遊葵 @aoideep
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