第15話 捕縛

 何かがおかしい。

 世の中、何かが間違っている。


 気づいたら、俺は後ろ手に縛られ、椅子にくくりつけられていた。

 悔しさ紛れにブツブツ愚痴を呟くが、誰が聞いているというわけでもない。

 俺は薄暗い部屋に監禁されていた。

 牢屋というよりは取調室のような感じだろうか……季節は夏だというのに石造りの床からひんやりとした冷気を感じる。


 まったく、今日は何て日だ――

 朝から団長の馬鹿騒ぎに付き合い、下町中駆け回って追いかけっこをし、少女を組み伏せた後、一緒に魔物を退治した。その少女テスラは謎の天使(?)ときている。

 トドメが――この有様だ。


 「……痛ぇ……」

 空から少女が降ってきた。そう書くと、どこかの物語の様だが、現実はそれほど優しいものではない。

 数メートルの高さから降ってきた四十キロはある物体に押しつぶされたんだ。

 片方の頬に冷たい地面を感じ、もう片方は暖かく柔らかな尻に敷かれていた。


 「いったーーーーーい……」

 上にのしかかる少女が声を上げた。

 目の前に白くしなやかな指が降りてくる。そいつは自分の尻を撫でていた。

 「下が柔らかくて助かった……」

 呑気にそんなことまで言いやがる。


 「安心してるとこ申し訳ないんだが、早くその重いケツをどけてくれないか?」

 その一言がいけなかったらしい。


 「な、な、何よこれっ!?」

 自分が男の顔に座っていたのと、その男から重いと言われたことに逆上したようだった。

 そして、おもむろに立ち上がり……


 なぜ、俺は踏みつけられねばならなかったのか……

 眼の前の少女に何度も何度も踏みつけられていた。

 そして、仕上げに……


 「この変態を捕まえて!」

 自分からケツを差し出しといて、捕まえろと言うんだからな……。

 だから、女って生き物は……。


 少女が声を上げると、建物から僧兵が五人ほど出てきた。

 僧兵と事を構えるのは傭兵身分とは言え一応、””に所属する俺としては賢いことではない……そう思って、抵抗はしなかった。


 実のところ、この国には軍隊が二つある。

 王をトップに置くという点ではどちらも変わらない。

 ”聖王騎士団”――聖王国軍とも呼ばれる。聖王の騎士団、聖王の軍隊、といえば聞こえがいいが、実態は違う。

 地方領主である封建貴族が地元の師弟や領民を徴兵した私兵集団で”師団”を構成し、それを寄せ集めたもが聖王騎士団、聖王国軍だ。

 師団の編成権は大貴族に与えられているが、編成権が与えられた師団数以上を保有させない、軍縮効果も持っている。

 軍は二十個師団に編成されている。簡単に言うと、二十人の大貴族がこの国を支配しているワケだ。俺たちは二十一番目の傭兵団。半端者の集まりだ。


 そして、もう一つの軍隊が宗教組織だ。

 ”聖教騎士団”――神である聖王が再臨し、魔族を討滅して世界再生を行う。大雑把に言うとそんなお題目を掲げる”聖教会”が聖王守護のためと称して組織した軍事組織が”聖教騎士団”だった。聖教騎士団の兵士も身分的には僧なので、俺たち聖王騎士団は奴らを”僧兵”と呼んでいた。


 聖王騎士団のトップは聖王国随一の大貴族、ベルトランの父親のルクレール卿。

 聖教騎士団のトップは聖教会のトップーー教皇が率いている。


 聖職者といっても霞を喰らって生きているわけではない。全国各地に教皇領という名の土地を持っている。その土地からの収入や、各都市にある教会からお布施という形で資金が集まる。教皇は教皇領や各都市の責任者として司教や司祭を置いている。

 教皇領は聖王国だけでなく、周辺の国にもあり、聖教会は魔族の地以外では広く信仰されているメジャーな宗教だ。

 また、聖王騎士団と比べると聖教会は官僚的で教皇を中心とした中央集権的な組織になっている。


 ――と、これぐらいの内容は士官学校出身者なら誰でも分かっている。


 問題は聖王騎士団と聖教会はとんでもなく仲が悪いのだ。

 一悶着起こそうものなら、聖王騎士団の上層部から処分されかねない。


 黙って剣を放り投げて武装解除すると俺は”お手上げ”のポーズで僧兵達に近づいた。

 「待て!貴様ここで何をしていた?……その袖章、国軍だな?」

 「見て分かるだろう?この騒ぎだ。魔族と戦っていたのさ」

 僧兵の中でも位の高そうな兵が前に出てきた。最初は火事場に駆けつけたようなキョトンとした顔をしていたのに、俺の袖章を見咎めると急に態度を変えやがった。

 奴らは聖王騎士団の事を”国軍”と呼ぶのが常だ。神聖な聖王の名を関する事自体が気に入らないのだとか。


 「――さては俗物の手先か。姫を誘拐しに来たというわけだな。」

 こいつらのいう”俗物”はベルトランの父親、ルクレール卿のことだろう。”聖王国を私物化している”――と、聖教会は何かにつけてルクレール卿を貶めている。

 ”姫”というのは俺を尻に敷いた少女の事を言っているらしい。

 姫……ってことは、テスラが探していた姫ってのはこのちんちくりんのことか?


 「なぁ、なにか誤解があるようだが……」

 相手は腰に提げた剣を今にも抜きそうだ。

 お互い面倒なことは嫌だろ?――と、いう雰囲気を醸しながらリーダ格の僧兵に近づく。

 その時、だった――

 「そうよ!こいつ私を連れ去ろうとしたのよ!」

 先程の少女が兵士の壁から顔をのぞかせ、まったくの出まかせを撒き散らす。

 一体何の恨みがあって――って、重たいケツと言った恨みか……


 苦笑しつつ、後退りする……

 だが、回り込まれた。逃げられない。

 いつの間に、また、どこにそんなに隠していたのか、建物からわらわらと僧兵の群れが出てきて俺を取り囲んでいた。

 背後は高い塔のそびえ立つ教会の壁。周囲は立錐の余地なく敷き詰められた僧兵。肝心の俺はすでに剣を捨て、武装解除状態。

 さすがの俺も観念せざるを得なかった――というわけだ。


 「いや、やってやれないことはなかったんだ。あんな雑魚いくらでも相手に……

 だけど、聖教会の奴らとは絶対に事を構えるなって団長が――」


 「おい、さっきからブツブツうるさいぞ。」

 見張りの僧兵が声を荒げる。

 俺は粗末な椅子に座らされ、後ろ手に縛られた上で手足を椅子に繋がれている。

 ほとんど身動きがとれない状況になっていた。


 「他にすることもないんだから、いいだろ!」

 「することはあるだろう。お前の依頼主を教えてくれないか?」

 先ほど争っていたリーダ格の僧兵が言う。

 リーダ格は深く椅子に腰をかける。白いローブには赤い縁取りがしてあった。ローブの下には鎖帷子チェーンメイルと甲冑を着込んでいるのだろう。座る時にチャリチャリ、カチャカチャと忙しい音が聞こえた。

 リーダー格の脇を鎖帷子チェーンメイルを着込んだ僧兵が固めている。胴部分は鎧となっており、大きな青い十字架が刻まれている。青い十字架は正教会のシンボルだ。


 「依頼も何も、俺はたまたま塔の下を歩いていただけだ!」

 さっきから何回同じ事を繰り返しただろうか……

 「言わないのであれば、状況が落ち着いた後に拷問しても――」

 「おいおい、袖章見ればわかるだろう?俺は聖王国軍の将校だぞ?」

関係ない、とばかりに司祭は鼻で笑った。

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