第9話 戦場の中心で愛を叫ぶ
「しかし、何だというのだ……よりにもよってこんな日に――」
恨めしそうに空を見上げる。上空には無数の魔物が見える。散発的に街に降りてきては市民を襲ったりしているようだが、大きな被害はまだ報告されていない。
降下して襲ってくる魔物は下等なモンスターというレベルのものばかりで組織的な攻撃とも判別がつかなかった。
ただの嫌がらせか……と、内心吐き捨てる思いに満ちている。
今日は聖王復活祭の祝日だ。復活祭の式典の後に私の近衛師団長就任式典が予定されていたのだ。
「それが全部、パァだ。」
ベルトランは声に出して、上空を飛び回る魔族に不満をぶつけるが、虚しくなるだけだった。
ジャンが守ってくれた後、敵は嫌がらせを続けるだけで、特に攻撃はない。いい加減飽きてきた。
「それに、式典の後にはルクレール家の個人的な祝宴を準備していたのだ。父上の名で各師団幹部も招待していた。
そう、招待客はこの国の
その中にはもちろん、君も含まれているよ、
君は恥ずかしがり屋さんだから、中々私の誘いに応えて来てくれはしなかったよね。」
「ちょっと……若?」
「これまでも何度も、何度も、君に求愛しているのに、君は平民出身ということもあり……その奥ゆかしさから悉く身を引いてきた。
あゝ、なんて健気なんだ、マイスウィートハニー……
そう、最初は士官学校の入隊式だ。平民にも関わらず、なんと彼女は主席で合格だったんだ。そこで、大陸一の大貴族の御曹司である私を差し置いて、代表挨拶を行ったよね。その凛とした姿に私は心奪われてしまった――」
「おーい、若、聞こえてますかー?」
「その日のうちに求婚したのだが君はもうそれは照れしまって……一言だけ『キモっ……』と発して走り去ってしまったね。
平民が日常的に使っている照れ隠しの言葉など、私には理解しようもないので、それがどんな意味だったのか未だに分からずじまいだよ……」
「若ー、知らないって、幸せなことですねぇ……」
「それ以来、君は恥ずかしがって、なかなか私の前に出てこなくなってしまった。
困った私は必ず主席を取って彼女に想いを伝えよう、と皆の前で宣言したたものだ。
だけど、身分違いの恋に遠慮したのか、彼女はついに一度も主席の座を私に譲ることがなかったのだ」
「若、若は三番手ですよ。まるで次席みたいなこと言わないでくださいね」
「だが、君も軍人だ。聖王騎士団総帥主催の祝賀会で、総帥から招待され、よもやそれを欠席することなどできない……できないよね、軍人なんだから、命令には絶対だよね!
待っていろ、チェスカ!マイスイートハニー!!今夜、このベルトラン様が見事なサプライズで君のハートを鷲掴みにしてやるのだ!
ふふふ……ふぁーっはっは!!」
ガンッ――
硬いもので兜を殴られ、私は我に返った。
見上げるとジャンがまるで汚物を見るかのような視線を向けていた。
こいつ、サーベルの鞘で殴りやがった。
「貴様、上官を殴るのか?軍法会議ものだぞ!?」
「若、心の声がダダ漏れです。若の妄想……というか行動は普通に
「いかん、いかん、つい思索にふけってしまった……」
「いや、ずっとダダ漏れでした。しかも大声で。兵たちがドン引きするほどに。」
どうやら想いが溢れて声に出ていたらしい。
なぜかはよくわからんが、周囲の視線が痛い。
そうか、皆私の真っ直ぐな愛の告白に感動しているのだな……
そんな下々の温かい視線を浴びているときだった。
「閣下!ルクレール閣下!このようなところに……!」
一人の若い騎士が駆け寄ってくる。甲冑を着込み、ガチャガチャとうるさい音を立てながら近づいてきた。
「私はまだ将官じゃないんだ、閣下は止めろ。」
迷惑そうに、よせ、と手を振る。
”閣下”と呼んでよいのは少将以上の将官に対する尊称とされている。昇進が確定しているとはいえ、ベルトランは現時点でまだ大佐であった。
「第一、家名で俺を呼ぶなと何度言ったらわかるんだ。それでは父上と区別がつかん。」
愛を語って気分が良かっただけに冷水を浴びせられた。
「では、ベルトラン公……、指揮所にお戻りください。」
「くどいな、お前。だから使えないと言われるんだ。」
迷惑そうに答える。
「お言葉ですが閣下……、いえ、ベルトラン公……、あなた様はこの聖都の守備隊長です。その守備隊長が――」
「守備隊長が城壁を守っていてはおかしいか?」
話にならない、そんな雰囲気を言外に込め、続けた。
「私は今、聖都の守備隊長だ。貴様は私に指揮所で優雅にワイングラスを揺らしながら、兵たちに死ねと言わせるつもりか?」
「それは……」
「若、彼は指揮所から伝令を伝えに来ただけですよ。ほら、困っちゃってるじゃないですか」
ジャンが横から口を出してきた。目の前の若い騎士が困惑しているのに今更ながら気づいた。
ああ、またやってしまった。
この者は上に言われたことを私に伝えに来ただけなのだ。
「……すまない、初めての戦場で気が立っているのだ。貴様に言っても仕方がないな。」
そういって騎士を慰めてやる。
「だが、私にはこの聖都を守る義務があるのだ。」
ベルトランは自分の血筋を理解している。士官学校を出てわずか三年で少将に昇進し、近衞師団長になろうとしている。対外戦争も魔族との争いもここ二十年無縁となっている聖王国において、戦功を上げる場はなかった。
彼の父、ペタン・ルクレールは聖王国軍の総帥にして、聖王国随一の大貴族だ。つまり、これは完全に政治的な昇進だった。
ルクレール家の
だからこそ、私は誰より前線に立たねばならない。
自分に言い聞かせるように魔物の攻撃に立ち向かっていた。自分に戦闘力は殆どない、そう分かっているのに最前線で指揮を執っている。
近衛師団といっても全員が貴族ではない。定数一万の兵士の殆どは平民たちだ。その一方で、幹部はみな上級貴族だ。彼らは安全な巣(指揮所)から出てこようとはせず、後方から「死守せよ」としか言わない。
おぞましい連中だ。魔族よりもおぞましい……
心の中で吐き捨てた。
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