二年入りの小瓶を、捨てた。

お題:つらい彼方 制限時間:30分


僕は、ただ一人、朝焼けに包まれながらテトラポットの上に立ち、悲しみに暮れる。

足元で静かに、そして確かな存在感を持った冷たい冬の海が、ノイズだけのBGMを鳴らしている。

コンビニで買ったウィスキーのボケット瓶を開け、煽る。どうやってここまで来たのか、ぼんやりとした頭で思い出そうとしたが、目から涙があふれてどうでもよくなってしまう。

もう一口、ウィスキーを煽る。アルコール臭く、ただ舌と喉を痺れさせる毒の刺激で、何もかも思い出せないように頭まで痺れさせる。

今ここにどうやって立っているのかは思い出せなくとも、どうして悲しみに暮れているのかは、はっきりと思い出せるのだった。

背中を朝日が照らしている。

太陽に顔を向けられないほど惨めな気持ちで冷え切った体をさする光を感じている。

どうしてこんなにも、ありふれた悲しみに、心の底から浸っているのだろう。

僕の愛が相手の愛の形と噛み合わなかった、それだけのありふれた悲劇が、演劇の主人公の様に僕の心に悲しみとして居座っている。その悲しみにアルコールをぶちまけて押し流そうとして、毒瓶の茶色い液体を流し込む。アルコールが耳も、目も、唇も熱くした。何でもない事を、この世で一番の悲しく恥ずかしいと思う気持ちが、なおのことそれらを紅潮させた。冬の海風が耳を切りつける。指はとうに感覚を失っていた。

恋人に振られることが、ただそれだけのことが、どうしてこんなにも悲しいんだ。恋人なんてまた探せばいい。あの人の変わりは居なくとも、また誰かと愛し合えばいい。それだけだ。

もう一口、毒を流し込もうとした時に、喉奥から引きつってくる感覚を抑えきれず、テトラポットにうずくまって吐いた。ただただ醜い言い訳が腹の内からこぼれるのを抑えきれず、何度も何度も吐いた。激しくせき込んでから吸い込んだ空気がとても冷え切っていて、僕はさらにせき込む。

誰かと愛し合えばいいんじゃない。あの人と愛し合いたかった、そんな恥ずかしいことが、言えるはずもなかった。認められるはずもなかった。認めたところで、今や何の慰めにもならなかった。

昨晩、ベッドの上で僕の独善的な愛の形の苦しさ、汚らわしさを涙ながらに語られ、その後に僕がどんな言葉を絞り出したのかも分からないが、きっと、いや間違いなく、言い訳を、酷く独善的な言い訳を並びたてたんだろう。

空になったガラス瓶を、海にむかって放り投げた。緩やかな放物線を描いて、遠く、遠く彼方に飛んだそれは、酷く軽くて、とても間抜けな音を鳴らし、海に沈んだ。

愛したい人を、上手く愛せず、そして壊れてしまう事を心の底から悲しむ。その間抜けさの、音だった。

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