第15話 ロクロウ鉄砲に撃ち落とされし件

「ぐわぁーっ!」


 苦痛の叫びを上げつつ、ロクロウは姿勢を崩して落下した。激痛のためにほとんど体が動かない。

 横倒しの姿勢で地面に叩きつけられた。


「うっ!」


 肺から空気を絞り出されてロクロウはあえいだ。太ももの傷からは血が噴き出ている。


「動くな、ロクロウ!」


 霧の中を駆けよったのはサイゾウであった。懐から手拭いを取り出すと、傷口を思い切り締め付けて縛った。


「がぁっ!」

(騒ぐな! 敵が来る。一旦退くぞ! 己の体に軽身かるみの術をかけろ)


 サイゾウはロクロウの耳元で声を抑えて囁いた。

 サイゾウが岩戸返しの術でロクロウを軽くし、担いで走ることもできる。だが、それでは敵と出会った時に術が自由に使えない。


(くっ! 土剋水どこくすい、土遁軽身の術!)


 ロクロウは引力を操り、傷口からの出血を止めると共に、自らの体重を七分の一に小さくした。軽身の術は高跳びの術の一部であり、ロクロウ得意の遁術である。苦痛にさいなまれていても、術に狂いはなかった。

 

(よし! 走るぞ? 揺れるが、我慢しろ!)


 言うが早いかサイゾウは軽々とロクロウの巨体を背負い、土を蹴って霧の中を疾走した。里人を逃がした方向、城門を目指してひた走る。

 高跳びの術を使わず、霧に隠れたまま脚力のみで風の速さに達する。


(行くぞ! 土生金どしょうこん飯綱いづな走り!)


 五行相生そうしょう土生金。体重を五分の一に減じながら、足裏と大地に雷気をまとわせて地を滑る。六尺男のロクロウを背負ったまま、サイゾウは地表すれすれを飛ぶ鳥になった。


 途中、セイナッドの本隊と出会うが声を掛け合う暇もなくすれ違う。今は一刻を争い、ロクロウを前線から遠ざけねばならない。治療を急がねば命の危険があった。


(本隊とすれ違ったなら、ここから先に敵はいないはず。だが、油断は大敵。金生水こんしょうすい、霧隠れ!)


 サイゾウは既に駆使している土遁、金遁に加えて水遁霧隠れの術を重ね掛けした。三行以上の重ね掛けは至難の業であり、術者への負担が大きかった。

 サイゾウの第三の目が過負荷に晒されて、燃えるように熱くなる。


「サイゾウ! 大丈夫か?」


 サイゾウの背で傷口を抑えながら、ロクロウは術を重ね掛けしたサイゾウを気遣った。


「くっ! 大丈夫だ。お前はしゃべるな。気を抜けば血を失うぞ!」


 サイゾウは眉間を襲う苦痛を振り払うように頭を左右に振った。


「俺は『霧隠れのサイゾウ』だ!」


 そう叫ぶと、サイゾウは唇をかみしめて城門へとひた走った。


 ◆◆◆


「開門! 開門! 怪我人を入れてくれ!」


 大手門を叩きながらサイゾウは叫んだ。サイゾウたちの姿を確認した物見の報告により、門が細く開かれた。


「番衆のサイゾウとロクロウだ。鉄砲に足をやられた。こいつの手当を頼む!」

「よし。おい! 戸板を持って来い! お前は怪我をしていないのだな? ヨウキ様はご無事か?」


 正門の守備隊長はロクロウたちの様子を見て、矢継ぎ早に指示を出した。


「わたしは無事だ。ヨウキ様にも怪我はない。敵の中に遁法の術者がいた。わたしはすぐに戦場に戻る!」

「少し休んで行ったらどうだ? 顔色が悪いぞ」


 無理をした術の重ね掛けとロクロウを背負っての疾走がたたって、サイゾウは疲弊していた。


「何の! 遁法修行の苦しさに比べれば、これしきのこと。もう呼吸は整った。出るぞ!」


 サイゾウの気迫に押され、守備隊長もそれ以上は何も言えない。番兵に再び開けさせた城門からサイゾウはするりと戦場へと滑り出た。


 すーっと1つ呼吸を整えると、両手で智拳印を結んで意識を集中した。


(土遁、高跳びの術!)


 走り出したサイゾウは地を蹴って、高々と空中に躍り出た。


 ◆◆◆


 立ち込める霧の中、ヨウキは敵の術者ハンゾウと対峙していた。互いに気配を消して所在を隠していた。


(むう。敵の気が読めぬ。ここまで完全に気配を消せるとは……)


 隠形五遁の術はセイナッドだけのものではない。敵に術者がいることは常に想定しているが、ここまで熟達した相手と遭遇したことはなかった。


(敵の人数が読めぬ)


 ヨウキの火遁を破ったハンゾウとやらは恐らく敵忍びの首領であろう。部下を隠していたと思われるが、その人数と位置がわからない。


 わからない以上、さすがのヨウキもうかつには動けなかった。


(首領の気配は読めぬが、手下なら……)


 ヨウキは大地のくぼみに身を伏せたまま、心気を薄く飛ばした。蜘蛛の糸のように薄い気がヨウキを中心に輪となって広がる。

 心気の輪は命あるものにぶつかると、跳ね返る。跳ね返ってくる時間によって、ヨウキは周りにいる生き物の方向と距離を知ることができるのだ。


(味方はいないな。いるのはすべて敵だ)


 散れというヨウキの命令で、味方は一旦退いている。番衆の気配であればヨウキは他人と見分けることができるので、見間違いはない。


(ふふふ。先ずは数を減らしてやろう)


 ヨウキは右手の人差し指を伸ばして地面に触れた。釈迦の手印でいう「降魔印」であった。

 触れた指先から大地に気を流す。


土生金どしょうこん空蝉うつせみの術)


 引力を操る土行の術は大地と最も相性が良い。土に潜った土行の気は、金行である雷気に変化して土中を走る。

 その向かう先にあるのは、ここに来るまでに仕掛けておいた鉄丸であった。


 鉄丸にはヨウキの気を封じ込めてある。雷気がそれを叩けば封印が解けて、あたかもヨウキ本人がそこにいるかのごとき陽気が立ち上がる。


「空蝉」とは「現身うつしみ」であり、「移し身・写し身」であった。


 空蝉の気配につられ、敵の気配が動き出す。


(ふふ。かかった!)


 空蝉となった鉄丸の周りには、別の鉄丸が点々とまかれている。


(よし、今だ! 金生水こんしょうすい蛟龍雷瀑布こうりゅうらいばくふ!)


 散らばった鉄丸から噴水状に水がまき散らされた。


「何だ?」


(雷電!)


「うがぁああーっ!」

「が、ががが……!」

 

 滝のように降り注ぐ水の中を、解き放たれた雷撃が龍のように走り、網の目に広がった。

 空蝉につられて集まった敵五人が雷に打たれて、煙を上げながら昏倒する。


(まずは五人。残りは一人ずつ倒す)


 霧の中でヨウキは身を起こし、するすると動き始めた。

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