第12話 ゾーカー衆百名、猿一匹に蹴散らされし件

「一番隊下がれ! 二番隊前へ!」


 号令にて射撃を終えた一番隊が列の後尾まで下がり、弾込めを始める。

 二番隊はその後を埋めて、膝立ちの態勢となった。


 二十発の弾丸が揺れる人影を引き裂いたように見えたが、『猿』は倒れない。弾を受ける前と同じ速度で走っていた。


(なぜ倒れぬ? 弾は当たったはずだ)


「二番隊、構え筒! 撃てェっ!」


 再び繰り返される二十丁の斉射。しかし、結果は同じであった。


(おかしい。幻術か? これではらちが明かぬ!)


「弓兵! 前へ出よ!」


 幻術に惑わされて鉄砲が当たらぬというならば、弓を使うべし。マーゴは咄嗟にそう考えた。

 鉄砲は狙ったところにしか飛ばないが、矢なら数に任せてばらまけるはずだ。


「弓兵、構え!」


 鉄砲隊の前に出た弓兵が矢をつがえようとした時、「猿」の動きが変わった。

 両手を広げて身を伏せたかと思うと、そのまま地面すれすれを滑り始めた。


 燕のような速度で、左右に身を翻してこちらに迫る。


「な、何だあれは?」

「速いぞ!」


 矢は空気の抵抗を受ける。動く的に簡単に当たるものではなかった。

 空を飛ぶ鳥を射抜くことなどできるものではない。


「うろたえるな。しっかり狙え。弓兵隊、放てェっ!」


 弓兵たちは迷いを断ち切るように矢を放った。地面すれすれに飛ぶヨウキは的としては異常に小さい。

 それが燕のように跳びまわっているのだ。狙いは定まらず、矢は様々な方向に飛んで行った。


 だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという。

 たまたま、ヨウキの実体を捉えて突き刺さった矢があった。


 正しくは、突き刺さるだった。


 狙いを外したその矢は、何もない空間に飛んだように見えたが、目に見えぬ何かに当たって跳ね返った。


「むっ? あそこか? 鉄砲隊、目に見える姿は虚像だ。奴は見えている姿の右横二メートルにいる。そこを狙え!」


 ヨーダ勢に見えていたのは水蒸気で屈折させた光が結ぶ蜃気楼であった。ヨウキの本体は見えている虚像の隣にあった。


 それを見透かされた以上、鉛玉が本体に集中する。


(土遁、山嵐!)


 ヨウキは自分の前方にある地面を爆発させた。引力の急激な操作。

 小石を飛ばしながら、土煙がもうもうと立ち込めた。


「ええい、怯むな! 三番隊、構え! 撃てぇ!」


 体の全面を叩く小石を顧みず、鉄砲隊は先ほどまで虚像が見えていた空間の右手二メートルを狙って発砲した。


「三番隊下がれ! 一番隊前へ!」


(やったか?)


 土煙が薄まった後、「猿」の姿はどこにもなかった。


「馬鹿な! どこに消えた?」


 その時、ヨウキは土煙に紛れて跳び上がったはるか上空で懐から取り出した鉄丸をばらまいていた。


土生金どしょうこん! あられ落とし!)


 鉄丸はうなりを上げて加速していく。


金生水こんしょうすい! 雷瀑布らいばくふ!)


 鉄丸は霧をまとい、稲妻を網のように広げながら大地を目掛けて落ちて行った。


 どーん!


 猛烈な速度の鉄丸が運動エネルギーを大地に伝える。エネルギーは熱に変わり、周りのゾーカー衆を巻き込んで燃え上がった。


 ばーん!


 一瞬遅れて雷気が大地を襲う。降り注ぐ水気に乗り、網目のような雷光が地表に広がった。


「ぐわあーっ!」

「あばばば!」


 鉄砲を担いだゾーカー衆は落雷を受けて吹き飛んだ。気絶した者を含めれば、前列四十から五十名が一撃で倒された。


 倒されたゾーカー衆の真っただ中へ、鳥のようにふわりとヨウキが降り立った。わき目も振らず、敵陣後方へと走り出す。

 マーゴ・ゾーカーは雷に打ち倒された犠牲者の中におり、最早兵に号令をかけるものはいない。


 烏合の衆と化した鉄砲隊の中で、疾走するヨウキに銃を向ける者もいたが、味方が邪魔で発砲できない。

 ヨウキはそれを承知で、あえて敵を倒さず、鉄砲隊の中をすり抜けるように最後尾まで走り抜けた。


「何だ? 霧が……」

「奴は、猿はどこへ行った?」


 いつの間にか立ち込めていた霧がヨウキを包み込み、その姿を覆い隠していた。

 霧の中に浮かぶ人影は誰のものか判別がつかない。


 ふと見ると、霧の中で一か所明るくなった場所がある。


「何の灯りだ? うん? きな臭い。何かが燃えている?」

「ああっ! いかん! 荷駄が燃えているぞっ!」

「何だと? 消せ! 火を消すんだ!」

「だめだ! 火の勢いが強い! ああっ、爆発するぞ!」


「うわあああああ!」


 荷駄には火薬と弾丸が積まれている。火薬に火が回れば、大爆発が起こる。

 鉄砲隊は我先にとその場を離れ、逃げようとした。


 どーん!


 大地を揺るがす轟音と共に、引火した火薬が大爆発を起こした。飛散した弾丸や荷車の破片が逃げ惑うゾーカー衆を薙ぎ払う。


「ぎゃあーっ!」

「ぐわあ!」

「ううっ!」


 手足がちぎれ、頭を吹き飛ばされた者もいた。肉や骨の破片が飛び散る地獄絵図が、爆心から広がっていた。


「サイバッタ様、ゾーカー衆が!」

「何だ、あの爆発は?」

「あの轟音に煙。火薬が爆発したに違いありません」

「ぬう、何だと? セイナッド勢の仕業か?」


 うおー!


 時を同じくしてセイナッド城の門が開き、十名の小部隊が飛び出してきた。ドンが率いるセイナッド番衆である。走りながら地を蹴り、五メートル近くも跳躍する。


 土遁、天狗高跳びの術。


 体にかかる引力を打ち消し、身軽になった体を空に打ち上げる。


 鉄砲隊は既に壊滅。サイバッタ軍は弓兵を押し立ててバッタのように跳ぶ番衆を狙撃させようとしたが、空を飛ぶ的など狙ったことがない。矢は宙で勢いを失い、虚しく地に落ちた。


「水遁、霧隠れ!」


 飛び交う番衆の中央から高い声が響き渡った。ドンの後ろに続くサイゾウの遁術である。

 隠形五遁に優れたサイゾウは、中でも霧隠れを得意としていた。


 この術ならば、ヨウキにも負けない。


 たちまち立ち込める深い霧が、番衆十名の姿を隠した。

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