第10話 森に入れば木の葉に隠れ、天に昇りて飯綱を落とす件
既に警戒態勢に入っていたロクロウとサイゾウを引き連れて、ヨウキは隠し通路から場外に出た。
一旦大きく横に迂回し、森の中、山影を縫って里の南方斜面を目指していった。
ヨウキはもちろんのこと、大柄なロクロウでさえほとんど無音で移動している。時折踏む枯葉の音までは消せないが、三人とも体重を操作しているため猫の歩みくらいの音しか立てない。
十歩離れて立てば、その音はもう耳に届かない。
先頭を走るヨウキは、行く先に積もった落ち葉があれば静かに巻き上げ左右に飛ばしていた。
木遁、木の葉隠れ。
ふわりと舞い上がった枯葉は、音もなく舞い落ちる。うっそうと茂った森の中ではヨウキたちの姿は薄暗がりに溶け込んでいた。
「チチチッ!」
小鳥のさえずりがヨウキの唇から発せられた。三人はぴたりと足を止め、木の幹に身を隠す。
改めて前方を見たロクロウとサイゾウは、ヨウキが合図した理由をその目で確かめた。
太ももの高さに針金が張ってある。
またぐか、潜るか、跳び越えるか。はたまた迂回するか。
避けることは簡単だが、それだけでは済まないと思われた。
(罠か)
跳び越えた地面に落とし穴を掘る。トラばさみやくくり罠を足元に仕掛ける。針金に触れると仕掛け矢を飛ばす。
いくつかの方法が考えられるが……。
(伏兵がいるはず……)
ヨウキは胸の前で智拳印を結ぶと眼を閉じて、心気を研ぎ澄ました。ヨウキの存在感が
ヨウキはそのまま、静まり返った水面にしずくを落とすように、周囲に向かって心気を発した。
(三つ……)
下ばえに隠れた三個の反応があった。指を三本立て、手のひらで後ろの二人に方向を示す。
「チッ、チッ」
鳴きまねで「待て」と合図すると、ヨウキは身を隠していた立木をするすると登り始めた。
土遁、
そのまま樹上の移動を続けて、ヨウキは二十メートルほど針金から横にずれた地点の横枝に立った。
その眼下には茂みに身を伏せた人影があった。
ヨウキは懐に手を入れると、小さな鉄丸を取り出した。それを摘まんだ手を宙に差し伸べて、放す。
(
五倍の重さとなった鉄丸が、雷気をまとって加速した。
ぼすっ。
鈍い音を立てて、鉄丸は人影の後頭部にめり込んだ。壊れた人形のように、人影が「物」に変わる。
力を失った人影が動き出さないことを確かめ、ヨウキは再び樹上を移動する。
残りの伏兵は仲間を倒されたことに気づかず、相変わらず針金を見張っている。
同じことを3回繰り返し、ヨウキはすべての伏兵を死体に変えた。
「チイッ、チイッ!」
ヨウキの合図でロクロウとサイゾウも木に登り、梢を渡ってヨウキのもとにやって来た。
「チイッ!」
そのまま三人は木々を渡って森を抜けた。
◆◆◆
「兵は総数三千。うち騎馬三百。
「鉄砲隊です。火縄の臭いがしました」
「本当か、サイゾウ? この辺りでは珍しいな」
「傭兵であろうな。セイナッドを攻めるための工夫だろうよ」
「鉄砲百丁、確かに厄介でしょうが……。何、夜襲をかければ良いだけのこと」
ロクロウには弾薬ごと燃やしてやれば良いと思われた。夜の闇は、忍びの世界であった。
ヨウキは無言で敵陣の観察を続けた。
(なぜ、あそこで陣を張る? 里を焼いた上は、城を囲めば良いはず)
「きゃあっ!」
その時、敵陣の一角に動きがあった。
里の住人が捕らえられ、縛り上げられていた。
「やめろー!」
「やめてくれえ!」
「うぅううー」
恐怖に身を縮めた里人がおよそ三十人、槍を突きつけられてうずくまっていた。
「あいつら里人を生け捕りにしてどうするつもりだ?」
ロクロウは目をしばたたいて首を傾げた。
里人を捕まえたところで人質にはならない。里人の命と城の安全など、天秤にかけるまでもなく比較にならない。
可哀そうだが、何を言われても里人を見殺しにするしかないのだ。
「……厄介だな」
ヨウキが吐き出すように言った。
「えっ?」
「若」
「敵の様子は知れた。一旦城へ下がるぞ」
「はっ」
「はい」
ヨウキは寄せ手の大将の横顔に強くにらみ、身を翻した。
◆◆◆
「あれはウエスキー方の本陣に詰めていた侍です」
城に戻ったヨウキは、そうマシューに報告した。
「そうか。お前の目だ。間違いあるまい」
当時の戦ではヨウキ自らが夜襲をかけ、大将を討ち取っている。敵の大将は、セイナッド番衆の恐ろしさ、「猿」の怖さを身をもって味わったはずであった。
「手練れと見える鉄砲隊百名を引き連れていました。おそらくあれはゾーカー衆」
「何? ゾーカーのマーゴが来ているのか?」
「顔は知りませんが、間違いないかと」
マシューは顔色を変えた。
「ゾーカー衆は百発百中の鉄砲の達人ぞろいと聞く。いかにお前が矢止めの心気をまとっていようとも、
十匁玉を撃ち出す銃は威力が大きい代わりに、火薬の爆発に耐える作りでなければならない。厚い鉄材で作り上げられている。現代の度量衡で言えば、三十八グラムの玉がうなりを上げて飛んでくる。
腕に当たれば腕がちぎれ、体に当たればはらわたごと
「あの銃は確かに十匁筒でした」
ヨウキは静かに見聞した事実を告げた。
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