だからダイエットしてるって言ってるだろ
「禁煙する」
「……それ、僕がダイエットするって言うのと同じボケ?」
ボケちゃうわ、本気じゃ、と言い放った恋人は、僕に愛飲している煙草を渡した。
数本仲間を失って、少し型崩れした煙草の箱を受け取った僕は、なんとなしにその柔らかい紙の形を整えた。
「ていうか、ダイエットするってボケやったん? 道理でいつも『痩せたい痩せたい』言いながら、ヘラヘラ笑って甘いもん食べてるわけや」
「いやまあ、ほんまに痩せたいんやけどって、それはさておき」
どういう風の吹き回しなのか。それを、いちいち確かめなければ不安になるのだ。
恋人同士の僕らは、お互いの嫌なところが、好きなところだけではカバーできないくらいの年月を共にしている。それでも一緒にいるのは、他ならない僕の我慢と努力のおかげだ。
「あ? 別に理由なんてないわ。禁煙しよ思たからや」
「そんなんで煙草辞められるライトスモーカーちゃうやん。ゴリッゴリのヘビースモーカーやん」
僕が煙草を嫌っていることを知って、付き合い始めに行われた禁煙も、三日で駄目になった。それくらい煙草を愛する君が、禁煙する理由が思いつかない。
僕が思いつかない理由で、禁煙されることが怖くて仕方ない、そんな今日この頃だ。
「なあー! 減るもんちゃうやんかぁ、教えてぇやぁ」
「はいはい、僕ちゃん糖分切れでちゅね~、プリンでも買うてきたるから」
そう言ってそそくさと部屋を出ていく彼は、どことなく後ろめたいことがありそうだ。
順当に考えるなら、本命は浮気。対抗馬として病気の線もある。大穴はなんだろう。
今さら、健康のことを考えてとか、煙草に使うお金がもったいないと思ったとか、そんなありきたりな理由ではないはず。
だって、僕の「煙草が嫌いだからやめてほしい」が、そんな下らない理由に負けたことになってしまう。
「別れるつもりとか?」
そんなはずはない、とは言いきれないけれど、それが煙草をやめる理由になるとも思えない。
自分の願っていた方向へ変わりそうな場合でも、結局「変化」というものは不安をもたらすものだ。
その不安と惰性で、僕は彼と別れないでいる。
「別れの理由かも、って思い付くのは僕が別れたいって思ってるから?」
たぶん彼は、プリンを買ってくるどころか暫く戻ってこない。そして数日経って僕のもとに戻ってくる頃には、その口に新しく買った愛飲している煙草を咥えているに違いない。
渡された煙草の箱は僕が整えたから、もう、ひしゃげてはいない。でも僕の心はこの煙草の箱をぐしゃぐしゃにしても、ひしゃげたまま、元には戻らないのだ。
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