第2話 送週迎週127

23時58分、オープニングが終わり、ディレクター兼ミキサー兼出演者の、きしあたるから渡された原稿を、原野由美恵が読み始める。


ここは毎週、ほぼ同じ内容の、原野にとっても随分読み慣れた内容だ。


「本日は週末。今週も残りわずかとなりました。そしてあと数分数秒で新しい週がやって来ます。


みなさんにとって今週は、どんな一週間でしたか?

いい一週間を過ごせたみなさんは引き続き、来週もいい週になりますように。

あまりいい週ではなかったな、と思う人も、残り少ない今日今この時に

気持ちを切り替えて、まもなくやって来る新しい週は、きっといい週にできる、と

前向きな気持ちでお迎えしましょう。


年末の年越しですと、ここで108つの煩悩を払う除夜の鐘が鳴るところなんでしょうけれど、そこまで大々的なものでなく、一週間分のほこりを払うつもりで、

みなさまにもおなじみであろうと思われます、16打の鐘の音で奏でられるあの音を聞きながら、ご一緒に去りゆく週を送り、新たにくる週をお迎えしましょう。」


0時0分、週明けを原野由美恵が告げる


「新週、明けました。より良い一週間にする時間の始まりです。

今週もそれぞれ健康にはお気をつけいただきながら、悔いのない1日1日を重ねていく一週間にしていきましょうね。


さあ、今週が始まりました。みなさん、改めましてこんばんは。原野由美恵です。

そして…」と、出演者の紹介が続く。


インタネラジオの週またぎ番組「送週迎週」は、今回が第127回目。

女性パーソナリティの原野由美恵ときしあたる。

そして、紹介ミュージシャンの音楽を、いまだ一度も番組内で流したことがない

「ユル型音楽番組」を担当している、自らもアマチュアミュージシャンである耕助の3人で、今回も進めることになっている。


耕助/「みなさんこんばんは。ユル型音楽番組を担当しております、歌う釣り人、

    お池の恋人耕助です。

    今週も、どうぞよろしくお願いします。」


原野/「よろしくお願いします。

    さて今回も、高校野球に関するお便りをいただいているそうですので

    おたよりをご紹介しましょう。」


きしあたるから

「目指せ甲子園、甲子園への道はテレビでやってますから、僕らは

『めざした!甲子園』って言うタイトルでジワジワっとできたらイイかなと思います。」と、原野由美恵に番組へのお便りが渡された。


原野/「では、福岡県にお住いの女性の方だそうです。

ラジオネーム、ちかっぱ亭好いとぉとよぉさんからいただきましたお便りです。


きしさん、原野さん、耕助さんこんばんは。弟が野球をやっていたこともあって

ほんのちょっとですけど、野球のお話が出ることがあるのを楽しみに聴いています。

阪神ファンの耕助さん、巨人ファンの原野さん、お二人とも『どちらかというと好き』レベルじゃないことはわかります。

私はギータ、甲斐キャノン、熱男!が好きなホークスファンです。


さて、今年は2年ぶりに高校野球が甲子園で行われますね。昨年の高校生のことを思うと胸が痛くなりますが、その分も今年出場するチームには精一杯悔いなく、怪我なく全力でプレーしてほしいものです。

昨年のことを思えば、普通に甲子園を目指して戦えた弟たちは、幸せだったと思えます。そんな弟の話、読んでいただけるかどうかと思いましたが、私にとっては忘れられない思い出の記録と記念なので、原野さんのお声で聞けたらと思い、思い切って送ります。


弟の高校野球が終わりました。


甲子園出場の夢は叶いませんでしたが、試合終了直後に泣き崩れるチームメイトを抱き起こし、相手チームと挨拶を交わした時の、やり終えた充実感に満ちた弟の顔を見てホッとしました。


チームの輪から離れ、センターポールの空に向かって手を合わせて一礼した弟。

幼稚園児の頃は私の後ろに隠れてばかりだった面影は微塵もなく、すっかり頼もしくなった自慢の弟の姿を一生忘れません。


弟が小学5年生の時、炎天下で弟の全試合を応援した母は、いつも通り夕食の支度をし、家族とご飯を食べ、片付けを済ませましたが、その夜に突然意識を失い、運び込まれた病院でそのまま息を引き取りました。

弟は「自分が母を殺した。自分が野球をしていなければ母は死ななかった」と悔いて

野球をやめてしまいました。


葬儀も終わり、失意の中、四十九日の法要を終え、母の荷物を整理していると、弟が初勝利の時に撮った満面の笑顔の母とのツーショット写真が、母子手帳に挟まれているのを見つけました。その写真の裏には

「この子から絶対野球を奪わせない!」と書かれていたのです。

私にはその文字が、母の魂からほとばしる誓いのように見えました。


それでも小6、中1では、明らかに野球から自分を遠ざけているようでしたので、その写真を見せることはありませんでした。


弟が中2の夏休みのあの日、宿題の写生のために近くの川の土手に座って絵を描いていたそうです。


河川敷のグラウンドでは草野球をしていて、バッターが打ったボールがセンターの選手の頭上を越えて外野を転々と転がったそうです。

近くで鎖を外して遊んでいたワンちゃんが、その転がるボールに反応して咥えると、一目散に走りだし、何を思ったか弟のいる土手に駆け上がって来たんだそうです。

足元でじゃれつく犬の頭を撫でてやると、咥えていたボールを弟の前にポトリと落としたので、弟は素早く拾い上げて一旦ワンちゃんに見せた後、ボールを探しに来た、センターの守備についていた人に投げ返したそうです。

ワンちゃんはまっしぐらにボールを追いかけましたが、弟の投げたボールはノーバウンドで相手のグローブに収まったそうです。


「そげん遠投、なん年ぶりか知らんけど、相手に届いてよかったとよ。

ちょっとネチャっとしたボールの感覚が、投げる瞬間不安になったとやけどね」と、はにかむ弟は、それこそ何年かぶりに私が見た、野球少年のちょっと得意げな笑顔でした。


「ねえ、もう一回やってみんね?」と、私は母と弟のあのツーショット写真をしまっておいたタンスの引き出しから取り出して、裏返して弟に渡してみました。


「え?」っと言って、驚いた弟は、懐かしい母の文字をしばらく見つめながら裏返して、野球少年時代の自分と優しい満面の笑みの母に再会したのです。


「母さん」そう呟いたきりの、弟の目から大粒の涙がボロボロボロっとこぼれてきたのです。それを見て、私も涙が止まりませんでした。


しばらくして弟は、何かを思いついたように、仏壇の母の位牌に向かい、母との写真を仏壇に置いて手を合わせて、長い時間仏壇の前に座っていました。

結局、鉄工所に勤める父が帰宅する夕方まで、ずっと座っていたんだと思います。


夕食前、思い切ったように弟が切り出したのは

「父さん、姉さん、俺、野球やってもよかと?」と言う言葉でした。

弟の問いに、何も言わず頷いた父は、表情こそ普段と何も変わりませんでしたが、母の席にも自分でご飯とお箸とコップを用意し、普段一本のビールが二本になり、母の分と称して二人分飲んで二人分食べていました。


父は、弟の野球再開について、家では何も言わず見守る役目に徹していましたが、職場では相当喜びを表していたらしく、鉄工所の皆さんが


「ちっさい坊(小さな坊主の意味らしいです)が、また野球始めたんだって?」と、嬉しそうに代わる代わるウチに寄ってくださるようになりました。


仕事の合間に、バットにつける重りとか、プロ野球選手がトレーニングで使っているのをテレビで見た、というものを工場で出た端材の鉄で作って、届けてくださったりもしました。中には

「これは何?」と思うような得体の知れない形のものを持ってきて、弟に使い方を直接指導したりと、見方を変えるとさしずめ、弟を実験台にした、いろんな謎の器具の実演プレゼン大会が、何度も開かれているような様子でした。


それでも弟は、どれも楽しそうに使ってみせて

「ここをこうして欲しい」とか「こうしたら使いやすくなりそう」とか要望するので、自分たちより身長の高くなった弟、ちっさい坊のためにと、作業服姿のおじさんたちがメモして

「早速やってみるわ」と、改良のために帰っていく様子を見るのが、私はおかしくて、でも嬉しくてありがたくて楽しかったです。


いろんな方々に支えてもらって、弟は高校3年間も休むことなく野球を続けることができました。


最後の夏。

チームの輪から離れ、センターポールの空に向かって手を合わせて一礼した弟に、きっと母があの笑顔で喜んで見てくれていたと思いました。


そして振り返った弟は、スタンドにいる父と私、父の鉄工所の人たちを見つけると、急いでベンチに戻り、再び姿を見せると、笑顔であの母とのツーショット写真を私たちに掲げたあと、帽子を取って私たちに深々と一礼しました。


その時点でもう、私の目には、あふれた涙で何も見えなくなってしまっていました。


私ごとですが、いろいろあって行き遅れ気味の上に、この新型コロナの影響で、結婚式が無期限先延ばしになっていますが、自慢の弟を自分の弟として可愛がってくださる、高校時代からのお付き合いの彼と入籍できました。

この番組も、彼が見つけて聴いていて、一緒に聴くようになって元気をもらっていました。これからも楽しみに聞いています。というお便りです。


ラジオネーム、ちかっぱ亭好いとぉとよぉさん、お便りありがとうございました。」


耕助と原野がそれぞれ感想を述べていく。

野球好きの二人の会話も弾んだこともあって、番組は26分を超えた。

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