最強最悪の征服王はただ青春がしたかった

星屑ぽんぽん

1話 な・ぜ・だ


 我が名はロドリゲス・ヨジョシカ・カターンである。

 乱世を統一し、絶対の覇者として君臨する最強の征服王なり。


「ロリゲス様! どうかお気を強くお持ちください!」


「ロリゲス様ああああ! このカターン聖魔王国はッ! 陛下がおられるからこそ、栄華の極みを保たれているのです!」


 我を『ロリゲス』と愛称で呼ぶのは、忠臣たちの中でも最古参の【天翼の公爵ミカエル】と【堕天の公爵ルシファー】であった。

 

「征服王ロドリゲス陛下あああ!」

「どうか、どうか、我らをお導きください! ロドリゲス様あああ!」


 多くの忠臣たちが我を呼ぶ。

 畏怖と崇敬を込めて『征服王』と。


 だが今は、懇願と哀愁と、大いなる悲しみが我に向けられている。

 聖使徒や魔将たち、大の漢たちが雁首揃えて大粒の涙を流し、我との別れを惜しんでいる。


『誉れ高きヨジョシカ・カターン聖魔王国の重鎮たちが情けない顔をするな』と、いつもであったなら叱責の一つも飛ぼうものだが……ふむ、不思議と諫める気にはならない。


「ロリゲス様ァ! どうか、私ミカエルの! 『天寿魔法』でご寿命をお伸ばしください! どうか、ご許可を!」


「ロリゲス様ァ! どうか、一声でいいのです! このルシファーめに『転生魔法』を行使せよとご命令ください! どうか!」



 必死に我が最期を食い止めようとする忠臣に、我は静かに首を振る。


「ならぬ……」


 寿命を延ばし老衰をなくすのはたやすい。転生し、新たな宿り木に芽を咲かすのもしかり。だが、もう疲れたのだ。

 我はもう十分にやった。


 その証拠に、目の前には頼もしい家臣たちがいるではないか。

 こやつらに任せれば間違いはないだろう。と、信頼を込めて逝くのが道理。


「我が人生を彩るは、貴様らと戦い抜いた日々よ……」


 平和を実現した世に我などいらぬと伝えれば、家臣たちは断腸の思いで我が意思を優先してくれた。

 征服王が馬鹿正直に『もう働きたくない』などと、弱音は言えぬ。

 すまぬな、愛しい忠臣たちよ。


 だが我は無責任に玉座を降りるわけではない。

 やるべきことは全てこなした上で継承したのだ。支配という名の世界平和を構築し、臣下たちに惜しまれながら過労気味で死ぬ、よいではないか。


 世界統一に約100年……。

 我が覇道を成すため、多くの艱難辛苦を共にした家臣たちを見渡す。

 彼らの、涙に濡れる熱い瞳を見て確信する。



 全てを蹂躙し、全てを手にしてきたと。


 我が人生に一片の悔いなし————














 ん、待つのだ。


 我ってば戦いに明け暮れてッ……! 













 ぜんっぜんっ、青春してないだとおおおおああああああああ!?







 えっ、我ってば老衰で死ぬの!? このまま死ぬの!?

 心躍る出会いや、ワクドキな恋も、青春の煌めきを一切せずに!?


 思えば我に反旗を翻した勇者ですら……! 惰弱で愚かなくせにッ、常にッ、キラキラしていたではないか!


 特にぃ! 勇者を陰ながら支える『義妹』……参謀の妹姫まいひめ軍師はッ、我が軍勢にさんざん辛酸を舐めさせておきながら!

 最後はあのバカ勇者をしたって! かばって!

 常に氷のような鉄面皮だったくせにぃ、己の軍を肉壁にする情熱は天晴れであった!


『ゼツ兄のため、何もかも捧げる……!』


 我にはあのようなッ、純真無垢で健気な輝きを放つ妹などいなかった!

 というか血の繋がった兄妹すらおらぬううう!

 いや、臣下たちと結んだ兄弟の儀、『誓いの盃』に不満があるわけではないのだがッ。


『勇者ゼツリンのためなら、あたいは死んでも鉄壁さ! あたいの身も心も撃ち抜けるのは、ゼツリンただ一人だよ!』


 我が軍勢の将軍を何人も屠った勇者の『幼馴染』、女戦士もッ! 最期まであのバカ勇者を想って死んでいった!

 我にはあのようなッ、一途でッ、気心知れた女友達などおらぬううう!

 いや、幾多の戦場を共に乗り越えた戦友たちに不満はないのだがッ。


『勇者ゼツリン様! 私は死した先もまた、何度だって貴方様と運命を共にいたします!』


 あのバカ勇者を何度追い詰めても、『恋人』の聖女が癒しに癒して煩わしかった!

 我にはあのような! バブバブできて思う存分に甘えられる恋人などいなかったわあああああああああ!

 いや、我にも巨乳の癒し枠が欲しかったとかそういう話じゃないのだがッ。


 くううう、勇者の奴め。弱者のくせに我が死の間際ですら、キラキラと眩い輝きを見せつけおって……いや、我が臣下や戦友はッ、もちろん奴らに劣らぬ。決して劣らぬ。むしろあらゆる面で優れている。


 だが……! だが、何か、こう……! 違うのだ……。

 我らは汗と血しぶき輝く漢祭り。対する勇者たちは、ワクドキ輝く恋あられ。

 キラキラの方向性が全く以って違うのだ!




 ……死ねぬ。

 

 我は、断じて死ねぬ。


 まだ、何も、手にしていない!

 世界を、手にした我が、そんな、こと、は、あっては、ならぬ……!


「ロリゲス様ああああ!」

「どうか、どうか、一声! 我らにお導きをおおおおお!」

「お言葉をどうか賜りたくうううううう!」



 青春、が、した、かった……。



「せい、しゅ、ァんん、がし、た、かった……」



「「「…………」」」


「「……」」




「……聖主せいしゅ暗黒あんこく我至がししたたか、勝った……ですな!?」


「聖なる主神、暗黒神を超越し、己の至高を常に目指し、強かに、そして己に勝ち続けよ、と仰せであります……」


「おお……我が王よ……!」

「我らが偉大なる征服王のッ! 最期のお言葉、この胸にしかと刻みましたぞ!」


 ちがっ……。





「————お兄、死ぬ?」


真央まお……病に負けないで!」

「真央は……今日までよく頑張ったよ……」


 ん?

 ここはいずこだ?

 見慣れぬ無機質な部屋に、我を悲しそうに見下ろす人族の男女が二人。

 そしてすぐそばには、これまた人族の少女が一人。


「お兄……許さない」


 淡々と我を見下ろし、まるで呪詛のように呟くは銀髪の少女であった。

 不遜にも我の胸に覆いかぶさるなどと……不敬であろう。


 いや、なんだ?

 この胸の奥がトゥクンットゥクンッと脈打つ暖かな鼓動は。

 冷たい視線と顔を向けられているにも拘らず、とんでもなく庇護欲をそそられるのはなぜだ?


 何だと言えば、この全身に繋がる管のようなものは一体……?

 

 ん、んん……闘病生活、病院、治療、容態悪化……?


 わ、我は……日本に住む、河合真央かわいまお、26歳の成人男性……?

 膨大な情報が、記憶が一気に我の全身を貫く。


 どうやら我は……征服王ロドリゲス・ヨジョシカ・カターンであり、日本の凡夫……河合真央として転生していた?


 そして河合真央は長年、身体を蝕む『強性巨人症』なる奇病と戦っていたようだ。

 ここ数年の容態は安定しており、サラリーマンなる身分として労働に勤しんでいたらしい。だがこの数週間で容態は急変し、死に至る手前と。


「……どうして私たちの真央がこんなめに」

「……真央は本当に強い子だ」


 我を見て涙を流す人族の男女が、父君と母君?

 そして、我に無言でひっつく少女が……血は繋がっておらぬが、義妹の花恋かこい


「お兄……絶対に、許さない……」


 怒りで潤んだ蒼い瞳は、いずこの空より綺麗に澄んでいた。

 月光が揺れたと錯覚するほどに美しい銀髪は、ただただ儚く煌めいている。


 そして極めつけはその可憐な顔だ。

 表情が非常に読みづらく、その色は無に近い。しかし美神たちも霞む愛らしさが、確かに義妹にはあった。


 こ、これがッ!!!!!

 可愛らすい妹!? 

 我が妹だとおおおおおおおおおおお!?


 この無機質な顔とは裏腹に、我を心底心配している挙動がたまらぬ!

 しかもどことなく、脆弱な勇者をいかなる時も冷静冷徹な判断力で影から支えた、鉄面皮の義妹軍師に似ているではないか!

 そして義妹軍師より幼く、さらなる純潔がたまらぬ!!


 これは絶対に! 死ねぬ!

 ようやく我が求めていた義妹に出会えたのであれば、死すらも蹂躙してみせよう!

 うおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 我が全魔力に命ずる。

 この身体に巣食う病魔を駆逐せよ!

 

 素早く魔力を全身に這わせ、自身の状態を探る。

 すると驚くべきことに、河合真央が患っていた『強性巨人症』の原因はッ、我の膨大な魔力そのものだった。


 只人ただびとの身ではいつ破裂してもおかしくない魔力量が……河合真央を身長203cmまで膨張させ、常に全身に痛みを与え続けていたのだ。

 

 こ、こやつは齢12の頃から、青春時代の全てを……! この奇病と戦い続けるに捧げた男だった……!

 血の滲むような闘病生活を乗り越え、ようやく社会復帰を遂げるに至るが、今もなお生死を彷徨い続けている。



 そうか貴様もまた……我と同様に、人知れず青春を渇望しながら散った同志だったのだな……。


 そうだ、我々・・は諦めてはならぬ。

 今からでも遅くはない。

 欲しい物は己が手で掴み取れ。

 我々の敵は根絶せよ。


「ぐっ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 せっかく平和な世に!

 何の責任もない身分に生まれ落ちたのだから!

 キラキラした青春を、存分に、楽しむのだあああああああああああ!



 その結果————

 我は、我々は事なきを得た。

 容態は安定し、医者やら看護師やらが奇跡だと称賛したが、可愛い義妹のためなら奇跡を起こすなど造作もないことよ。


「……お兄、復活」


 相変わらずの無表情な義妹であったが、その頬はほんのりと赤みがかっている。

 おそらく心から安堵してくれたのであろう。


「ふっ、我が妹、花恋かこいよ。心配をかけたな」


「……お兄、なんか喋り方、へん」


「何を申すか。偉大な兄にふさわしいであろう?」


「……難病を克服、バグ、キャラ変、把握」


 ひとまず容態が安定した我は、勝利のハグを所望する。


花恋かこい、ちこうよれ」


「…………」


 両手を開き、この兄に飛び込んできなさいと仄めかすが————愛しい義妹はそっぽを向いてしまった。

 おおうっ……我が長年求めていたキラキラスキンシップまでの道のりは遠い。


 ま、まあ、感動の抱擁を交わすのはまた後日でもよいな、うん……。





 あれから数日間。

 我は時間をじっくりかけて、身体が魔力に馴染むよう調整し続けた。


 そして今日。

 無事に退院もでき、一人暮らしのワンルームへと帰宅する。


「荘厳なる征服王の居城が……今や手狭な7畳一間とは……虫の巣の如きなり」


 どうにも人族が密集するマンションとやらは、蟻の巣よりも陳腐な独房のように思えてならなかった。

 だが、それも些末なことよ。


 なにせ今の我には!

 あの可憐な義妹がいるのだからなあ!



『お兄みたいなザコ、一人にして、平気……?』


 とはいえ義妹の我に対する評価はどうやら低い。

 無表情ながらに怪訝なトーンで心配された時は、兄への信頼が皆無であった。

 兄としての威厳を保つため、一人の漢として! 義妹とのキラキラ青春イベントを存分に楽しむために!

 我はしかと務めを果たす!


「未だ完全に我が魔力と同調してぬゆえ……このような不甲斐なき姿を義妹に見せるわけにもいかぬな……」


 さあ、日課の同調作業を始めよう。

 これは全身がひどく痛むが、キラキラ青春ライフのためよ。


「ぐぬぬぬ……ぐおおお……」


 このような姿を目にしたら、きっとあの義妹は更に我の評価を下げるだろう。

 無論、心労もかけたくはなかった。


 ぬううう、義妹、義妹か。

 なんと心地の良い響きなのだろう。

 あの銀髪を頭の高い位置で二つに結ぶ髪型は、ツインテールなるものらしい。ぴょこぴょこ動くさまが、それまた義妹の可愛らしさに拍車をかけているのだ。


「ぐおおおおおお……キラキラァ……青春が、我を待っているうウヴヴ!」


 義妹義妹義妹銀髪義妹銀髪ツインテ銀髪ツインテ銀髪ツインテ銀髪ツインテ銀髪ツインテ義妹義妹義妹義妹銀髪義妹銀髪ツインテ義妹義妹ツインテ義妹ツインテ義妹!!!


「むおおおおおう、なんだか今宵は調子がよいな!」


 いつもより体が魔力にだいぶ馴染む……ん、このまま一気にゆけば、やり直しは効か・・・・・・・がゆけそうだ。

 

「ぐぬぬおおおおおお! 我、完全に克服したりいい!」

 

 そして我は完全体へと進化を果たす。


「ふう。汗ばんでしまったゆえ、湯につかるとしよ————」


 そこで我は違和感に気付く。

 妙に我の声が高く、透き通っている。

 さらには浴室の扉に手をかけた我の指が……異様に細くて、小さい……?

 

 うむ? 巨漢の我が立っているのに、圧倒的な解放感がある……むむ、天井が高くなっているだと!?

 なにゆえ!?


「か、鏡で確認せねば……?」


 慌てて洗面所へ赴き鏡を覗けば、そこには信じがたいものが映っていた。


 銀髪紅眼の可愛らしすぎる美幼女が、驚愕の眼差しでこちらを見つめている。

 しかも我の内なる願望を具現化したかのように、その胸元には……幼い体躯に不釣り合いなほど、たわわに実ったぷるるん果実が二つ。



「……な、なぜだ?」


 即座に長年の相棒であった我が股間の聖剣を確認するも……。



「……Why?」


 なぜ、二つの宝玉ごと消失しているのだ!?

 

「な、ぜ、だ……?」


 我の、男としての青春はいずこへ……?

 これから訪れるであろう、義妹とのめくるめく青春の一ページが脆くも崩れ去った瞬間であった。



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