41話

「ものを食べ、分解し、自らの栄養として体内に取り込む行為は、生きる上でなくてはならないものですが、同時に体に大きな負担をかける行為でもあります。外から取り入れた異物をエネルギィに変換するわけですから、複数の臓器で様々な反応が起きますし、それをより安全に、より効率的にコントロールする必要があります。つまり、エネルギィを得る過程そのものにも少なくないエネルギィ消費が伴い、それによって体は酷使され、消耗する。それなのに──」

 利玖は、そこで言葉を切ると、ジャケットの内側に手を入れて何かを取り出した。ペンのようだ。それをまっすぐ上に向けた、と思った瞬間、カチッと小さな音がして彼女の手元と顔が眩い光で照らされた。

「発光する。びっくりしますよね?」利玖はライトを消して手を下ろした。「これがいまいち理解出来ません。食い、食われるのが当たり前の環境で、自ら強い光を放つのは、一歩間違えば自殺行為です」

「ああ、なるほど」そこまで聞いて、千堂もようやく、利玖が何を疑問視しているのか掴めてきた。「つまり、体に高い負担がかかっている状態で、強い光を放って目立つ事は、無防備な自分の存在を周りに知らせる事に繋がり、弱肉強食の世界では不利に働くはず、と」

「その通りです」利玖は頷いた。「勿論、銀箭は普通の動物ではありませんから、食物連鎖に囚われない存在である可能性も排除出来ません。しかし、神と呼ばれていても、食事をし、同族と戦いもする。生存の為に闘争するという点では共通していると思います」

「すると、彼は僕に嘘を教えたんですね」千堂は首をひねった。「うーん、どうしてだろう……。正直、僕は発光のタイミングがいつかなんてどうでもよくて、彼もその事はわかっていると思うんですけどね」

「おそらく、千堂さんを介して、わたしにその話が伝わるのを狙ったのではないでしょうか。『獲物を消化する過程で光が発生する』と思い込んでいる限り、彼の腹に収まるような事態になるまでは、光の事を警戒しなくてもいいと考える。だから、本当のタイミングはもっと前なのかもしれません。単なるくらましではなく、その光には、獲物を無力化させる何らかの力があって、弱った所をぱくっといくのかも」

「ぱくっと、って……」千堂は我慢できずに顔をしかめてしまった。

「竜ですからね。たぶん、顎の力は相当強いでしょう」

 一瞬、他人事のように話すな、と思ったが、すぐにそうではないとわかった。

 自分の命がレイズされた賭けに挑もうとしている事を正しく認識した上で、彼女はそれ以上に、もっと強い、何か他の意志を持っているのだ。

「ですが、のこのこと喰われてやるつもりはありません。むしろ、彼がわたしの目の前で大きく口を開くかもしれないという状況を、またとない好機と捉えています。活きの良い細胞を取るのに、口腔内はうってつけの環境ですから」

 それを聞いて、千堂は、昔、生物の授業で頬の内側を綿棒でこすり取ったものを顕微鏡で観察した事を思い出した。

 しかし、その後すぐに、今回綿棒の代わりに使われるであろうトリガー付きの注射針を思い出し、すっと背筋が寒くなる。いくら竜神とはいえ、あんなもので口の中を刺されたら堪ったものではないのでは、と心配してしまった。

「それは、また、繊細な技量が求められそうな仕事ですね」

「はい。それに、成功しても、一度に採取出来る量はたかが知れていますから、早い段階で培養して数を増やし、多方面の分析に検体を回したい所です。……そして」

 利玖の声がわずかに緊張を帯び、真剣な視線が千堂に固定された。

「千堂さんにも、お願いがあります。わたしがその目的を果たし、生還した暁には、今後一切、銀箭との関わりを断って頂けませんか」

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