第10話 メリーゴーラウンド


 メリーゴーラウンド



 次のアトラクションは半円形劇場から最も近くにあるメリーゴーラウンドだった。

 何度も目にはしていたけど、これもやるのか。


 メリーゴーラウンドなんて小学生の時にはすでに乗らなくなっていたと思う。俺の遠い記憶では最後に乗ったのはたぶん保育園に通っていた頃だと思う。

 たしかそのときは彩の家族と一緒に来ていたんだと思う。

 俺の方を振り返り、手を振る彩の姿をなんとなく覚えている。

 

 サーカスのテントのような形のメリーゴーラウンドにもださい電飾が施されており、あたりは電飾による明かりでぼんやりとその姿が浮かび上がっていて幻想的ですらあった。

 回るのはオーソドックスな馬のタイプだ。俺は馬がやたらリアルに作られているのと、いつも串刺しにされた馬のように見えてしまうのが嫌でメリーゴーラウンドもあまり好きじゃない。

 そもそもティーカップ以上に高校生が乗るっていうことの少ないアトラクションだと思う。それに間抜けなアトラクションでどんな怖い仕掛けが待っているのか想像できなかった。


 

 赤い馬に乗ってゴールしよう(2)



「2回!? これまで5回だったじゃないか。なんで急に減ってるんだ!?」

 毎回挑戦回数は5回固定ではないということか。

「俺たちは誰かの手のひらの上で踊らされてるってことか」

「つーかさ、そもそも失敗したらどうなるんだろうな」

「さあ、全員殺されるんじゃね?」

 俺たちは輪になって話し合う。


「赤い馬って要はアレだろ?」

 指差す方に、一頭だけ真っ赤に塗られた馬の乗り物がある。他に白や黒、青や黄色、紫など目が痛くなりそうな原色を使ったカラフルな馬が全部で10頭並んでいた。これをデザインしたデザイナーは昭和のペイントソフトすら持っていなかったのかと疑いたくなる色使いだった。

「アレに乗ればいいだけってんだから簡単だろ。だから一回だけってことなじゃねえのか」

「これまでも簡単そうに見えて難しいとかあったじゃんか」

「でも回数が5回とかミスが許されるとか、そういうバランス調整? みたいなのもあったわけだし」

「そうね、難易度に合わせて一応調整が入っているというのは私もそう思う」

「じゃあマジでアレに乗ればいいだけなのか?」

 俺たちは疑心暗鬼になってしまっていた。

 普通に考えれば赤い馬に乗ればいいだけだろう。

 回数が減っているのも難易度に合わせたという考えが正しいと俺も思う。

 だがリスクが大きい。

 失敗すればこれまで通りなら死ぬ。

 疑うし、疑い始めればキリがない。


 ヒントがたったの一言なのだから、これ以上考えようがない。

 あとは誰がいくか。


 誰も行くわけがない。

 だって、これまで一番手にアトラクションに挑んだやつは全員が失敗したのだから。

 勇気があるものから消えていった。

 だから今残っているのは言い方を変えれば臆病者ということになる。


「俺はパスだ。こういうの得意じゃないし」

「はあ? 得意なやつなんているわけねーし。つーかさ、あんたまだ一回もアトラクションに乗ってないんだからあんたいけばいいんじゃん?」

「そんなルールいつ決めたんだ。これまでの傾向をみれば分かる通り、このアトラクションには適正があるのは明白だ」

「あーうるせー。あんたもまだ何もしてなかったよね。あんたでもいいんだけど?」

「俺は偏差値70だぞ。そんな俺がこんなくだらないアトラクションに適正があるわけ無いだろ。こういうのはお前みたいな低偏差値がお似合いだ」

「同じ高校かよってんだろーが。バカかよ」

 向こうのグループにも死人が出てしまったし、言い争いになるのも仕方がない。

 ただ彩は殆ど喋らずに下を向いていた。


「まあ待てって」

 柿本くんが止めに入った。

「喧嘩しても仕方ないよ。それに、岡本さんの言うこともわかる。今回は今までアトラクションに乗ってないなかから一番手を決めよう。その方が公平だと思うし」

 そうなると杏奈と彩も対象になる。

 これまでにアトラクションに乗っていないのは後はリーダー格の柿本くんと吉田と自称高偏差値の中村だ。

「だが、一番手というのは……」と中村は納得がいかない様子だった。

「あんたは二番手もやってないんだから黙って乗りな」と岡本さんが詰めるが

「岡本さん。もうよそう。言い出したのは俺だからな。今回は俺がいく」と柿本くんが言った。

「その代わり、次は本郷さん、吉田、中村、あとはそっちの杏奈ちゃんの誰かが一番手になる。それでいいか? 杏奈ちゃんは一人だけ一年だけど状況が状況だしな」

 柿本くんはうなずいたが、それ以外は下を向いただけだった。

 確かに今は一学年の違いで遠慮してるような状況じゃない。

 女だとか男だとかも言ってられない。


 だけど本当にそれで良いのか。

 少なくとも杏奈は後輩で、女で、俺の彼女だ。

 俺は彼女を犠牲にできるのか。

 それともおれは初めてできた、まだキスすらしたことない彼女ために、命を張れるのだろうか。

 そんな事を考えていると柿本くんが「じゃ行ってくる」とメリーゴーラウンドへ向かった。


 いや、本当にこれで良いのか。

 これがもし、本当に簡単なアトラクションだったら?

 今回こそ杏奈や柿本くんみたいな女子にやらせるべきなんじゃないか。

 この先またティーカップみたいな難易度の高いミッションが来た時、または本当に運動神経なんかが必要なミッションが来た時、杏奈や柿本くんがクリアできると思えない。


 もしかして柿本くんはそこまで考えて、この先の難易度が高いのを自分が避けるために言ったんじゃないか?

 これなら自分でもいけると、そう判断して、そして今後少なくとも四回は自分が一番手にならなくてもいい権利を得るために一番手になったんじゃないか?


「ま、待ってくれよ!」と俺が叫ぶ。

「なんだ?」と柿本くんが立ち止まって振り返った。

「あ、いや……」

 なんて言えば良いんだ。

 今思ったままを言ったところでじゃあ杏奈や彩がいけばいいという話になるだけだ。

 チャンスは一回だ。

 だったらここはそれなりに能力の高そうな柿本くんが適任なんじゃないか。

 くそ、考えがまとまらない。

 夜よりも暗い暗闇に電飾で照らされた柿本くんの表情はよく読み取れなかったが、ふっと笑ったような気がした。

 柿本くんは俺の耳に口を近づけて言った。

「君の言いたいことは分かるよ。俺も君と同じ意見だ。出来れば女子には危険な目にあってほしくない。だけど今はこれが最適解だと思う。他の男子も同じ気持ちとは限らないからね。もし俺が失敗したら後のことは頼むよ。彩のことを守ってやってくれ」

 そう言って俺の方を二度軽く叩くと、メリーゴーラウンドの中へと入っていった。

 あいつ。もしかして彩のことを……。


 柿本くんは赤い馬にまたがった。

 電飾版の表示が2から1に変わり、へんてこな音楽とともにメリーゴーラウンドが回り始めた。

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