2.

 留置場から出されたボクたちは署長室に通された。大きなソファーにリップウカンさんと呼ばれた眼鏡の人、その隣に相棒とボクが並ぶように座った。

 向かい側にはお偉いさん――左から署長さん、副署長さん、地域課課長と紹介された――が縮こまって座り込んでいた。その後ろにはボクたちに横柄な態度を取っていた二人の制服警官が立っているけど、さっきまでのオラついた感じはすっかり消え失せて、申し訳なさそうに立っている。

 そんな五人を、リップウカンさんはペロペロキャンディを舐めながら眺めている。


「本当に申し訳ございません、リップウカン警視正・・・・・・」署長さんたちは何度も何度も頭を下げた。


「もう、謝罪は結構ですよ」リップウカンさんは口元に笑みを浮かべたので、署長さんたちは一瞬だけホッとした表情を見せた。


「一度犯した過ちは消える事が無いんですから」口調は穏やかだけど、リップウカンさんが怒っているのは明らかだったので、再度、署長さんたちの顔が恐怖で引きつった。「だから、同じ過ちを何度も繰り返さないように、ちゃんと指導してください。いいですね?」


「は、はい・・・・・・」署長さんは力なく答えた。


「まあ、私たちを誤認逮捕した斗升とます 魔斗《まっと巡査と張須はりす 寿夫じぇふ巡査は、指導したところで改善する見込みはありませんがね。今回の件以外にも二人は軽犯罪を見逃す代わりに口止め料を要求したり、不審なことは何もしていない市民から罰金と称して金銭を巻き上げる常習犯ですからね。こんな人間が同じ警察官かと思うとゾッとしますよ」


 話を聞いて署長さんたちは後ろを振り返る。「お、お前たち、そんなことをしていたのか?」


「い、いえ!そんなことは・・・・・・」現場で事あるごとにハア?と言っていた斗升という金髪の警察官は、しどろもどろになりながら答える。その隣でリップウカンさんに拳銃を突きつけた茶髪の張須は目が高速で泳いでいた。


「言い訳をするな!見苦しい!」


「恥を知れ!」


 副署長さんと地域課課長が一喝するも、リップウカンさんは厳しい態度を示す。「あなたたちに二人を責める資格はありませんよ。巴里署の警察官の不祥事は以前から問題になっているのに、あなたたちは何か対策を取りましたか?」


「そ、それは・・・・・・」署長さんたちは痛いところを突かれたので口ごもる。


 リップウカンさんは丁寧だけど、怒りのこもった口調で話す。「私はね、警視正である私に警察学校を卒業したばかりの新人が横柄な態度を取ったことで怒っているんじゃありません。市民の暮らしと安全を守るべき警察官が、一般人に対して金銭を巻き上げて我が物顔で街を歩いて、それを承知の上で何の対策も練らないあなたたち巴里警察署の警察官、全員に憤慨しているんですよ。恥を知りなさい」


 至極当然の正論を言われて、署長さんたちはぐうの音も出なかった。


 一部始終を見て、ボクは相棒に耳打ちする「ねえ、警視正って、そんなに偉いの?」


「当たり前だろ、警視正は所轄署なら署長クラスだぞ。とっつあんよりも階級が三個も上なんだからな」


「そうなの?でも、あの人、相棒と歳が変わらないような・・・・・・」


「所謂、キャリア組ってやつだろうな」


「キャリア組って、ドラマに出てくるエリートのことだよね。じゃあ、よっぽど優秀なんだね」


「まあ、中には頭でっかちの奴もいるけどな」


 こんな会話をしていると、署長さんが怒鳴った。「おい!警察庁の警視正に無礼だぞ!」


「無礼なのは貴方です」と、リップウカンさんは再度、署長さんを咎める。「大伝羽 錘先生は、警察庁探偵局の顧問探偵なんです。失礼な態度は許しませんよ」


「は?」相棒は目が点になった。「ちょ、待てよ。何だよ、その探偵局とか顧問探偵って?俺はそんなこと―――」


 相棒を無視してリップウカンさんは話を進める。「ファイブ・オレンジ・ピップスを制圧したのも大伝羽先生です。その先生に斗升巡査と張須巡査が恫喝した件については、どう説明するんですか?」


「い、いえ、そんな事は・・・・・・」斗升と張須は、しどろもどろになった。


「言い訳はよくありませんよ」リップウカンさんは眼鏡を外した。「これはカメラ付き眼鏡です。これに証拠映像がすべて記録されています。勿論、私の口に拳銃を突っ込んだところもね」


「お、お、お、お前たち、そんなことまで・・・・・・」署長さんは斗升たちを見ながら体をワナワナと震わせた。


「あ、あの、その・・・・・・」斗升たちの顔からは脂汗が止まらない。


「まあ、こんな物が無くてもことは足りますけどね」


 そう言いながら、リップウカンさんはパトカー型のガラケーを操作して画面を見せた。そこには斗升たちがボクたちに喧嘩腰で食ってかかる様子が動画に収められていて、SNSに何件も投稿されているのが映っていた。


「ぎゃーーっ‼」斗升と張須は目をひん剥いて間抜けな悲鳴を上げた。


 そんな二人をリップウカンさんは、冷ややかな目で見る。「今はネット社会なんですよ。怪物騒ぎがあれば恐怖心よりも好奇心の方が勝って、写真を撮ったりSNSに投稿しようとする野次馬がいくらでもいますよ」


「おー、バッチリ映ってんな」画面を覗き込む相棒がニヤニヤと笑みを浮かべる。


「せめて、ボクたちの顔にはモザイクかけてほしかったな」ボクは不満を漏らす。


「先ほども言いましたが、斗升巡査と張須巡査の両名は今回だけでなく、日常的に一般人に対して暴行や恐喝を行っていることは調査済みです。処分は後ほど伝えますが、厳罰は免れませんよ。・・・・・・懲戒免職で済むといいですね」そう言うリップウカンさんの目は笑っていなかった。


「えっ⁉そ、そんな・・・・・・」斗升たちは今にも泣きだしそうな顔をした。


「そんなとは何ですか?あなたたちは職権乱用をして、一般人相手に横暴を働いていたんですよ?あなたたちに警察官の自覚はあるんですか?無いですよね?あったら、こんなことしませんから。あなたたちは警察官の名誉に泥を塗ったんです。そのことについて、どう思いますか?この巴里市は治安が悪いんです。だからこそ、警察官が市民の平和と命を守るために使命を全うしなければならないのに、あなたたちは何をしているんですか?警察官の職務を果たさずに、市民を脅してどうするんですか?署長、貴方にも責任はありますよ。この巴里署は、こんな腐敗警官を野放しにしていいと思っているんですか?いいワケないですよね?どうなんですか?何とか言ったらどうなんですか?今回の件は警察庁に報告しますから、斗升巡査と張須巡査だけでなく、この警察署全体にも責任は取ってもらいますから、覚悟してくださいね」


 リップウカンさんは顔色を変えずに、長々と話した。話が終わるころには斗升たちは、額から汚らしい汗をダラダラと流していた。

 次の瞬間、斗升と張須は刃物を持って暴れる変質者から逃げ出すかの如く、恐怖に引きつった青白い顔で入口目がけて駆け出した。

だけど、すかさずリップウカンさんが斗升の腕を捩じり上げて、張須は相棒が伸ばした足に躓いて顔面から派手にすっ転んだ。


「どこへ行く気ですか?逃げるなんて許しませんよ」


「は、離せーっ!クビになりたくねー!折角、手に入れた権力を失いたくねー‼」


 ついに醜い本音を露わにした斗升は、駄々をこねる子供のようにジタバタと暴れ出した。ショージキ、見ているこっちが恥ずかしくなる。

 そんなことをしている内に、斗升の肘がリップウカンさんの顔面にクリーンヒットした。


「ひっ!な、何てことを――」署長さんたちは一層、顔が青ざめた。


 次の瞬間、リップウカンさんは斗升の腕を思いっきり捩じり上げて地面に押し付けた。


「ぐえっ!」斗升は潰されたカエルのような下品は呻き声を出した。


「公務執行妨害の現行犯で、あなたたちを逮捕します」そう言いながら、リップウカンさんは斗升に手錠をかけた。


 鼻を抑えながら床の上で、のた打ち回る張須にも手錠がかけられた。起き上がらされた張須は鼻血を流している。


「も、申し訳ございません。警視正。あの、お怪我は・・・・・・」署長さんはハンカチを取り出す。


「ああ、あんなパンチ、ハエが止まったようなものですよ」と、リップウカンさんは口の端から流れた血を署長さんのハンカチで拭うと、床に投げ捨てた。「まあ、ブンブン飛び回って、汚物に止まる不潔極まりないハエが体に止まると不愉快になりますよね。叩き潰したいぐらいに・・・・・・」


 目が笑っていないリップウカンさんに、署長さんたちは脂汗を掻いて足がガクガクと小刻みに震えている。ただ、相棒は笑い転げている。


「言うねー。ハハッ。スカッとしたわ」


「署長。この二人を留置所に連れて行ってください」


 リップウカンさんに言われて、署長さんたちは、そそくさと斗升と張須を連れ出した。その間も、斗升たちは「いやだ、助けてくれー!」と、喚き散らしていた。


 静かになった署長室で、リップウカンさんは両手をポンと叩いた。


「さてと、先生たちには、色々と話したいことはありますが、今日は疲れましたから、一旦、家に帰りましょう」


 リップウカンさんに促されて、署の出入り口まで行くと、お父さんとお母さんが心配そうな顔をして、ボクたちを出迎えてくれた。

 お父さんは警察の人たちに「人の娘を傷物にしやがって」と文句を言っている間、お母さんには色々と聞かれたけど、リップウカンさんが間に入ってくれて、さっきと同じように詳しい話は後日しますのでと説明したので、ひとまずボクたちは家に帰ることにした。

 お父さんの車に乗って家に着いたのは、もう明け方で相棒は「ひと眠りする」と言って、欠伸をしながら事務所に入っていった。

 ボクも今すぐにでも寝たかったけど、まずはお風呂に入りたかった。体を洗って湯船に浸かった瞬間、ウトウトしてしまい、鼻の頭までお湯に入るたびにハッと起きて、慌てて顔を出すのを二、三回繰り返した。

 お風呂から出るとパジャマ用のジャージに着替えて、ベッドに倒れるようにうつ伏せになって、そのまま泥のように眠ってしまった。

 目が覚めて携帯電話を開くと、お昼をとっくに過ぎていた。

 お母さんには車の中で、今日は店の手伝いをしなくていいと言われていたので、ボクはジャージのまま、お店になっている一階まで降りると、驚いたことにカウンター席にはリップウカンさんが座っていてカレーライスを食べていた。


 ボクに気付いたリップウカンさんは、にこやかに挨拶をした。「おはようございます、吾蘭さん」


「おはようって、何してんの、ここで?」


「何って、ランチを取っているんですよ。ここのカレーライスは絶品だと聞いたので」


「あら、絶品のカレーライスと美女がいるお店だなんて。嬉しいこと言ってくれるわね」と、お母さんが頬を赤らめる。


「いや、美女は言ってないから」ボクは冷静に突っ込む。


そうしたら、エミーとガボコとリオがボクに詰め寄ってきた。


「ねえねえ、吾蘭。あのイケメンさん誰なのよ?」


「どこで知り合ったの?ガボちゃん知りたいかも」


「あーしも、お近づきになりたいしー」


 キャッキャッと、目を輝かせる三人にボクは戸惑いながら答える。「いや、それがボクも昨日会ったばかりでさ、全然知らない人なんだよね。ただ、警察の中でも、かなり偉い人らしいよ」


「え、あの人、警察の人なんだ」エミーは驚いた顔を見せる。


「ケーサツの人なのに、全然、乱暴そうに見えないかも」と、ガボコが言う。


 ボクたちが、こんな話をしている間、厨房のお父さんとテーブル席に座る鯱彦しゃちひこさんと砂男すなおさんは不機嫌そうな顔をしている。


「どうしたの、そんな怖い顔して?」。


 お父さんは険しい表情で、質問に質問で返した。「お前、あのメガネとは何の関係もないんだよな?」。


「・・・・・・お父さん。ボクの周りにいる男の人をみんな、彼氏だと疑う癖は直した方がいいと思うよ」


「そう言われてもな、昨日はお前がバケモンに襲われたっていうし、留置所にアイツとあのメガネと一緒だったんだろ。変なことされていないか心配なんだよ」


 ボクは溜め息を吐いた。「お父さんまで、そんなこというのかよ・・・・・・。大丈夫だよ。あの人、警察だけど巴里署の警官とは違って、いい人だからさ。安心して」


「う~~ん、それならいいけどよ・・・・・・」お父さんは、まだどこか疑っているようだ。


 今度はテーブル席の方を向いた。「で、鯱彦さんたちは、何でムッスリしてんの?」


「そりゃ、店のウェイトレスを独り占めしている輩がいりゃ、腹も立つダニ」頬杖を突きながら鯱彦さんがボヤく。


「せや、せや。僕の方がイケメンやのに」


 砂男さんの言葉に鯱彦さんが反応する。「なに言ってんダニ。イケメン度じゃ、俺の方が上ダニ」


「いや、イケメン枠は僕にきまってるやん」


「おみゃー知らねーダニか?俺は風俗じゃ特大ペニスで、何人もの女をヒイヒイ言わせてるんダニ」


「アホ。風俗嬢は仕事でヤッてるだけやん。鯱やんに恋愛感情はないやん。素人童貞みたいなこと言うなやん」


 二人が下品極まりない会話でヒートアップしている間に、リップウカンさんはカレーライスを食べ終えた。「ごちそうさまでした。マスター、ここのカレーは本当に美味しいですね。また食べに来ます」


「お、おお。そうか」自分のカレーを褒められて、お父さんは照れ臭そうにはにかむ。


 ナプキンで口周りを丁寧に拭いたリップウカンさんは立ち上がった。「吾蘭さん、先生と大事な話をしたいので事務所に案内してくれますか?」


「あ、うん」


「何だ、アイツと話って?」お父さんはさっきまで嬉しそうだったのに、また不機嫌な顔になる。


 エミーも珍しく、少しだけムッとした顔になる「吾蘭、イケメンさんと話し合いすんの?羨ましい・・・・・・」


「ガボちゃん、もっとお話ししたいかも」


「あーしも」


「残念ながら仕事の話ですので、皆さんは参加できないんですよ」リップウカンさんは微笑んで返す。


「あー、笑顔もまぶしい・・・・・・」エミーたちは額に手を当てて、ノックアウト寸前だ。


 店を出たボクはリップウカンさんを事務所まで案内した。


「相棒、入るよ」


 事務所のドアを開けるとソファーから相棒の長い脚がはみ出ているのが見えたと同時に、相棒の呻き声が聞こえる。「う、ぐうっ、苦しい・・・・・・」


「どうしたの?相ぼ――ぎゃーーっ!」


 目に飛び込んだのは、ボクのIカップ用特大ブラジャーを顔に被る相棒という、変態極まりない光景だった。


「いっぱいがオッパイで、オッパイに囲まれて窒息する・・・・・・」


 そんなことを言う相棒からブラジャーをひったくるように剥がした。


「どんな夢を見てんだよ!てか、人のブラジャーをアイマスクにするな!」


 ボクの怒鳴り声に相棒は目をしばしばさせながら起きる。「何だよ、人がせっかく気持ちいい夢見てんのによ」


「夢の内容はともかく、人のブラジャーを勝手に使うな!」


「だって、お前のブラジャーから漂う香しいオッパイの残り香を吸うと、いい夢が見れんだよ~」


「どんな理屈だよ」


「まあ、いつかは、お前のオッパイに挟まれながら、昇天するけどな」相棒はニヤケ面で言うので、すかさず頭を叩く。


「ボクは相棒とは、そういう関係にはならない!あくまでも、仕事のパートナーだよ」


「お取込み中、失礼します」


 ボクたちの言い争いに間に入ったリップウカンさんに相棒が気付いた。「お前は昨日の・・・・・・」


「おはようございます。先生」


「だから何なんだよ、その先生ってのは。俺はお前を教え子にした覚えはねー。ついでに教員免許も持ってねーぞ。俺、中卒だから」


「いえ、先生は探偵局の顧問探偵ですから、先生と呼ばせていただきます」


 今度はボクが質問した。「あの、昨日から気になっていたんだけど、探偵局とか顧問探偵とか何なの?」


「はい、今から説明いたします」


    *     *     *


 一方、その頃、巴里署の留置所では、斗升と張須がうずくまって震えていた。


「まさか、こんな事になるなんて・・・・・・」斗升は頭を抱え込んで縮こまっている。


「な、なあ。お、俺たち、これからどうなっちまうんだ?」鼻にテープを貼った張須が恐る恐る聞いた。


「どうなるって、不祥事を起こしたから、せいぜい、懲戒処分になるぐらいだろ」


「で、でも相手は警察庁の人間なんだぞ?そんな奴に拳銃を突き付けたり、殴っちまったんだぞ?もしかしたら、刑務所行きになるかもしれねーじゃねーか」


「バカか?そんなことにはならねーよ!た、多分な・・・・・・」そう言いながらも、斗升の声は震えている。


「クソッ!クソッ!何で、こんなことになっちまったんだよ・・・・・・」張須は悔し涙をこぼした。


「元はと言えば、お前があの警視正の口に拳銃を突っ込んだのが原因だろーが!」


 斗升が責任を擦り付けるような発言をしたので、張須は泣き顔から怒り顔に変わった。


「ハア?俺だけが悪いのかよ!お前だって、殴ったじゃねーかよ!」


「ああ⁉喧嘩売ってんのか!」


「ハア?何だ、やる気か!」


 斗升と張須は、お互いの胸ぐらを掴み合って、一触即発の雰囲気となる。


 そのとき、二人は声をかけられた。「その辺にしておきたまえ、見苦しい」


 二人が振り向くと、鉄格子の向こう側に立つ人物の出で立ちにギョッとした。声をかけた人物は漆黒のステルス戦闘機が人型ロボットのような姿をしているからだ。


「ハア⁉何だ、お前?」


 突然現れた異形の男――超電人02に斗升は狼狽えた。張須は腰を抜かして、床にへたり込んでいる。

 02はコホー、コホーという機械的な呼気を発しながら、二人を諭すような口調で話しかける。


「安心したまえ。私は君たちの味方だ。その証拠に、君たちをここから出してやる」


 その言葉に斗升は恐々と聞いた。「ほ、本当か?俺たちをここから出してくれるのか?」


 斗升の問いに02は黙って頷く。


「よし、俺たちをここから出してくれ!」


 だが、斗升とは真逆に張須は腰が抜けた状態で足を掴んで制止した。「止めとけよ!妙な格好をした奴の言うことなんか真に受けんな。何されるか分からねーぞ」


「ハア?お前、ここから出たくねーのか?」


「そりゃ、出たいことは出たいけどさ・・・・・・」


「なら、決まりだな。さあ、俺たちをここから出してくれ!」


「良いだろう。今出してやる」


 02が牢屋の鉄格子に両手をかけると、ガチャン!という派手な音を立てながら扉を引き剥がした。

 絶望から歓喜の表情に変わった斗升と張須が外に出ようとすると、02が牢の中に入ってきた。


「ハア⁉な、何だよ、俺たちを出してくれるんじゃねーのかよ?」


「君たちは、ここから出るだけで満足なのか?自分たちをこんな目に合わせた連中に復讐したいだろう?」


 02の問いに斗升たちは言葉に詰まる。


「そりゃ、探偵もリップウカンっていう奴もブッ殺してやりたいけどよ・・・・・・」


「なら、話は早い。その二人を殺せばいいだけだ」


「ハア?いや、殺したいってのは物の例えで――」


 弁解する斗升の眉間に、02がチェンブレムを押し当てる。錘が所有するアクセルフォンに内蔵されたものとは違って、翼を広げた鳥を象っている。


「何をためらう必要がある?このチェンブレムさえあれば、人を簡単に殺せるようになれる。まるで、ハエを叩き潰すようにね」


02がチェンブレムの起動スイッチを押した瞬間、チェンブレムは自動車のエンジンのように激しい振動を起こして、斗升の眉間に埋め込まれた。


「ハア⁉なっ、何だよこれ⁉取れねェよ!」


 異物がズブズブと頭に入り込む形容しがたい感触に、斗升は額をガリガリ掻き毟る。

 次の瞬間、斗升は獣の咆哮とも機械のモーター音ともつかぬ耳障りな雄叫びを発しながら、ゴキゴキと骨が不愉快な音を立てながら上半身が激しく盛り上がる。

 左腕はリボルバー銃と一体化した超大型ニューナンブM39、顔は人間と昆虫を組み合わせたグロテスクな形相をしたハエ獣機じゅうきに変貌した。

 目の前で斗升が怪物になったことに、張須は再び腰を抜かして今度は失禁までした。


「恐れることは無い。君にも彼と同じ力を与えてやろう」


 張須は悲鳴に近い声で拒絶した。「いやだ!俺はバケモンなんかに、なりたくない!」


「君に拒否権は・・・・・・ない」02は無情にも、張須にチェンブレムを埋め込んだ。

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