5.

 ――何だ?俺はどうなったんだ?――

 

 体中に静電気が走るような不快な感覚がしたかと思うと、視界に妙なものが入ってきた。自動車のメーターパネルのようなものが宙に浮かんでいる。それに身体が少し重くなったようにも感じた。

 錘が視線を廃車と化したパトカーに向けると、フロントガラスに映る自分の姿に目玉をひん剥いた。

 フロントガラスには全身緑色のロボットのような異形の物が映り込んでいる。顔は無表情な鉄仮面だが、眼だけは爛々とオレンジ色に光っている。

 両肩は自動車の前輪風で、ヘッドライトとタイヤが備えられていた。体の至るところが錆だらけでビス打ちされているのも、不格好な印象を与える。

 錘は一瞬にして、自動車が変形したロボット然とした姿に変身したのだ。


「な、な、な、何なんじゃコリャーーッ!!」パニックになった錘は絶叫した。「何なんだよコレ?一体、何がどうなってんだ?ワケ分かんねーよ‼」


『ンーーガッハッハッハァーーッハッハッ‼どぅ~じゃ、ワシが開発した超電人ちょうでんじんの乗り心地はーー⁉』


 突然、アイザック博士の大きな声が聞こえたので、錘の耳はキンキンと痛くなった。「何だ?どっからすんだ、この声は?」


『ヘルメットのスピーカーじゃよ。これで、搭乗中は電話なしでも会話ができるぞい』


「そ、そうか。って、そうじゃねエ!おい、ジジイ!何なんだよこれは!なんで、俺はこんな姿になってんだ⁉」


『フフフ、それこそがワシの開発した超電人・零號機ゼロゴウキじゃ!』


「チョ、ちょーでんじん?ぜろごうき?」錘は自分の姿が変わったこと、博士の言っていることが理解できず混乱するばかりだ。


『どういう仕組みか知りたいじゃろォ?それはのォ、アクセルフォンに内蔵されたチェンブレムで――と、長くなるから、説明は省くが、これで奴らと思う存分戦えるぞ‼』


 零號機に変身したことに戸惑っているのは、錘だけでなく吾蘭とオランウータン獣機たちも同じだった。


「嘘、本当にヒーローが出て来たよ・・・・・・。しかも、相棒が変身した?ワケ分かんない」


「何ダヨ、アイツモ変身デキンノカ?」


「俺タチ以外ニモ変身スル奴ガイタナンテ・・・・・・」


 たじろぐ舎弟に猿渡が変身したオランウータン獣機が一喝する。「びびっテンジャネエ、コッチハ五人ダゾ!一人デ俺タチニ敵ウ訳ガネーダロウガ!」


「オウ、ソウダ!」


「構ウコタァネエ、ヤッチマエ!」


「オ、オオ!」さっきまで怯んでいたオランウータン獣機たちも急に息巻いた。「今度コソ死ニヤガレェーッ‼」


 真っ先に飛びかかってきた猿渡のオランウータン獣機に錘――零號機はとっさに身構えて、右拳を繰り出した。ドーンッ!と猛スピードで走っている自動車に人が衝突したような凄まじい音がした。オランウータン獣機は紙のように吹っ飛び、ビルの壁に激突して転がった。


「んなっ・・・・・・⁉」零號機の仮面の内側で錘は呆けた顔になった。


「強っ!」吾蘭も声を漏らす。


「す、スゲー・・・。何なんだ、これ・・・」


 子供のころから喧嘩で百戦錬磨の錘だが、相手を殴っても、その場で転がるぐらいだった。それが、今の自分は得体のしれない怪物を何メートルも殴り飛ばしたのだ。


 リーダーの猿渡がやられた事に、他のオランウータン獣機の怒りは頂点に達した。


「ヤ、野郎オッ!ヤリヤガッタナーッ!」


「ヨクモ鐡サンヲ!」


「ブッコロス!」


 オランウータン獣機が錘の愛車である光岡・BUBUクラシックSSKを二人がかりで抱え上げた。


「あーっ!俺の車―っ‼」零號機は思わず頭を抱えて、絶叫する。


 しかし、零號機の叫びも虚しく二体はそのまま、力任せに零號機目がけて車を投げ付けた。

 零號機が車に叩き潰されたのを目の当たりにして、吾蘭は悲鳴を上げた。


「ゲヒャヒャヒャッ!ザマーミロッテンダ!」獣機たちは下品な高笑いを上げた。


 その時、光岡・BUBUクラシックSSKがミシリ、ギギギ・・・という音を立てながら動き出した。


いってェな、何しやがんだアアッ‼」


 零號機が光岡・BUBUクラシックを持ち上げると、そのまま車を投げ付けたた二体に目がけて投げ返して下敷きにした。


「この野郎、とっつあんだけじゃなくて、よくも俺の車を・・・・・・。あと、何年ローンが残ってると思ってんだ!」


「いや、相棒も投げ付けてるからね」吾蘭は真顔で突っ込む。


 下敷きになった二体は、車の下から這いずるように出てきたところへ、怒りの収まらない零號機が殴りかかろうとすると、四体のオランウータン獣機は左手のグラップルをワイヤーで伸ばして、店舗の看板に括り付けて巻き上げると攻撃を回避した。


「コラ!降りて来い!」

 

 零號機が手をこまねいていると、再びスピーカーから博士の声が聞こえた。『苦戦しとるようじゃのー、探偵くん』


「ウルセー、今から逆転する方法を考えているんだよ」


『強がっとらんで、オルトロスを使いんしゃい』


「おるとろす?」オルトロスとはギリシャ神話に伝わる双頭の犬だ。


『ホレ、腰に装備されとるじゃろ』


 博士に言われて零號機が腰に手を回すと何かに触れたので取り外すと、オルトロスの名に相応しい銃口が縦に二つ並んだ変わった形の拳銃だった。


「なんだよ、武器があるんならそう言えよ」


 零號機はオルトロスを構えてオランウータン獣機たちに向けて乱射したが、ワイヤーでビルとビルの間を空中ブランコのように飛び回って弾を避ける。


「ドウシタ探偵サンヨ」


「全然、当タラネーナ」オランウータン獣機たちは得意げに挑発した。


「チョコマカ動きやがって。狙いが定まんねーよ」零號機は舌打ちした。


 手をこまねく零號機を吾蘭は、へたり込んだ状態で静観していた。錘が特撮のようにヒーローに変身して、怪物と戦っている。そんな非現実的な状況を未だに受け入れられないが、目の前で起こっているのだから、紛れもない事実だ。


 ――相棒が街を破壊して人々を襲う怪物と戦っているときに、ボクは、ただ怯えて座っているだけ?冗談じゃない!ボクも何かしないと!ボクは相棒の相棒なんだから!――


 吾蘭は立ち上がって叫んだ。「何やってんだよ、相棒!ゲーセンのシューティングゲームの腕前が全然、活かされてないじゃんか!」


「うるせーな!今、あいつらを落とす方法を考えてんだよ!」零號機が怒鳴り散らす。


「ゴリラ人間を狙うんじゃなくて、看板を狙うんだよ!」


「あ?――あ、そうか!」


 吾蘭の意図を汲みこんだ零號機は、オランウータン獣機がぶら下がる看板に照準を定める。引き金を引いてレーザー弾を放った。

 弾丸が当たると看板は派手な音と破片を飛び散らせながら砕けた。


「ウワアアア」と、情けない声を出しながらオランウータン獣機たちはに地面に叩きつけられる。


「やったー!」吾蘭が歓喜の声を上げる。


「よし、あとはとどめを刺すだけだ」


 零號機が勝利を確信するも、オランウータン獣機たちはムクリと起き上がる。


「野郎、舐メタ真似シヤガッテ・・・・・・」


 同時に、さっきまで気を失っていた猿渡のオランウータン獣機も立ち上がった。


「うそーん」


「こいつら不死身かよ」


 吾蘭と零號機は愕然とする。


『チェンブレムを破壊せん限り、奴らは完全には倒せんわい』零號機のスピーカーに三度、博士の助言が聞こえた。


「何か、さっきから専門用語ばっか出てくんな。それは、どうやったら破壊できんだ?」


『アクセルフォンをオルトロスに装填してスコープにするんじゃ。で、身体に埋め込まれた

チェンブレムに狙いを定めたら迷わず撃ち抜け!』


 こんなやり取りとしている間、オランウータン獣機たちは零號機に突進してきた。


「うおっ」零號機は咄嗟にかわすも、オランウータン獣機の高速回転するチェーンソーの刃は、胸の装甲に当たって激しい火花を散らした。

 その衝撃で仰向けに倒れた零號機に、別のオランウータン獣機が飛び上がって、バケット型の手で喉元を狙ってきた。


「危ない、相棒!」


 吾蘭の叫びと同時に零号機は右に転がってかわした。オランウータン獣機のバケットはアスファルトの地面に突き刺さると、そのまま発泡スチロールのように粉々にした。


「ふー、危ねえ」と、零號機が汗を拭う間もなく、後ろから猿渡のオランウータン獣機がガトリング銃で狙い撃つ。


「がっは!」


 背後から撃たれた零號機は、倒れこむ際に体をひねって、オルトロスで銃撃してオランウータン獣機が被弾した。

 だが、また別のオランウータン獣機が二体同時に襲いかかって来たので、零號機は両腕で防ぐ。


 零號機は舌打ちする。「くっそ、これじゃあ、ちぇんぶれとか言うのを壊す暇がねーよ!」


『複数の相手には、オルトロスをブラスターモードからデュアルモードにするんじゃ!』アイザック博士が助言する。


「でゅあるもーど?」


『オルトロスを分離させるんじゃ!ほれ、銃口が重なっているところをスライドさせるんじゃ!』


 零號機は言われたとおりにオルトロスをスライドさせると、分離して二挺の拳銃になった。


「おー、二挺拳銃か。こりゃいい」零號機はオルトロス・デュアルモードを構えて、オランウータン獣機たちに向ける。


「何、カッコ付ケテンダ?」


「銃ガ二個ニナッタカラッテ、調子ニ乗ッテンジャネーゾ!」


 飛びかかってきたオランウータン獣機たちを零號機は、二挺拳銃で迎え撃つ。デュアルモードとなったオルトロスの火力は、通常形態のブラスターモードより低くなったが、連射が可能となったので、相手に反撃の隙を与えさせない。


 零號機は感嘆の声を上げた。「よしっ!これならイケるぜ」


「野郎ッ!ナメンジャネーゾ!」


 オランウータン獣機のガトリング銃から火を噴いた。零號機も負けんじと、走りながら弾をかわしつつ銃で反撃した。零號機のモニターにはオランウータン獣機の撃った弾が映し出されたので、それで弾道を確認してオルトロスのレーザー弾で全て撃ち落とした。


「クソ!オ前ラ、アイツヲ取リ囲メ!挟ミ撃チニシロ!」


 猿渡のオランウータン獣機の命令で、オランウータン獣機たちは零號機を円状に取り囲んだ。


 しかし、零號機は慌てる素振りも見せない。「大勢を相手にするのは慣れてんだよ!」


 零號機は軽くジャンプすると、宙で弧を描くように回転しながら乱れ撃ちして、オランウータン獣機、全員に当てた。


「よーし、まだまだ。これからだぜ」と、零號機が銃の引き金を引オランウータン、カチッカチッと鳴るだけで弾が発射されない。


「あ?お、おい。インポかよ」


「まー、お下品」吾蘭が零號機の下ネタに顔を赤らめる。


「ハメ外しすぎたな、こりゃ」


 オランウータン獣機たちはジリジリと零號機に迫る。「テメエ、散々、調子ニ乗ッテクレタナ」


「覚悟シヤガレエッ!」


「やっば・・・・・・」


 零號機は怖気づいて、一歩下がった――と、見せかけてオルトロスを手のひらで回転させて、持ち手をグリップから銃口に変えると、銃床でオランウータン獣機を殴りつけた。

オルトロスをトンファーのように捌いて、オランウータン獣機たちを蹴散らすと、ビシッと拳法の型のようなポーズを取った。


「弾は撃てなくても、銃はこういう使い方もあるんだよ!」


「いや、今どきガン=カタって。ボク、今日、何回突っ込めばいいんだよ」吾蘭は突っ込みを入れるのに段々、疲れてきていた。


 零號機は銃を回しながら得意げになる。「おい。銃が二個になった相手にずいぶん、手こずっているな?」


「コノヤ・・・ロッ⁉」言い返そうとするオランウータン獣機の顎に、オルトロスのグリップによる強烈な一撃が入った。


『カッコつけ取らんで、オルトロスをブラスターモードに戻して腰のホルスターに差し込んでチャージするんじゃ』


 アイザック博士に言われたとおり、零號機はオルトロスをホルスターに戻した。幸い、オランウータン獣機たちはダメージを負っているので、その間に弾をチャージできた。


「よし、エネルギー満タンだぜ」零號機はオルトロスを取り外すと、アクセルフォンをオルトロスに装填した。

スコープとなったアクセルフォンの画面に写るオランウータン獣機たちは、体に赤く光る箇所が見える。


「あれか!」


 零號機は一体のチェンブレムに狙いを定めて、巨大なレーザー光弾を殴り付けるブレイクシュートを放った。光弾をまともに喰らったオランウータン獣機は爆炎に包まれた。

 爆炎が晴れると、地面に倒れこんだオランウータン獣機は身体から零號機のとは異なるチェンブレムが飛び出して粉々になった。そして、人間に戻ってしまった。


「ナ、何ダ?何ヲシヤガッタ?」狼狽する獣機たちに零號機は反撃の隙を与えないほど、素早くかつ正確に狙い撃つ。

 そして、次々とオランウータン獣機は人間の姿に戻っていき、猿渡が変身したオランウータン獣機だけとなった。


「さーて、あとはお前だけだぜ」零號機が銃口を向けて少しずつ詰め寄る。


「チッ・・・・・・!」オランウータン獣機は一目散に駆け出して、、丸太のように太い右腕で吾蘭の首を締め上げて、S24バルカンの銃口を喉元に押し付ける。


「来ンジャネエ!!コノ女ガドウナッテモイイノカ!?」


「くそっ!何すんだよ、離せ、この!」吾蘭はジタバタと抵抗する。


「うーわ、古典的な方法だな。それやる奴って必ず負けるって知ってたか?」吾蘭が人質に取られても零號機は全く動じない。それどころか、歩を進めていた。


「テメェ、正気カ?」


「コラー!ボクを見捨てる気か、薄情者―!」吾蘭は尚も、足をジタバタと動かした。


「みっともねえぞ。本気で俺の相棒を目指してるなら、この状況をなんとか抜け出してみろよ」


「そんなこと言ったって、身動き取れないんだよー!」


「バカ、さっきから元気に動いてる部分があるだろーが」


「え、あっ!」言葉の意味に気付いた吾蘭はオランウータン獣機の足を思いっきり踏みつけて、相手が痛がって怯んでいる隙にその場から離れた。


「今だよ、相棒!」


「へっ、よくやった」零號機はブレイクシュートで最後の一体を撃破した。

 爆炎が消えると猿渡が大の字になって倒れている。


「やったね、相棒」吾蘭は零號機の傍まで駆け寄ってきた。「でも、どうしてそんな姿になっちゃったんだよ?」


「俺にもよく分かんねーよ。つーか、これどうやったら戻るんだ?」


『アクセルフォンの通話終了ボタンを押せばいいぞい』と、博士が説明した。


 言われた通りに操作すると零號機のスーツが解除されて一瞬にして、錘の姿に戻った。


「おー、元に戻った。よかったよかった」


 錘がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間――、猿渡がフラフラと立ち上がって、顔に激しい憎悪を浮かべてズボンのポケットに手を突っ込み拳銃を取り出した。


「死にやがれーっ‼」


錘は咄嗟に吾蘭を庇うように抱き寄せた。


 だが、銃声は響かなかった。振り返ると猿渡がバッタリと倒れていた。その背後には眼鏡をかけた琥珀色の髪をした青年がテーザー銃を構えていた。


「危なかったですね。先生、吾蘭さん」青年が二人に微笑む。


「誰だ、お前?」


「誰?」


錘と吾蘭は声を揃えた。

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