1.

 ――どうしてこんなことになっちゃんだろう。

 まだ蒸し暑さが残る十月初旬。このボク、江戸川えどがわ 吾蘭あらんは人生最大のピンチに直面していた。

 周りは瓦礫だらけで怪我をして泣き叫ぶ人が大勢いる。警察の人たちも、みんなやられちゃった。

 そして、ボクの目の前には人の形をしているのに、人間じゃないゴリラのようにに筋肉ムキムキの怪物が、ジリジリと迫ってきている。

 巴里市はざとしはハッキリ言って、治安がメチャクチャ悪い。住んでいる人たちはマナーがなっていなくて、スーパーでもカスハラとかさわぎながら走り回る子供をしょっちゅう見かける。おまけに、DQNは多いし、令和になった今でもカラーギャングが問題を起こしている。

特に喪瑠愚町もるぐちょうは、そのカラーギャングの縄張り争いとか、ドラッグや拳銃の密売なんて日常茶飯事だ。

 でも、まさか、まさかだよ。怪物が出てくるなんて思ってもみなかった。普通、こういう時はヒーローが颯爽と現れて助けに来るもんだけど、そんな都合のいいことが起きるわけがない。ボクが映画のヒロインでもなければ。

 ボクはここで死ぬのかな。

 そう考えると、今日の出来事が映画のように頭の中で再生された。


  *      *      *    

「いらっしゃいませ」


 十二時頃。ボクは両親が経営する〈カレーショップ・ポー〉で接客に追われていた。

 お父さんは厨房でカレーが入った鍋をグツグツと煮込んでいて、お母さんはコーヒーを淹れている。ここでアルバイトをしている幼なじみのエミー、ガボコ、リオも接客中だ。

 ボクはお母さんからコーヒーを渡されると、常連客の鯱彦しゃちひこさんと砂男すなおさんのテーブルに置いた。


「おう、サンキューダニ」


「吾蘭ちゃんは、今日も可愛ええやん」


「目の保養ダニ」


 アフリカ系アメリカ人と日本人のハーフの鯱彦さんは妙ちくりんな名古屋弁で、細い目が特徴の砂男さんは関西弁でセクハラギリギリの発言をする。


「二人とも、吾蘭をエッチな目で見ないでくれるかなー」エミーの目が少しだけ鋭くなって、少しだけ厳しい顔をした。


「軽々しく女の子に『可愛い』とか言っちゃダメなんだからね」


「そうそう。『目の保養』って言葉もセクハラになるしー」


 ガボコとリオも鯱彦さんたちを咎める


「そんなに怒るなダニ。可愛いのは事実なんダニから」と、鯱彦さん。


「レースクイーン姿のナイスバディちゃんたちが目の前にいたら、釘付けになるんは当たり前やん?」砂男さんも同意する。


 ボクは自分の事をボクと言うし、吾蘭あらんなんて男みたいな名前だけど十七歳の女の子だ。 勿論、オッパイだってちゃんとある。ちなみに、サイズは99㎝のIカップ。

 そして、砂男さんが言うように、ウチの店のウェイトレスはレースクイーン風の制服になっているけど、これは店が閉店したガソリンスタンドを改装していることに由来する。

 

 こんなやり取りをしていると、厨房からお父さんが身を乗り出してきた。「コラ、お前ら。人の娘をスケベな目で見てんじゃねーよ。出禁にするぞ」


 口髭と顎髭を生やして、ちょっと強面のお父さんが怒ると迫力がある。


「ニヒヒ、悪りい、悪りいマスター」


「そないに青筋立てんでも、ええやん」と、二人は平謝りした。


 そこに、ゆったりとしたロングヘアのお母さんが間に入って、お父さんの顎を細くて白い人差し指で撫でながら宥めた。


「怒っちゃだめよ、バニーちゃん。あなたに怒った顔は似合わないわ」


「ああ、くれのん。悪い」と、お父さんが少し顔を赤らめる。


「それに、吾っちゃんが注目を集めるのは仕方ないわ。私の美貌をしっかりと受け継いでいる自慢の娘なんですもの」


 お父さんは馬仁也ばにやなので、お母さんに「バニーちゃん」と呼ばれている。で、お母さんを紅乃くれのという名前から、お父さんは「くれのん」と呼ぶ。


「もー、娘の前でイチャイチャするなよ、お客さんだっているんだよ」ボクは恥ずかしくなった。


「真っ昼間から見せつけてくれますね」エミーも少し呆れた表情を見せる。


「ンフッ。見せつけているのは、ラブラブぶりだけじゃないわよ」と、お母さんがVカットになっているワンピースの胸元を腕で挟んで谷間を強調したから、鯱彦さんと砂男さんを含む男のお客さんたちが、おおっ!と反応した。


 さっきまで、お母さんにデレデレだったお父さんが、再び鯱彦さんたちに睨みを利かせる。「コラっ!吾蘭の次は、くれのんにまで手ェ出す気か!」


「もう!やめてよ、そういうの!」今年で四五歳になる母親のあられもない恰好に、ボクは思わず大きな声を出してしまった。


「紅乃さんのお胸、いつ見ても大きいですね~」


「流石、108㎝のJカップ」


「谷間もチョー長いしー」


 エミーは目を輝かせて、ガボコとリオは囃し立てる。


「みんなも煽てないでよ」と、ボクが口をとがらせると、エミーたちはごめん、ごめんと謝った。


「ええもん見せてもろたお礼に、僕も見せたるやん」と、砂男さんはズボンのポケットに手を入れた。


「何ダニ。また自慢のシックスパックを見せるダニか?」と、鯱彦さんが茶化す。


「そうそう、僕のシックスパックで吾蘭ちゃんたちを釘付けにって、ちゃうちゃう」砂男さんは関西人らしくノリ突っ込みをした。「最近、流行っている都市伝説やん」


「都市伝説?」ボクは聞き返した。


「これやん、これ」と砂男さんはスマホ取り出した。覗き込むと画面にはSNSに『ゴリラ人間、現る』という内容の書き込みと、人気のない街角で五人ぐらいの大柄な人のシルエットがウロウロと歩き回っている動画が流れている。


「何これ?UMA?」ボクは首を傾げた。


「今、SNSで噂になってるやん。ゴリラみたいな人間が街を彷徨っているいうて」と、砂男さん。


「こんなのフェイク動画じゃないの?」エミーが怪訝な顔をした。


「でも、この動画を撮られたのが、喪瑠愚町やねん」


 砂男さんの話を聞いて、元から丸い鯱彦さんの目が、さらに丸くなった。「喪瑠愚町って言ったら、巴里市で一番、おっかねーとこダニーか」


「せやから、あの町やったら変な格好した不審者とかいてもおかしくないやん?」


「そう言えばガボちゃん、最近、喪瑠愚町でギャングさんたちの喧嘩が凄いことになってるって聞いたかも」ガボコがボソリと呟いた。


「そうだとしたら、みんな学校の帰り道に気を付けるのよ?特に吾っちゃんは、よく喪瑠愚町のコンビニに寄るんでしょ?」お母さんが心配そうに言った。


「くれのんも狙われないように気を付けないとな」


「大丈夫よ。襲われたとしても、バニーちゃんが私を守ってくれるでしょう」


「当たり前だ。くれのんだけじゃなくて、吾蘭も守ってみせるぜ」


「ンフッ、頼もしいわね。流石、私が選んだ人」


 再度、イチャつきだす両親にボクはゲンナリした。

 まー、確かにボクは緑色に近いブロンドヘアをショートカットにしていて、パッチリした目に低い鼻が、よく猫みたいな顔と言われる。

 エミーは黒茶のロングヘアに肌が透き通るように白いのでモデルみたいだし、ガボコは背が低くて赤茶色の髪の毛をお団子ヘアが可愛らしいし、リオなんて金髪に黄緑とオレンジのメッシュを入れた派手な黒ギャルだし。

 お母さんも年齢の割りには若々しくて、オッパイはボクたちよりずっと大きい。とゆーか、お母さんの場合、身体中からフェロモンならぬ“エロモン”が出まくっていると言われる――。だから、ボクたちが変な人に狙われそーなのは分かるって言えば、分かるんだけどね。


「吾蘭ちゃんたちのボディガードだったら俺に任せるダニ」と、鯱彦さんが身を乗り出すように言った。


「何言うてるやん。女の子を守るのは、イケメンの僕の役目やん」砂男さんも負けじと横やりを入れる。


 二人が火花を散らしているところに、宅配業者の人が段ボールを抱えて店に入って来た。


大伝羽おおでんぱ すいさんにお届け物です」


 荷物を受け取るとボクは伝票に判子を押した。


「相棒宛てに宅急便って何だろ?」ボクは首を傾げた。「これ相棒に渡してくるついでに、起こしに行くよ。あいつ、朝寝坊だからさ」


 そう言うと、ボクを見ながらエミーが意味ありげな笑みを浮かべる。


「愛する錘さんを起こすのね?」


 ガボコもウフフと含み笑いをする。「起こしに行くって新婚さんみたいかも」


 エミーたちがキャッキャッと囃し立てるので、ボクはちょっとムキになった。「ボクたち、そんなカンケーじゃないから」


 お父さんも口を挟んだ。「そうだぞ。結婚するとしても、ああいうチャランポランじゃ――」


「じゃ、相棒に渡してきまーす」


 お父さんを無視したボクは店を出て、〈大伝羽探偵事務所〉と書かれた紙が貼られている隣のガレージのドアを開けて中に入った。

 事務所と呼ぶには、お粗末すぎるガレージの中央に置かれたソファーには、黒いTシャツにボクサーパンツ姿という、だらしない格好の相棒が爆睡していた。それも、顔にエッチな本を被せた状態でだ。

 その横にあるスタンド灰皿には、葉巻煙草の吸い殻が山盛りになっていた。足元にはお酒の空き缶やらカップ麺の容器が散乱している。


「相変わらず汚いなァ、もう・・・・・・」ボクは思わずため息を吐いた。相棒が住む前はこんなに汚くなかったのに。


 相棒がこのガレージに住み始めた頃は、店の皿洗いを手伝ったり土木作業やゴミ収集のアルバイトをしながら、その日暮らしの毎日を送っていた。

 ところが相棒は何を思ったのか、ある日突然、ガレージを事務所にして探偵業を始めた。

 探偵と言っても、看板は申し訳程度の貼り紙だし、ホームページも出していないから、依頼をするのは大体がお店の常連さんかご近所さんなんだけど、犬を探してほしいと頼まれれば必ず見つけ出すし、浮気調査を依頼されたら不倫の現場をキッチリと抑え込むから、依頼人からの評判は悪くない。


「おい。起きろよ相棒、いま何時だと思ってるんだよ」


 ボクに起こされると相棒は、顔にかけている本を取って、大きな欠伸と背伸びをして目を覚ました。

 髪は天然パーマでちょっと猿顔なのを除けば、190㎝近い長身に細マッチョ体型と充分、カッチョイイ部類に入るのに、そのだらしない服装が残念なイケメン感を出していた。

 おまけに眠そうな目をしている──って、これは元からだった。失敬、失敬。

 相棒は目をこすりながらボクをジッと見る。その視線は胸元に感じた。


「おはよう、オッパイ」


 相棒のセクハラ発言に、ボクは自分の顔が赤くなるのが分かった。


「どこ見て挨拶してんだよ!エッチ!大体、今は昼間だよ!」


「じゃ、こんにちは、オッパイ」


「だから、オッパイに挨拶するな!」


 だけど、相棒はボクを無視して、再び目を閉じて寝転がった。


「おい、寝るなよ」


「おはようのチューしたら起きるぞ」と、相棒がニヤニヤしながら唇を突き出すので、ボクはカッとなって段ボール箱を頭に叩き付けた。


「バカッ!女の子の純情を弄ぶな!」


「痛ッえな、何すんだコノヤロー。チチ揉むぞ・・・・・・って、何だコリャ?」と、相棒は段ボール箱を手に取った。


「ああ、それ相棒宛ての荷物だよ」


「誰からだ?差し出し人は・・・・・・、アイザック・葉加瀬はかせ?」


「誰?知り合い?」と、ボクは聞いた。


「いや、知らねーな」相棒は首を傾げた。


「知らない人から届け物・・・・・・。まさか、爆弾とか変な物は入ってないよね?」ボクは少し怖くなった。


「アホか、ドラマの見過ぎだよ。大体、俺は人に恨まれる覚えは――」


 相棒が喋っていると、箱からピリリリという音がしたので、ボクたちは思わず飛び上がった。


「何?なに?ナニ⁉」ボクはパニクった。


「バカ、落ち着け。お前がデケー声出すから俺まで焦ったじゃねーか」


「いや、相棒が先にビビってたじゃん」


「るせー、とにかく箱を開けるぞ」


 相棒は箱に貼られたテープを剥がして中を開けると、シルバーのミニカーが入っていて、音はミニカーから鳴っている。相棒が手に取ってひっくり返すと、裏側はガラケーだった。

 巴里市では平成レトロが大ブームなので、ガラケー自体は珍しくないけれど、これは見たこともない機種だ。


「はい、もしもし?」


 相棒が電話に出た瞬間、隣にいるボクにも聞こえるぐらいのけたたましい嗄れ声が聴こえた。


『ヌァイストゥミーチュー‼荷物が届いたようじゃのォ!ンガッハッハッハッ!』


 ガラケーを耳に当てていた相棒は思わず顔をしかめた。


「うっせーな!デケー声で喋んなよ、耳が痛てーじゃねーか!こっちは寝起きなんだぞ!」相棒も電話の相手に負けないぐらいの大声で怒鳴る。


『おっと、これは失礼したのー!ンーガッハッハッ‼』と、また豪快な笑い声が聞こえてきた。


 よっぽど五月蠅いのか、相棒はケータイをテーブルの上に置いた。「つーか、アンタ誰だ?」


『ワシか?ワシはアイザック・葉加瀬。人呼んでアイザックハカセじゃ』電話先の相手の声は、テーブルに置いても聞こえる。アイザック・葉加瀬とゆーことは、電話の相手は送り主か。


「通称もなにも、それじゃまんまだろ」と、相棒がツッコむ。


『違う違う。ワシは名前がアイザック・葉加瀬で、科学者じゃから呼び名がアイザックなんじゃ』


「科学者?科学者が何で俺に、こんな玩具みてーなケータイを送るんだよ」


『それはじゃのー、お前さんに仕事を依頼したいんじゃ。ワシが送った物は、お前さんの身を守るのに役立つ物なんじゃよ』


「俺の身を守る?これが?」相棒は怪訝な顔をした。


『フッフッフッ。一見、玩具のようじゃが、それはワシが発明したアクセルフォンという優れ物なんじゃ。まぁ、この話は一旦置いといてじゃ、お前さんに頼みたい仕事というのは、人探しなんじゃよ』


「人探しだァ?」と、相棒は聞き返した。「生憎、電話での依頼は断っているんだよな。素性も分からない相手とは関わりたくないからよ」


『勿論、タダとは言わん。それに見合った依頼料を発泡スチロールの下に入れといたわい』


 相棒がケータイが入っていた箱の中の発泡スチロールを取り外すと、アイザック博士の言うようにお金が入っていた。それも札束だった。


「こりゃ驚いたな・・・・・・」相棒の眠そうな目が少しだけ大きくなった。「博士さんよ、アンタ、俺に相当ヤバい仕事を頼みたいようだな」


『まー、それなりにのー。で、探してほしい人間というのが、ファイブ・オレンジ・ピップスなんじゃ』


「ふぁいぶ・おれんじ?」ボクは首を傾げた。「ふぁいぶ・おれんじって、聞いたことがあるような・・・・・・」


 ボクの疑問に相棒が答える。「ファイブ・オレンジ・ピップスってのは、その名の通りオレンジをパーソナルカラーにしたカラーギャングだな。最近は動きが派手で警察もマークしているそうだ」


「え!ギャングなの?」ボクは本日、何度目かの大きな声が出た。


「でだ」と、相棒は再びアイザック博士に話し出す。「博士さん。あんた依頼する相手を間違えてねーか?俺は危険と隣り合わせのハードボイルド探偵じゃねーんだぞ」


「そうだよ。相棒はペット探しとか浮気調査が専門なんだから」と、ボクも口を挟んだ。


『それは分かっとるんじゃが、どう~してもお前さんに頼みたいんじゃ。ファイブ・オレンジ・ピップスがワシの元同僚のニソっちの発明品を悪用しているということまでは分かったんじゃよ。で、お前さんに奴らを見つけ出して、その証拠を押さえてほしいんじゃ』


「おいおい、聞けば聞くほどヤバそーな話じゃねーか。そのニソっちとかいう奴はとんでもねー武器でも造って、ピップスがそれを使ってヤクの縄張り争いにでも使っているのかよ」段々と相棒の眉間に皺が寄ってきた。


 ボクは頭の中でニソっちという人が造った物が、どんな危ない物なのかと想像すると、我慢できなくなって、ケータイを手に取った。


「博士さん。そういうのってさ、探偵よりも警察にお願いした方がいいんじゃないかな?ボクたち警察に知り合いがいるから、その人に頼んでみるよ」


『そうしたいのは山々なんじゃがの、この街の警察が真面目に捜査するとは思えんわい』


「あー、確かにね」博士さんの言うように、巴里市の警察官は一般人に対して、横暴な態度を取るのが度々、問題になっている。おかげで市民からの信頼は限りなくゼロに近いと言っていい。


「でも、知り合いの刑事さんっていうのは、この街じゃ珍しいくらい良い警察なんだよ。だから、その人に頼めば――」


 ボクがまだ話している途中なのに、相棒がケータイを取り上げて、呆れ口調で言った。「あのな、警察は市民の依頼で動く組織じゃねーンだよ」


「あ、そうか」と、言ってからボクは、ケータイに話しかける。「でも、何で相棒に探させるんだよ。相棒がお金だけ貰って、そのピップスってギャングを探さないかもしれないのにさ」


「おい、人聞きのワリーことを言うな」相棒が軽く睨む。


『その心配はないわい』と、博士さん。『大伝羽探偵事務所は一度受けた依頼は、最後までやり遂げると評判じゃし、ある人からは、お前さんは信頼できる人間じゃと聞いとるからの。どうじゃ、ワシの依頼を引き受けてくれるか?』


 相棒は暫く黙り込んでいたけど口を開いた。


「分かった。引き受けるよ。色々と気になるけどよ、金を積まれた以上、断るワケにはいかねーからな」


 相棒の返事を聞いて、ケータイから博士さんの嬉しそうな声がした。『本当か!いやー、助かるわい。それじゃあ、警察よりも先に奴らを見つけとくれ。進行状況も知りたいから、そのケータイは肌身離さず持っていてほしいんじゃ。ええかの?』


「ああ、任せとけ」


『じゃ、よろしく頼むわい』それだけ言うと、博士さんは電話を切った。


 相棒はソファーから立ち上がると、ロッカーを開けてお気に入りの全身が浮世絵柄のジャージを取り出した。

 普通、探偵は尾行のために地味な服装が基本だけど、相棒は『私立探偵濱マイク』とか『エース・ベンチュラ』などの派手なファッションをした探偵モノが好きなので、自分もそういうド派手な服装をしている。


 着替えている相棒にボクは気になることを聞いた。「本当に受ける気なの?こんな怪しい依頼。絶対、普通じゃないよ」


「俺もそう思うね」


「じゃあ、どうして・・・・・・」


「俺の警察嫌いは知ってんだろ。警察も俺をチンピラ同然に見ている。そんな俺に博士を名乗るジーサンは、警察が躍起になって探しているギャングを探せって依頼してきたんだ。だからよ、この仕事を解決してサツの鼻を明かしてやるんだよ」


「あー、そういう事か・・・・・・」黒い笑みを浮かべる相棒に、ボクは少しだけ引いた。「よし。じゃあ、ボクも付いていくよ。相棒ひとりじゃ危ないだろ?」


 着替え終わった相棒は送られてきたケータイ―アクセルフォンだったかな?―をポケットに無造作にツッコんで、マッチを擦ると葉巻煙草のスリーセブンに火を点けて一服した。


「アホ。お前がいたら足手まといだよ。それに、その“相棒”って呼び方はやめろ。お前を助手にした覚えはねー」


「助手じゃないよ。探偵に相棒は必要だろ?」


「ンなもん、俺には必要ねーよ」と、相棒は素っ気なく答える。


「とにかくさ、待っててよ。ボクも急いで着替えるから」

 

 店に戻ると、お母さんたちに事情を話そうとしていると、外からブロロロという音がしたので店を飛び出すと、ガレージから相棒の愛車、光岡・BUBUクラシックSSKが走り去るのが見えた。


「相棒の裏切りモーン!!ボクを置いていくなー!」


 ボクの叫び声を無視するように、相棒は車を走らせて行った。

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