第14話 蛇愛づる姫 -6-

 真朱まそおは口を真一文字に結んで、断固としてその場から動こうとしない。

「ねえ、一体どうしたのさ?」


 そして、ついに諦めたように、やっと重たい口を開く。

「……僕」

「うん」

「……僕、……蛇が苦手なんだ…………」

「蛇……?」

蛇なんてどこに……、と言いかけて気づいた。この神社の神使いは蛇なのか。真朱の様子がここに来るまでの道中、ずっと変だったのはそのせいであったのだ。


「もっと早く言ってくれればよかったのに……」

いや、きちんとあらかじめ話をしていなかったのは祥太郎も同じだった。せめてもっと早く自分が気づいていたら。しゅんとしている真朱の、見えない長い耳がだらんと垂れ下がっているように感じられて、祥太郎は少し胸が痛んだ。


「……ほら」

そう言って、祥太郎は右手を差し出す。

「涼子ちゃんも心配してるだろうから、戻ろう」

真朱は逡巡したあと、おずおずと祥太郎の手を取って、ゆっくりと歩き始めた。


 途中で追いついてきた涼子と合流し、神社の水道で真朱の足を洗わせてもらった。菌が入って破傷風にでもなったら大変だ。

「ほら、足洗うから。俺の肩につかまって、一本ずつ出して」

「うん……」

祥太郎は流水で足を洗ってやりながら、傷がないか隅々まで目で見て確認したが、幸い怪我をしている様子は無かった。真朱はまだ警戒が解けない様子であたりをうかがっていた。


「真朱さま、ごめんなさい。うちの錦華きんか、本気で言ったわけじゃないと思うんだけど……。時々笑えない冗談を言うもので。ホント困っちゃう」

涼子は申し訳なさそうに言った。

「こちらへは来ないように言ってあるから、安心してください」


 振り返ると、池の対岸あたりで錦華がどこ吹く風といった様子で、ひらひらと手を振っていた。涼子が持ってきてくれたタオルで真朱の足を拭いてやりながら、祥太郎は答える。

「涼子ちゃんは別に悪くないよ。こっちが無理言って来たんだもの。いろいろ教えてくれてありがとう。もうそろそろいい時間だし、俺たちはこれで帰るよ」


 帰り際、お詫びにと言って涼子がいくつか役に立ちそうなカードをくれた。

「兄のもので、もう使ってないから。ちなみに、カードは練習会に参加すると毎回ランダムで2、3枚もらえるから、可能な限り参加した方がいいよ。あと多くはないけど、練習試合を受け付けている神社もあるから、探して行ってみるのもいいと思う」


「涼子ちゃんは、参加しないの?」

「そうねぇ。私、夏は部活であまり自由に動けないから。でも、よければ練習に付き合うから、また何時でも連絡して」



 駅で電車を待っている間、のどが渇いたので自販機で飲み物を買うことにした。

「真朱さんは何飲む?」

「僕、サイダー!」

この間から、真朱は炭酸飲料がお気に入りの様子だった。ボタンを押すと、『当たったらもう一本!』とルーレットが回る。7、7、7……7! ピピピピピ!! ラッキー、当たりだ。当たったもう一本で、祥太郎もサイダーを選ぶ。


「祥太郎は、ああいう女の子が好きなの?」


 突如として真朱が聞くので、意表を突かれた祥太郎は、口に含んだ飲み物を噴き出してしまった。

「ブッ! ……な、何を突然!?」

「僕にもドキドキしちゃってるくせにさ、全く気が多いな~」

「なななななそっ……そんなわけないだろっ!?」

「え? 違ったの?」

ニヤッと笑う真朱。これは完全に鎌かけられたってやつだ。


「そ、そんなことよりさ。真朱さんは、何で蛇が嫌いなの?」

「う~ん、……昔さ、まだうんと小さかった頃の話なんだけど。僕は毎日お菓子を少しずつ食べるのを楽しみにしてたのね。ある日、いつものように入れ物から、今日食べる分を選んで取り出そうとしたら、お菓子が全部なくなってて。かわりにその中で丸々と太った蛇が一匹とぐろを巻いて眠ってたの。もうびっくりして大泣きしたよ。それ以来、蛇がダメになったんだ。結局それは姉のいたずらで、お菓子も姉が全部食べちゃってた。ひどい話だよね」


 蛇を捕まえてくる姉とは、真朱からは全く想像できない。

「お姉さんがいるんだ?」

「うん、『朱華はねず』っていう。でも全然似てないよ。特に性格が」


「でもこれからは、祥太郎が蛇から僕のこと守ってくれるんだもんね」

「え……、そんな約束をした覚えは…………」

「かわりに僕が、祥太郎をグリーンピースから守ってあげるよ!」

(う、何故それを知っているんだ……)

苦々しげな顔をした祥太郎を見て、「あはは」と真朱は笑った。ようやくもとの明るい彼が戻ってきた。笑った顔がやはり一番似合う。

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