「……あの」

「ん? あっ、あなたもしかして、火亜様の護衛ちゃん⁉」

 近寄っておずおずと声をかけると、二人がぱっと振り向いた。

 一人はふわふわした短い金髪をポニーテールにして、爽やかな黄緑のリボンを揺らした少女。もう一人は黒髪をおかっぱにした、萌黄色の瞳の小柄な少女だ。

「あ、はい、そうですが」

「えーっ、うそ、まってやだ! 会えると思ってなくて心の準備が!」

「や、やだ……?」

 嫌だというわりには興奮した様子の金髪の少女に、戦は首を傾げる。

「あっ、ごめんなさい! あたし、火亜様ファンクラブの会長で有楽ゆうらって言います!」

(ファンクラブ……?)

 初めて知った。そんなものがあるのか。

 ポニーテールをぴょこんっと揺らして、有楽は勢い良く頭を下げる。その横で、黒髪の少女もきちんと一礼した。

「有楽が騒がしくてすみません。私はファンクラブ副会長の花日はなびです。よろしくお願いします」

「あ、私は鬼頭戦です。よろしくお願い致します」

 つられて頭を下げた戦に、有楽がポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら笑った。

「あの、いや、護衛だからって火亜様が好きとは限らないと思うんですけど、もし苦手とかだったらほんとに申し訳ないんですけど、あの、私ほんとに火亜様のこと大好きで……よっ、よろしければ普段の火亜様のご様子など、お話聞かせていただいてもよろしいでしょうかっ!」

「あ……すみません、なるべく早く護衛に戻らないといけませんので、あまり長話は」

「あっそっかそうですよね! すみません、火亜様の命をお守りする大事なお仕事なのに私ってばもう」

「有楽、興奮する気持ちはものすごくわかるけどちょっと静かに、どうどう」

「ご、ごめん、落ち着く落ち着く、はい深呼吸ー……」

 花日に背中をさすられながら、有楽はなんとか呼吸を整える。戦はやや置いてけぼり気味で何も言えずに立っていた。

「……あの」

「はいっ!」

「先ほど、火亜様が好き……と言っているように、聞こえたのですが」

 なんなら、そのあと戦の目の前でも堂々と言っていたが。

「その、好き……というのは、えっと、どういう感覚なのでしょう?」

「感覚……? えーっと、その人のことを考えるとわくわくしてどきどきしてそわそわして、なんか胸がきゅんきゅんして、こうぐわあって」

「有楽バカ、そんな言い方で伝わるわけないでしょ。護衛さん、私がもっと具体的に説明します。まず、出会ったときにぴしゃーっとなって、全身がぶるぐわにょーんとします」

「ぶ、ぶるぐわにょーん……」

 わからない。何語だ。地獄は広すぎるせいで地域によって方言の差も激しいし、よほど城下町から離れた場所の出身なのだろうか。

「そして、その人のことを考えるとぶおんぎゅあんぴじゅんってなります。どっどど、どどうど、どどうど、どどうって感じです」

 頬を染めて嬉しそうな顔で解説されたが、十分の一も伝わっている気がしない。

「あ、あと、その人のイメージカラーのものとか身に着けたくなりますね」

 やっと有楽が日本語を話してくれた。手首に巻いたスカーフを戦に見せる。

「これ、見た瞬間に赤だ! 火亜様だ! と思って。あ、あと私は花日のことも好きだから、リボンは花日の目の色の萌黄色なんですよ」

 言われた花日は少し照れたように笑った。戦は顎に指を添えて、この七日間を思い出す。

「……そういえば、私も数日前叫喚地獄へ降りたとき、城下町の露店の前を通ったのですが……赤い和傘を売っていて、火亜様がお持ちになったら似合いそうだなと思いました」

「護衛さんも火亜様が好きなんですかっ⁉」

 がばっと有楽に食いつかれ、戦は微妙に後ずさる。まさかこの話題で自分に飛び火するとは思っていなかった。

「好……? いえ、火亜様は主です」

「そっかぁ……えー、でも火亜様と和傘絶対似合うよねぇ」

「わかる。こう、差した傘の下からちらっと目線をこっちに向けてほしいよね……」

「ああ~かっこいい~! あとさ、差してる瞬間もいいけど閉じるときも絶対所作美しいと思うんだよ火亜様」

「和傘と雨と火亜様……うう、好き……心臓に悪いけど健康にいい……」

 どんどん話が脱線して、だんだん話についていけなくなってきた。

 戦はきゃいきゃいと盛り上がる二人におそるおそる声をかける。

「……あの、自分から話しかけて申し訳ないのですが、そろそろ行ってもよろしいでしょうか」

「あっ、はい、どうぞどうぞ! 火亜様をお護りする大事なお役目、頑張ってくださいっ!」

「ありがとうございます」

 有楽がぐっと拳を握り、その横で花日もきゅっと拳を握る。戦は一礼すると、小走りに王宮の庭を走り抜けた。

――結局、ほとんど何もわからなかった。

 何気ない瞬間に相手のことを思い出したら、それが本当に「好き」になるのだろうか。

(そんなわけない。たったそれだけの理由で、命は懸けられない)

 戦は夜空を見上げ、タオルを抱きしめて足を速める。

 すっかり遅くなってしまった。火亜が湯浴みを終えるまでには戻らなければ、護衛の仕事ができない。

(……今日は水浴びと、蒸し風呂サウナだけでいいか)

 ちなみに水浴びというのは釜の熱湯を桶ですくって頭からかぶることであり、蒸し風呂だと思っているのは罪人にとって責め苦となる熱い炎の鉄室だ。

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