第一幕 初七日
第一話 自分の幸せよりも、ずっと
1
「それで、これから僕は閻魔庁に向かうわけだけど。戦は閻魔大王の職務について、どれくらい知っている?」
ひと騒動ありながらも家から戻ってきて、護衛としての生活が始まった翌日。
一定の距離を保って火亜の後ろを歩く戦に、広い廊下を先行する火亜が振り向かないまま聞いた。
閻魔庁――閻魔大王が死者を裁く裁判所であり、地獄の役所でもある。
戦は、まだそこを訪れていない。昨日はそもそも閻魔王宮にやってきたのが夜ということもあり、あのあと閻魔庁での職務はなく、戦の部屋に荷物を置いて終わったのだ。
「閻魔庁では、閻魔大王様は死者たちが嘘をついていないか調べ、転生先の裁判を行うと聞いています」
「うん、やっぱりその認識が強いみたいだね。でも、厳密に言うと少し違うんだ。そうだな、まずは……現世と地獄の時間の流れについては知ってる?」
「はい。現世での一日が、地獄では一年になります」
幼い子でも知っている常識だが、戦に徹底的に常識が欠けていることを昨日一日で実感した火亜は、基礎中の基礎から固めていくことにしたらしい。
「そうだね。この間までは半年だったらしいけど、最近また伸びた。もしかしたら二百年後、四百年後は、現世での一日が地獄での十年になっているかもしれない――そのとき、まだ人間が生きていればの話だけど」
地獄では罪人を捉えておく監獄としての役目以上に、死者を裁き転生先を決める閻魔大王の職務が重視されている。
人の死後の行方はその死者の国籍や宗教によって変わってくるが、この地獄が受け持つのは主に日本の死者たちだ。
それでも、時には四千人近くにもなる死者を一日で裁くのは、いくら閻魔といえど不可能だ。だから今上閻魔大王は、一年間かけて一日分の死者を裁くことにした。
現世での一日を地獄での何日分にするかは、閻魔大王が一日の死者数を見ていつでも自由に変更できる。それに適応するため、地獄で暮らす獄卒鬼たちは、体感時間が人間に比べかなり柔軟で特殊だ。
なお、地獄時間の換算がいくらかに関わらず、現世での一日は「一
ちなみに言っておくと、戦が昨日「五年寝ていない」と口にしたのは五星という意味ではなく、そのまま現世換算の五年間だ。
「今の時間の流れでは、一日に十人前後の死者と向き合うことになっている。ただ、内容は最近変わって、裁判ではなくなったんだけどね」
丁寧な口調でそこまで説明されて、戦は目を
「裁判をしないのですか?」
「ああ。死者の行先を決めるなかで最も決定力が強いのは確かに閻魔大王だけど、独りで何もかも決めているわけじゃない。
朱い壁が栗皮色の木の壁に変わり、階段に入る。淡い檸檬色の明かりが連なる階段を数段先に降りてから、火亜は立ち止まった。
「だから、僕たちの仕事は」
黒髪が軽やかに揺れて、火亜が戦を振り向く。その顔には自信にあふれているようで、どこまでも優しい微笑みが浮かんでいた。
「地獄に堕ちてきた死者から、『最後の言葉』を聴くことだよ」
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