第3話 キルシュ・カシス


 暁に伝えなきゃ・・・

そう思うと落ち着かなくて、暁の顔をまともに見る事ができなかった。

けれど、好きだと自覚してしまったら、暁を目で追ってしまう・・・

自分から暁を誘うのも恥ずかしくて、時間が経つばかりだった。

そんなある日、暁に食事に誘われた。


ーこれは・・・チャンスだよね。今日しかないー


 食事をしていても落ち着かず、話も上の空の私を暁も変だと思ったのだろう。


「美波ちゃん、どうしたの?具合でも悪い?」

「ううん、大丈夫。私、行きたい所あるんだけど連れて行ってもらっても良いかな?」

「もちろん。で、何処行きたいの?」

「海・・・」


私は海とだけしか伝えなかった。

海と言って、暁が何処に行くのか知りたかった。

暁もそれ以上聞かず、車は走り出していた。


「着いたよ。ここで良いかな?」


暁が連れて来てくれたのは、暁が私に告白してくれた場所だった。

そんな暁をやっぱり好きだと実感した。


「うん。当たり。」


海辺にあるベンチに座って、しばらく黙って海を眺めていた。

波の音と海風が心地良かった。


「あきちゃん・・・私・・・」


なかなか言い出せず俯く私に、暁は優しく微笑んでくれた。


「待ってるから、美波ちゃんが言えるようになったら言って。」


ほんの数分だったのか、それともかなりの時間が経っていたのか・・・



 「あきちゃん、私を・・・私をあきちゃんの彼女にして下さい。」

緊張で手は震えて、恥ずかしくて顔を上げることもできなかった。

暁が立ち上がり走って行くのを気配で感じた。


「よっしゃ~!」


 びっくりして顔を上げると、遠くで暁がガッツポーズをしながら叫んでいた。

息を切らして私の元へ駆け寄ると、暁は優しく私を抱きしめた。


「ありがとう。大事にするからね。大好きだよ、美波。」


 嬉しくて涙がこぼれた・・・


「私も・・・私も大好き。」


 夜の海風で冷たくなった私の頬をそっと包んで、優しくキスをしてくれた。

初めてのキスとは違う、優しいけれど長く深いキスだった。


 ずっと待っていてくれた暁を大切にしよう、幸せにしたいと思った。


それからの日々は、毎日が楽しくて幸せだった。

仕事に行けば、毎日暁に会える。

今までと何も変わらない事なのに、毎日がキラキラと輝いて見えた。

週末は、暁の部屋で過ごす事も増えていった。

暁が優しく抱きしめてくれるのも、暁とのキスも本当に幸せだった。

けれど、暁がその先を望んでいるのもわかっていた。


 その日のキスはいつもと違っていた。

いつもの様に、優しいキスから段々と激しさを増し、暁の舌が私の中に入って来て、

驚いて離れようとしたけれど、暁は私の頬を包んだ手を緩めなかった。

最初はただ苦しいだけだったのに、気付くと心地良さを感じていた。


ー何これ・・・やだ、気持ちいい・・・どうしようー


 意識が朦朧としかけた途端、暁が唇を離して耳元で囁いた。


「美波が欲しい。」


その声は苦しそうで瞳は熱を帯びて潤んでいた。

どういう意味なのか、さすがの私にもわかっていた。


「良いよ、あきちゃんにあげる。」


 暁の気持ちが痛い程伝わってきて、拒む理由はなかった。

それでも、やはり怖くて重ねた私の唇は震えていた。


 「美波・・・怖い?止めようか?」

 「ううん・・・怖いけど、大丈夫。あきちゃんだから。」


 その言葉が合図の様に、暁のキスは激しさを増し、その後の事は正直あまり

覚えていなかった。


 けれど、大好きな人と一つになれた・・・それは、やはり幸せな事だった。


 「美波、大事にするからね。」

 「ありがとう。私も・・・私もあきちゃんの事、大事にするから。」


 この幸せな時間がいつまでも続くと、この時の私は信じて疑わなかった。



 しかし、同じ職場というのは、良い事ばかりではない事を徐々に気付かされた。

人間というのは、人の噂話が好きな生き物で、私達の事もあっという間に噂になり、

ある事ない事囁かれるようになった。

 私は違う部署に異動になり、一緒に帰る事もできなくなっていた。

そんな寂しさからのストレスと、心無い噂話のせいで、私は失語症になったりもした。

 そんな状況に疲れた私達は、退職して別々の場所で頑張る事を決めた。

二人でたくさん話し合って、納得して決めた事なのに、離れ離れになるのが

不安で、怖くて、寂しくて辛かった。


 「離れ離れになるけど、毎日美波の事思ってるし、心の中にいつも居るから。」

 「うん。でも・・・」

涙を流す私を暁は優しく抱きしめて、髪を撫でてくれた。

 「週末は毎週会えるし、毎日電話するから。」


あの頃、今の様に携帯があったらもう少し寂しさや不安が少なかったのだろうか。

あの頃の未熟な私も、もう少し素直になれていたのだろうか。

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Blue Tears 翠姫 @Mizuki_25

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