第7話 自作の傷薬
ヘリアの家に来て半年が経った。
ほんの少し身長が伸びて、体つきも変わってきた。痩せ細っていた以前の僕は見る影もない。
伸び放題でボサボサだった髪をバッサリ切り、印象もかなり変わったと思う。
お風呂にも入るようになって、毎日綺麗な服を着ているから傍から見ればお金持ちの子供に見えるだろう。肌にある鱗模様さえ無ければ……。
勉強も順調で文字の読み書きは出来るようになって本が読めるようになり、今は計算も教えてもらっている。
魔法の勉強も基礎的な知識はだいたい学んだ。
蝋燭や薪に火を付けたり、コップに水を注いだり、微風を起こしたり、小さな土塊を操れるようになった。
そしてこの半年間、時間を見つけては瞑想を行っていたから僕の魔力は結構大きくなった。豆粒程だったのが卵ぐらいになったのだ。ヘリアさんは上出来だと喜んでくれた。
僕は日々成長をしているけど、ユルムはどういうことか全く変わらない。ちゃんと餌をあげているけど、出会った時のままの大きさだ。
あまり大きくならない種なのかと思ったけど、そんな感じじゃないとは思う。
ユルムを成長させる何かが足りないのかもしれない。それが何なのかわからない。
「よし」
家の掃除を一通り終えて汗を拭う。住まわせてもらっている以上なにかしないといけないと思って、家の掃除とかお手伝いをさせてもらっているのだ。
部屋がいくつもあって最初は大変だったけど、半年もやっていれば慣れてくる。だから掃除とか色々任せてもらえるようになった。
掃除は終わったことだし、僕は自分の部屋に戻ってきた薬の調合を行う。
文字の読み書きが出来るようになって、蔵書室で本を読み始めたときに薬作りの本を見つけは勉強を始めた。前に簡単な傷薬を作るのを手伝ったときに、それが楽しかったら自分には薬作りが性に合うと思った。ヘリアも筋があると褒めてくれたし。
ベッドで寝ていたユルムが起きてスルスルと僕のところに来る。
「今から傷薬を作るからね」
ユルムは分かったと頷くと窓際で日向ぼっこを始める。
僕は棚から傷薬の材料と道具を出して机に置いた。
魔法で小さな鍋に水を入れて、火の魔法で沸騰させる。沸騰した水にススニアの花を入れて暫く置いておく。そうすることでススニアの花の成分を抽出される。
ススニアの花には傷を癒やす力があるけどそれ程効果は高くない。ちなみに、この花は道端にどこでも咲いている。
その間にアコニアの樹皮を水につけてすり鉢で潰す。汁が滲み出るから布で絞って溜める。
アコニアの樹は薬木の一種で、薬の効果を高める成分がある。樹皮は樹液よりは効果は劣るけど消毒成分も含まれるから傷薬を作るのには重宝されるのだ。
ススニアの花を入れた熱湯は人肌になった頃合いを見て茶漉しで花を取り、そこにアコニアの樹皮液を入れる。
ここでは大事なのが分量だ。正確な配合をすることでより薬の効果を高められる。ヘリアから教えてもらったことだ。
正確な配合は自分で見つける事だと言われ、この半年間、試行錯誤して自分なりの配合を見つけ出した。この作業が思いの外楽しかった。
「よし、出来た」
傷薬が完成したら小瓶に小分けする。これは後日冒険者ギルドに持っていく。
「終わったよ」
ユルムに声をかけるとスルスルと僕の体を登ってきて首に巻き付く。
「明日一緒にこの薬持っていこうね」
ユルムは頷いく。
傷薬が入った小瓶を全部箱に入れて割れないように保管し、使った道具と残った材料を片付ける。
夕食までまだ時間があるから、僕はベッドで胡座をかいて瞑想した。
翌日、僕は出かける準備をする。手袋をして仮面をつけてローブを着て、昨日作った傷薬が入った箱を抱えて部屋を出た。廊下には丁度ヘリアが居た。
「ギルドに行くのね。ついでにお使いを頼んで良いかしら」
「はい! 任せてください」
「ありがとうね。これはミスカに渡してくれる? それからいつものお店でアクイラリスの木の髄を買ってきてくほしいの」
一旦箱を置いて手紙を受け取る。
「分かりました。では行ってきます」
「それじゃあお願いね。気をつけて行ってらっしゃい」
微笑み玄関まで見送ってくれた。箱をしっかり抱えて落とさないように冒険者ギルドに向かった。
特に問題なく冒険者ギルドに到着して僕は体でドアを押して中に入った。
「お、ルーレイじゃないか! また傷薬を作ったのか?」
「セルネイさんこんにちは。そうです。なので売りに来ました」
「そうか、それじゃあまたな」
「あらルーレイじゃない」
「マーシアさんこんにちは」
「よぉ」
「リヤンさんこんにちは」
この半年間、何度も冒険者ギルドに来ているからいろんな冒険者と知り合いになって声をかけてもらえるようになった。挨拶をしてミスカのいる受付のカウンターに向かう。
「ルーレイ君! また傷薬持ってきてくれたの?」
満面の笑みで対応してくれるミスカ。
「こんにちはミスカさん。はい。買い取りお願いします」
「凄く助かるわ! 君の作った傷薬って効果が高いのよね! 結構評判なのよ!」
「そう言ってもらえて嬉しいです。作った甲斐があります」
嘘偽りないミスカの言葉がすごく嬉しい。
「それじゃあ鑑定してくるかちょっと待っててね~!」
箱を持っていく。しばらく待っているとトレーにお金を乗せて戻ってきた。
「今回も品質最高だったわ!」
お墨付きを頂く。
手続きを済ませてお金を受け取った。今回の売上は五千ギルタだ。かなり良い収入だ。
「ヘリアさんからこれを預かってます」
届けるように頼まれた手紙をミスカに渡す。ミスカは手紙を受け取ると、直ぐに封を開けて読む。
「ありがとうね!」
手紙には何が書かれていたのだろうか。まあ知ることは出来ないだろうし、用事は済んだ。
「それじゃあ僕は帰りますね」
「ねね、冒険者やって見る気になった?」
僕が傷薬を届けてくるたびに聞いてくる。そんなに僕に冒険者になって欲しいのだろうか。興味無い訳ではないけど僕に出来るのか疑問だ。
でも毎回毎回期待する眼差しにこれ以上はぐらかして応えないわけにもいかない。
「ヘリアさんに聞いてみます。良いって言ったら冒険者になってみます」
「うんうん!! ルーレイ君ならきっと良い冒険者になるよ!!」
何を根拠にそういうのか分からないけど、期待されるのは嫌じゃない。
ヘリアと出会う前は誰からも期待されることはなく、寧ろ嫌われて除け者にされていた。だから期待されるのは嬉しいけど、その期待を裏切ってしまった時にガッカリされて嫌われるんじゃないかと怖くなってしまう。
まぁいくら考えても仕方ないし、いつまでも避けるわけにはいかない。帰ったらヘリアに相談してみようと考えた。
ギルドを後にした僕はいつも薬草とかを買っているお店に行く。
「ミルお婆さんこんにちは」
薬の材料が所狭しと置かれているお店の奥に、小柄なお婆さんがキセルをふかしている。
「おやルーレイじゃないか。今日もお使いかい?」
「はい! アクイラリスの木の髄をお願いします!」
「はいよ。これ飲んでちょっと待ってな」
お茶を入れてくれて品物を取りに行くミルお婆さん。いつも美味しいお茶を入れてくれて心が落ち着く。
ちなみに、ミルお婆さんは僕の体の事を知っている人物の一人だ。だからお店に他のお客さんが居ないときはローブを脱いで仮面を取る。
ふぅっと一息ついてお茶を飲んだ。ユルムも僕の膝の上で寛ぐ。
十分程してミルお婆さんが戻ってきた。手にはアクイラリスの木の髄がある。それを丁寧に綺麗な紙で包むと僕に差し出した。
「六万ギルタだよ」
「はい!」
ヘリアから預かっている財布から普通の金貨とは形が違う一万ギルタ金貨を六枚出して支払う。
「傷薬の方はどうだい?」
「昨日丁度作ったので、良かったら見てください!」
一つ取っておいた傷薬を渡す。ミルお婆さんは机の引き出しからメガネを取り出して、かけて傷薬を凝視する。
「……なかなか良いじゃないか。良く出来てるよ」
「ありがとうございます!」
褒められて凄く嬉しい。
最初の頃はあれこれてダメ出しばかりされて泣かされていたから。
傷薬を返してもらい、一緒にお茶をしながら世間話をした。
ついつい世間話が長くなってしまって帰りが遅くなってしまった。
家に帰り、ヘリアの部屋のドアをノックする。
「ヘリアさん居ますか?」
「入っていいわよ」
中から返事がして、僕は部屋の中に入った。
「おかえりなさい」
「ただいまです。頼まれていた手紙を渡してきました。あとこれをどうぞ」
買ってきたアクイラリスの木の髄を渡す。
「ありがとうね。とても助かったわ」
「あの、相談が……あります」
「何かしら?」
「その、冒険者になろうかなって思って……」
「そうねぇ……。それじゃあ明日テストしてみましょう」
「テストですか?」
「どれだけ魔法を身に着けたのかのテスト。最低限自分の身を守れるくらいじゃないと危ないからね」
「分かりました」
ヘリアの部屋を出て自分お部屋に戻る。
ユルムは僕の体から降りるとベッドに向かい、ふかふかの布団の上でとぐろを巻く。窓際に椅子をおいて空を綺麗な空を眺めながら明日のテストのことを考えた。
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