第2話 出会い

 小さな黒蛇と一緒に暮らし始めて十数日。

 村は惨殺された男達の死体が腐敗し酷い臭いが漂う。

 それでも自分の家から離れようとは考えず、黒蛇とともに暮らしていた。

 寝ている僕のお腹を這う黒蛇。


「あははは! くすぐったいよ!」


 四六時中一緒に居る仲良しだ。


「行こう」


 起き上がると黒蛇は僕の首に巻き付く。

 そのまま家を出て森へと向かった。

 周囲に気をつけながら自分の気配を押し殺して慎重に行く。

 いつものように地面から雑草を引き千切って口の中に放り込んだ。


「これはビリビリする葉っぱだ」


 雑草はいろんな味がしてほとんどはあんまり美味しくないけど、たまに美味しいのがあると嬉しくなる。

 ビリビリする草や、匂いが強い草、グニュグニュしてたりシャキシャキしてたり色々ある。


「この辺は美味しいのがいっぱいだ」


 僕は夢中になって草を食べた。

 黒い蛇は木漏れ日で日向ぼっこしている。そんな時、なにかの気配が急速に近づいてくるのを感じた。

 黒い蛇もそれを察知したようで、僕の体を這い上がり首に巻き付いた。


「な、なんだ……?」


 なにかの気配はもうすぐそこだ。

 今から逃げても無駄だと思い、僕は木陰に隠れて息を潜める。気配の主はすぐに姿を表した。


「ッ!!」


 僕よりも体が大きな狼だ。

 狼は地面に鼻を近づけて匂いを嗅ぎながら行ったり来たりしている。僕は必死に口を抑えて息を潜める。

 大きい狼はグワっと俺が隠れている木の方を向く。

 見つかった!!

 脱兎の如く逃げる。狼の気配が背後から迫って来るのを感じる。迫る死の恐怖に胸が苦しい。


「ハァハァハァハァ……うわぁ!!」


 ドンッと背中に強い衝撃を受ける。

 勢いよく地面に倒れた。

 狼は倒れた僕の上にまたがり大きく口を開けた。


「うわあああああああ!!」


 喰い殺される!!

 黒い蛇は僕から離れ、狼の足に噛み付いた。

 狼は足を払って噛みつく黒い蛇を追い払おうとする。

 その隙に逃げ出そうと考えたけど、腰が抜けてうまく逃げられない。

 黒い蛇を追い払った狼は前足で僕を押さえつけ、今度こそ僕を食べようと口を開けた。


「いやだあああああああ!!」


 僕の叫びが森に響く。

 狼はそんなのお構いなしに僕の喉元を喰らいつこうとした瞬間、ピタッと動きを止めた。


「グルルルルルルルルル!!」


 唸り声を上げる狼。

 狼の全身に太い木の蔓が絡みついていた。

 雁字搦めになった狼は蔓から逃れようと暴れるけど、蔓はビクともしない。

 何かの気配が僕に近づいてくる。その気配は悪意を全く感じない穏やかな感じだ。


「大丈夫?」


 気配の主は僕にそう聞いてくる。

 耳の長い緑髪の美しい女の人が現れ、僕の側に来て顔を覗き込んできた。


「もう大丈夫よ」


 その女性はそう言うと、狼に手を翳した。次の瞬間、見えない何かで狼を切り刻んで倒した。

 その光景に僕は呆気に取られる。


「君、立てる?」


 綺麗な女性は僕に手を差し伸べる。


「ッ……」


 僕はどうしていいか分からず、戸惑い、思わずその場から逃げ出した。

 脇目も振らずに一目散に森を出て自分の家に向い、中に入って隅っこで蹲って頭を抱える。

 どうして?あの人は誰?どうしたらいいの? そんなことをぐるぐると考え、いつの間にか眠ってしまった。


 目が覚めると側には小さな黒蛇が居て、頭を上げて僕を見る。

 黒い蛇は僕に「大丈夫?」と聞いている感じがした。


「……大丈夫だよ」


 手を差し伸べると黒い蛇はスルスルと這い上がってきて、僕の首に巻き付いた。


「この匂いは……?」


 何かが焼けるような強い臭いに気がついた。急いで家を出ると、近所から黒煙が上っている。

 村に人の気配がする。それは狼から助けてくれたあの女性の気配だ。

 気配は村の中から僕の方へ近づいてくる。

 急いで逃げないと。そう思って逃げようとした瞬間、一瞬にして僕に近づき手首を掴まれた。


「まって、逃げないで。私はヘリア。君はこの村の生き残りなのかな? 話を聞かせてくれない?」


「は、離して……」


 掴まれた手首を振りほどこうと必死に抵抗したけど、力負けして離れなかった。

 僕の首に巻き付いている黒蛇は頭を上げて威嚇をする。


「落ち着いて。悪いようにはしないから。お腹空いている?」


 ヘリアは何も無い空間に手を入れると、果物を取り出してそれを僕に差し出した。青くてみずみずしい美味しそうな匂いに思わずお腹がなってゴクリと唾を飲み込む。


「食べていいよ」


 僕は空腹と果物の誘惑に葛藤する。

 チラっとヘリアの眼を見て僕をどうこうしようというのは感じない。純粋にこの果物を僕にくれようとしているがわかる。

 だからおずおずと果物を受け取った。青い果物に齧り付くと口の中いっぱいに芳醇な甘みが広がり、果汁が溢れ滴る。


「ッ!!」


 はぐはぐと果物をかっくらいあっという間に食べ終わってしまった。


「美味しかった? まだあるよ」


 ヘリアは再び空間に手を入れると同じ青い果物を取り出した。

 青い果物を四個食べて僕はお腹が満たされる。果汁でベトベトになった僕の手と口周りを浮かび上がる水が洗い流してくれる。


「ねぇ、君の名前は?」


「……わかんない」


 名前で呼ばれたことが無いから自分の名前なんかわからない。

 物心ついたときから僕は「人もどき」だから。

 僕に名前があるのだろうか。


「そっか……。何歳かな?」


「……わかんない」


 村の子供達は何歳になったとかで喜んだりお祝いされていたけど、僕は誰からも喜ばれたりお祝いされたことが無い。だから僕はいつ生まれて今何歳なのかわからない。


「……それじゃあお家は何処かな? 連れてってくれる?」


「僕の家は……こっち」


 村の外のボロボロの小屋にヘリアを案内した。

 僕の家を見てヘリアは眉間にシワを寄せて何を考える仕草をする。

 家の中に入り、手のひらに光の玉を浮かべて照らした。

 何もない家の中。僕が寝っ転がっていたところだけ地面が摩耗し少し凹んでいる。物はなにもないけど僕がここでずっと暮らしていた生活感がある。


「君は……ここで一人で暮らしていたの……?」


 ヘリアが聞くから頷いた。

 僕は自分の家にこうして誰かを招くのは初めてだから、どうしたら良いか分からず落ち着かない。


「そう……。一先ず、この村で何があったのか教えてもらっていいかな?」


「わ、わからない……。僕、お腹すいたから森で葉っぱ食べて……帰ってきたら皆居なくなってた……です」


「一人で森に?」


「……うん」


「分かったわ。ありがとう」


 ヘリアはブツブツとなにかを呟き考える。考え終わった彼女は僕の眼を見る。


「ねぇ君、私と一緒に来ない?」


「一緒に……?」


「そう。ここには君しか居ないんでしょう? ほっとけないし私が君の面倒を見るわ。どうかな?」


 そんなこと言われるのは初めてだ。村の人全員から嫌われていた僕なんかでいいのかな。迷惑になるんじゃないかと考える。そんな僕を真っ直ぐみるヘリア。


「大丈夫よ。何も心配することはないわ。君一人ぐらいなら余裕で養えるんだから」


 笑顔を僕に向ける。人に蔑まれ嘲笑されてきたけど、優しさと笑顔を向けられるのは初めてだ。

 心臓が大きく脈動し、全身が高揚する。言いようのない感情がこみ上げてくる。これが……嬉しいということなのだろうか。僕にはわからない。

 だけど、この人について行ってみたいと僕は思った。



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