第24話 現代は古代

 ガルベス先生のどこか眠気を誘う穏やかな口調で語られる「歴史おもしろ雑学」も大変面白かった。

 生徒が「寝そうだな」と気づくと、歴史にまつわる雑学を颯爽と披露しては興味を引いて眠気を吹き飛ばすのだ。試験勉強中は一家に一人ほしい。

 なんて呟いたら『あんなおっさんが家にいたら嫌やわ』と呆れられた。

 面白い雑学を知っている上に喋りもうまい人なんてそうそういないのに残念。

 似非関西弁を喋っているんだからホロにもわかりそうなものなのに、なんて言ったら「理論立てての面白さなんてうちは求めてないんや』とかいう。

 うん、私にはわからない世界のようだ。

 そして今は授業が終わりを告げ、皆が背伸びしたり数人は先生に質問しにいく時間。

 私はふと疑問に思ったことを口にする。


「パイロット養成学校っていうから、もっとこう、殺伐としてるのかと思ったけど。なんだかフツーの学生ね」


 私が膝の上にちょこんと乗せたホロ(ちなみにクラスメイトたちには『高性能サポートユニット』として説明した)に小声で話しかける。

 ちなみにナノマシン集合体であるために実際にはホロをつまんだり膝の上に乗っけたりというのは難しいらしいのだが、そのあたりは空気を読んでホロが『そういう動作をしてるんや、サービス精神旺盛やろ?』とのこと。


『当たり前やろ。なんやお嬢ちゃん。もしかしてロゼを操縦するだけの、感情のない殺戮マシーンでも育てとると思ったんか?』

「そうじゃないけど、なんだか意外だなぁって。パイロットになることと歴史を学ぶことって、あんまり関係なさそうだし」


 今でこそ記憶力と頭の良さに物言わせて余裕をかましているサーシャだが、沙耶として生きていた学生時代は非常に苦労した。

 それはもう、苦労した。

 苦労に苦労を重ねて「なんで私は理系選択なのに日本史Bをとっているんだろ」と当時の大学受験にまつわる黒歴史を思い出す。

 あの時は単に「日本史のほうが地理よりおもしろそうじゃん」で選択していたのだが、思い返せばあれがその後の人生観を決定づけたようなものだ。

 なんて一人感慨に耽っていたらホロが突然私の体を動かし、教壇に向かってダッシュし始めるではないか。


「ちょっ、ホロ!」

『あーあ、先生ぇ! このポンコツアンドロイドには、歴史よりも先に道徳を教えたってや! 人の心が分かりまへん!』

「誰がポンコツよ!」


 私がカッとなってホロを叩こうとすると、教室中からドッと笑いが起きた。ロジャーやミラまでもが、肩を震わせている。

 昨日の一件以来、私はすっかりクラスの中心人物になっていた。良い意味で、だといいけど。


「はっはっは。仲が良いのは結構なことだ」


 急ブレーキをかけ先生の目の前に立つ私(操られて、だけど)。

 そんな光景にガルベス先生も、人の良さそうな笑みを浮かべている。


「さてサーシャ君、どうして我々パイロットが、歴史を学ぶ必要があると思うかね?」


 私はギクリとする。


「え、えっと……温故知新、とかですか?」

「その通り!」


 ガルベス先生は、嬉しそうに頷いた。私は温故知新という単語が2000年後にも残っていたことに安堵だよ。


「我々人類は、ロゼを手に入れる遥か以前から、独自の力でこの過酷な宇宙を開拓してきた。その歴史には無数の失敗と、それを乗り越えた知恵が詰まっている。ロゼという力にばかり頼っていては、いつか必ず壁にぶち当たる。その時、我々の祖先が武器も力もない中で、どうやって知恵で危機を脱してきたかを知っておくことは、非常に有益なことなのだよ」


 先生は、熱っぽく語る。


「例えば、宇宙進出の黎明期である、西暦21世紀。古代地球文明期とも呼ばれる時代だ」


(古代……)


 私の生きていた時代が、もうそんな扱いになっていることに、少しだけ眩暈がした。


「資料によれば当時の人々は、現代のような神経接続技術を持たなかった。にもかかわらず『インターネット』と呼ばれる原始的な集合意識を形成し、その中で『炎上』と呼ばれる儀式的な自己破壊行動を繰り返していたという。実に不可解だが、これは当時の人々が、見えざる敵に対する一種の防衛本能として——」


 ガルベス先生が自信たっぷりに語る、あまりにも見当違いなご高説。


(それ、絶対違う! ただのストレス発散と正義感の暴走だよ!)


 心の中で全力でツッコミを入れながら、私は、この時代の歴史認識の「深さ」に、別の意味で辟易としてくるのだった。

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