第8話 覚悟の決め所

「司令! アンノウン機よりデータ受信! モニターに転送します!」


 ノインの報告と共に、副艦橋の中央モニターに新たな情報が割り込んだ。表示されたのは、無数のソラバチが形成する巨大なハニカム構造。その頂点を担う、静止した個体だけが白くハイライトされている。

 データには、簡潔なテキストが添えられていた。

【静止個体、友軍に有利なフィールド形成阻害の可能性アリ。優先的撃破を推奨】


「……全オペレーター、対象個体の挙動を再確認しろ!」


 ガンツが命じると、即座に複数の報告が上がる。


「対象、完全に静止しています!」

「こちらに対し、敵対行動の意思は見られません!」


 ガンツは数秒だけ目を閉じ、そして、決断した。


「予備役どもに命令だ。スリーマンセルを組み、指定された静止個体に対し、最大速度にて接近。第2種電磁砲の射程圏内に入り次第、超遠距離狙撃を実行。当たっても当たらなくてもかまわん。各機、射撃後は即座に戦線を離脱し、帰投せよ。戦闘中の友軍機には接触するな」

「はっ!」


 オペレーターたちが、慌ただしく命令を伝達していく。

 ガンツはモニターに表示された「生きた要塞」を睨みつけ、呟いた。


「……これで、戦況が少しでも好転すればいいがな」


 ◇


「——という訳で、俺らの当面の目標は、あの動かんやつらを一体ずつ、確実に潰していくことや」


 宇宙空間に浮かぶロゼのコックピットで、ホロが作戦を説明していた。モニターには、私たちが進むべきルートが示されている。それは、ハニカム構造の外縁をなぞるように中央へ向かう、静止個体を繋ぐ線だった。


「こいつらは、おそらく情報伝達か、あるいは敵に有利な特殊なフィールドかなんかを発生させとる可能性が高い。真正面から突っ切るより、このハニカムを崩しながら進んだ方が、結果的に安全やろ。んで、女王に突撃できる距離まで近づいたら、一気にケリをつける」

「でも、このロゼには剣しかないのよ? 近付いたら流石に反撃されて、手間取るんじゃないの?」


 私の当然の疑問に、ホロは「問題ない」と答えた。


「さっき、後方でドカンと一発、派手な花火が上がったやろ。ありゃ、この船の予備役……ひよっこ共が、俺が教えた静止個体を狙撃したんや。ほんで、結果は上々。静止個体はハニカム構造の維持に全リソースを割いとるらしくてな、反撃は一切なかったわ」


 モニターに示されたルートも、戦闘中のソラバチを避け、静止個体だけを叩ける最短経路が計算されている。

 準備は、万端というわけだ。

 後は行くだけ、という状況でふと、ホロが静かに問いかけた。


『……お嬢ちゃん。いけるか?』

「——え?」


 今更、なんだろう。その問いかけに、私は少しだけ眉をひそめた。


「なんで、今そんなこと聞くのよ」

『いやな、振り返ってみれば、アンタの意思ガン無視で、かなり強引にここまで連れてきたなぁと、ちょっと思っただけや』

「今更と言えば今更すぎるし、それが『ちょっと』だけだったことには大変不満です」


 私がむすっとしながら言うと、ホロは楽しそうに光を揺らした。

 それでも、私は続ける。


「でも、今は生き残るために女王を討つ。……なんでか分からないけど、それは、しなきゃいけない事なんだって、私の中で、しっくり来てるの」

『——サーシャの、記憶か』

「何かいった?」


 「うんにゃ、なんも?」とホロが答える。そして、彼はいつもの快活な声に戻った。


『よし、ええ返事や! ほな、行こか!』


 ホロの言葉と共に、私はロゼのスラスターを点火した。

 目指すは、敵陣の最奥。

「生きた要塞」の中心で、私たちを待つ女王の元へ。

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