第30話 もう一つの置き土産

 ちびっこいやせっぽっちの頼りない少女。

 自分の見立てでは恐らく中学を卒業したかしないか程度。

 なつめが見たいちごへの印象はそれだけだった。


(まぁ、こんな所に入り浸ってるんじゃ訳アリなのは間違いないでしょうが~)


 なつめはやる気なさげな瞳で鼻息荒く語る少女を観察する。

 その間も少女は、ソースコードの画面からアプリを起動した際の画面へと切り替えて説明を進める。

 まるほど、説明を聞いた限りでは既存のSNSの問題点を修正してチョコチョコと独自色を出したSNS、そう言った印象だった。


「ふ~ん。まぁボクはプログラミングの事は良く分からないっすけど。まぁそこそこいけるんじゃないっすかね~」


(知らんけど)と言う言葉を飲み込みつつ、なつめは疑問に思っていたことを口にする。


「んで、りんご……さん? アナタがこれを開発したんっすか?」


 目の前にいるのは自分より年下の少女。

 まぁプログラマに年齢制限はない、幼い頃からパソコンに触れて来たのなら――

 と、なつめが想像を働かせていると、そこに江崎が口を挟んだ。


「そうだよ。これは彼女が1週間ばかりで開発したソフトだ」

「……は?」


 ぽかんと口を開けたなつめへ、江崎はさらに追い打ちをかける。


「付け加えるなら彼女がパソコンに触れたのはおよそ一月前。それまではキーボードにすら触れたことの無いずぶの素人ってわけさ」


「……はぁあぁ?」


 全く持ってこの男が何を言っているのか分からない。

 確かに自分はプログラミングに関しては素人だが、それでもその時間が常識の埒外であるという事ぐらいは分かる。


「あの~。ボクにそんなことを吹き込んでいったいアナタに何の得が?」


 ついさっき信頼関係がどーとか偉そうな言葉を言っていた口から出たあからさまな誇大表現に、なつめはあからさまに顔をしかめる。

 そこに、これまで存在しなかった第三者の声が響いてきた。


『けーっけっけっけ! まぁ大部分は俺様の手によるものだが、メインフレームを作ったのがその小娘ってのは間違いじゃねぇぜッ!』

「うにゃ⁉」


 突然パソコンから鳴り響いてきた品のない機会音声に、なつめはビクリと体を膠着させる。


「なっ……なんですこれ? AIですか?」


 いつの間にかディスプレイには一匹の蜘蛛が表示されていた。

 見た目はジョロウグモのように黄色と黒で彩られているが、その腹部にはドクロの模様が刻まれていて、少々古臭いヤンキーが好んでそうなデザインだった。


『あーん? AIー? けっ俺様をそんな二級品と一緒にすんじゃねぇよッ!

 俺様の名は電子蜘蛛、最新最強の妖怪様だぜッ!』


 蜘蛛のアイコンの笑いと同時に、その背に刻まれたドクロもケタケタと笑みを浮かべた。



 ★



「はぁはぁ。つまりはあのおっかないお姉さんが作り出したパソコンの付喪神って事っすか?」


 江崎たちに事のあらましを教えられたなつめはそう言って話をまとめた。


「しかし……付喪神っすか~」


 なつめはそう言って小首をかしげる。

 付喪神は長く使われた物品に様々な念や信仰などが積み重なり形をなした妖怪である。

 しかし、目の前にあるノートパソコンは2~3年物の型落ち品。とてもじゃないが妖怪化するほどの歴史はないように思えた。


『けけけ。まぁそこはあの古狸の力って奴だな。奴さんがなんやかんやした結果生まれたのが俺様ってことだ』


 電子蜘蛛はそう言ってグネグネと足を動かす。恐らくは喜びとかを表しているのだろうがはっきり言って不気味なだけである。


「はぁ、まぁそれは分かりました」


 歴史に名を遺す大妖怪がどこまでできるのかなんて自分には計り知れない。少なくとも死しても消えることの無いあれやこれやを残せることは確かだが――

 と、自分の心臓に絡みつくナニカに違和感を覚えつつ、なつめは電子蜘蛛へと問いかける。


「で? その最新最強の妖である電子蜘蛛さんは何が出来るんです?」


 ゲーマーである彼女にとってユニットのデータを把握するのは呼吸と同じ。

 どこまで協力関係とやらを築くことになるかは未定だが、押さえておかなければならない点だった。


『けーーーーけっけっけッ!』


 と、電子蜘蛛は呵々大笑した後、ボリュームを最小にしてこう言った。


『まぁ……今の所は……小娘の……サポート……だな』

「……はぁ?」

『うっせぇな! この地味眼鏡! 3年前に製造された市販品の俺様が付喪神になれた事がどれだけ奇跡的なことがテメェに分かんのかよ⁉』

「あ~、はい。それはまぁ、想像が付くっすけど~」


 世界初のコンピューターであるENIACクラスならそうなってもおかしくはない。だが、目の前にあるのは誰でも買える歴史の浅い市販品。それを成した隠神刑部の力は恐るべきものだが、それによって成された電子蜘蛛に関しては所詮は市販品程度のものでしかないという所だろう。


 と、なつめが蔑みの視線を電子蜘蛛へと向けていると、あわあわといちごが口を挟んだ。


「いっいえ! スプーキーさんはとても役に立ってます!」

「ほえ? スプーキー?」

「はい! 電子蜘蛛って呼び名あまり可愛く無いですよね! だからスプーキーさんです!」


 いちごは鼻息荒くそう主張する。


「はぁ……。まぁ呼び名はどうでもいいっすけど~」


 なつめはポリポリと頭をかきつつそう呟く。

 なるほど、この少女がプログラミングの天才らしいことは分かった。このプログラミング補助AI的な妖怪の助けがあったとしても、この短時間で全くのゼロから一つのソフトを作り上げたのだ。

 それはいい。それはいいのだが……。


「だけど、新型SNSっすか~」


 モニターに表示されたStepのタイトルを見る。

 SNSなんてものは結局のところ利用者数が物を言う世界。

 となれば、どうしても先発有利なのは崩しようがない。

 そんな風に眉根を寄せるなつめへ、いちごは決意を込めた瞳でこう語る。


「江崎さんに今のネット環境はよく教えていただきました。

 既存SNSは完全に向こうの手に落ちている、少しでも危ない橋を渡れば直ぐにアカウントが停止されてしまいます」


 その言葉に、なつめはかつての上司の顔が浮かぶ。

 快楽主義で回りくどいことを好む性質ではあるが、その本質は陰湿で、執念深く、徹底主義。

 自分が決めたラインを半歩でも踏み越えれば容赦なく処断を下すような存在だ。


(ボクみたいなザコがどう出ようが、全ては向こうの手のひらの上。あのまま消えるのが最善手だったんっすけどね~)


 心の中でため息一つ。

 心臓に埋め込まれた呪いは、ため息程度じゃびくともしない。

 隠神刑部より下された指令。それを旨いとこ掻い潜りながら、かつてのボスである九尾の狐の気分を害さない。そんな高度な位置取りが要求されるミッションだった。


(けどまぁ、この分じゃ心配なさそうっすね)


 今更新しいSNSが一つ出た程度では、九尾の狐が築き上げた完璧な情報統制は揺るがない。

 りんごが戻るまでフラフラと護衛任務っぽいふりをしていれば呪いも大人しくしてくれるだろう。

 なつめはそう判断したのだった。

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