#143 0日婚と20年婚約
令和7年の今 昭和の0日婚が始まりのドラマが
ヒットしているようです
今の人たちには おとぎ話のようで
信じられないけどロマンチックなんでしょうね
前にも触れたと思いますが 私の祖父母は0日婚でした
別に ロマンチックではありませんが
大阪天満の糸問屋の跡取りと三田の大百姓の娘の縁が
どうつながったのかは不明ですが
見合いは双方の母親が 有馬温泉で会って決めたと
聞いています
当人同士は結婚式が初対面だったそうですので
まさしく 交際0日婚 です
祖母が丁稚に荷物を持たせて里帰りしたとか
母が〝いとはん〟(長女)と呼ばれていたとか聞いてますので
ちなみに 末娘は〝こいさん〟中の娘は〝なかんちゃん〟
と呼びます
糸問屋はしばらくあったようですが 主が亡くなった後
その細君(祖父の継母)は妹と 北新地で料亭を開きます
堅物の祖父は その商売を嫌って 大阪府警に入りました
どうも 儀仗兵的役割をしていたようで
大阪に天皇が来た時は バイクで先導したといい その時に
もらった 勲章?とか煙草の箱とかを見せてもらった事があります
その頃の写真も第一礼装で 肩章や肋骨みたいな留め具?が
上着についてて サーベルを持っていました
陸軍は軍刀 海軍は短剣 なのでサーベル?
後に開戦前 スパイとして憲兵に連行された男が逃げて目の前で
警察の窓から飛び降りたのを見て この流れにはついて行けないと
新聞社に転職したと聞いています
で 20年婚約ですが これは母です
生まれる子が女の子なら 妹の7歳の子と
決めていたので 生まれてすぐに婚約が成立したのです
20年後に終戦になり 空襲で継ぐべき店もなくなり
母は父を選んだので この婚約は実行されていません
お相手のAさんは三十近くまで待ってた訳で まあひどい話ですが
実はこのAさん 京大理系の方で後に母校で教鞭をとられたと聞いています
戦時中は 研究職将校として海軍に配属されて 大学に残っていたそうです
〝男前ではあったが 好きな顔ではなかった〟と言ってた母も
全身白の夏の軍服は〝かっこよかった〟と言ってました
丸坊主・カーキ色の軍服・軍刀 の陸軍将校と違い
海軍将校は長髪・短剣なのも人気だったそうです
彼は家に訪ねてくる時 実験室で作った合成甘味料を持って来たそうで
砂糖の手に入りにくい時代 母の弟妹はそれを楽しみにしていたとか
そして 終戦後 「実は 原爆の研究をしていた」と話されたそうで
母は 半信半疑ながら「それが本当で成功してたら もっと大変な事に
なってた」と言い 私はほぼ信じてなかったのですが
平成になって 日本での原爆研究の話を元にしたという映画が公開され
舞台が京大で あれ本当だったのか と改めて 青ざめました
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