第3話 時計塔の入り口
新しいローファーを店員さんから受け取ると、咲子は再び走り出した。
紙袋の中で靴が跳ねる感触がじわじわ伝わる。
ぼこぼこになりませんように。ぼこぼこになったら、私もお母さんにぼこぼこにされるんだから、と紙袋を抱え直す。
まだ午後の二時。空は真っ青で、鬱陶しい風さえなければこの春に満点をつけてあげたい。日はまだ沈まない。でも咲子は走るのを止めようとはしなかった。
おじさんのくれた地図は、意外にも読みやすく、そしてこの地図通りに行くと、案外ショッピングモールから近い距離にあることがわかった。
本屋の裏側にまわると、まだ手の付けられていない自然の森がある。おじさんの地図には「本屋の裏の看板」とメモが書いてある。
近づいて、目を凝らすと、木が生い茂っている所に、膝にも届かないくらい背の低い、白いペンキで塗られた看板がささっていた。
「時計塔 管理:風波高等学校 直進」
とりあえず進もうと、階段を上った。
三段上がると、今度は三段下りがあった。何のための階段なんだ。
踏み外さないように階段を降りると、さっきは高さがあって見えなかった、レンガの細い道が姿を現した。紫、赤、ベージュのレンガがひっそりと敷き詰められている。入り口からは見えなかったから、この道を隠したかったのだろうか。
ここから先は、本当に直進するだけで、妖精も変な生き物も特にはいなかった。
五分歩いたところで、ベージュの大きな塔が見えた。これも入り口からは見えなかった。こんなに大きくて目立つのに、時計の針もここからは全く見えない。
ファンシーな物語に出てくるような、木の扉があった。手を横に広げたくらいの、ドアにしては大きいサイズだ。にしても、本当にあっけなく辿り着いてしまった。
きっと、ここが入り口なのだろう。入っていいのかな。でも、誰にも会わなかったし、管理人さんきっと中にいるよな。
おじさん中に入れる、って言ってたから、入って大丈夫だよね。管理人さんがたまに来るだけで普段ここにいない可能性も考えたが、そしたらおじさんは咲子がここへ行くことを止めていただろう。
意を決して、黒い鉄で出来たドアノブに手をかけた。
あ、待って、どうやって管理人さんにここまで来た経緯を説明しよう。いや、ちょっと待て、管理さんがコワモテだったらどうしよう。
ここに来て懸念事項が次から次へと出てくる。やっぱり帰るべきか。ぐるぐる悩む。
「管理人さんがどんな人かによる」
そうだ、結局そうなる。
「管理人さんは私だよ」
「わっ」
振り返ると、耳の下で髪を一つに結んだ、桜色のワンピースを着たお姉さんが立っていた。茶色いエコバッグの中に卵パックが見えた。買い物に行っていたのだろうか。
「お嬢さん、とりあえず、中、入ろっか」
「はい」
ちょっとこれ持ってもらっていい?とお姉さんが咲子にエコバッグを預けて腕まくりをした。
そんなに扉重いんだ。そしてポケットから何かを取り出し、木の隙間にはめた。
「ふっ、よいしょー」
お姉さんが横にドアを勢いよくスライドさせると(咲子はドアノブを引くか押すかの二択だと思っていた)、そこにはピカピカのエレベーターが佇んでいた。
「えっ」
お姉さんは再びポケットに手を突っ込むと、人差し指サイズのリモコンを取り出した。慣れた手つきでボタンを押すと、目の前のエレベーターが静かに開いた。
「はいはい、じゃんじゃん、お乗りください」
ツッコミどころしかないけれど、かくして、咲子は時計塔へ足を踏み入れた。
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