第23話 デスゲーム開幕


 校内に入り二つの教室を回った。だけどこれといった成果は何も得られていない。というのも、確かに何者かが生活している痕跡はあるものの、人の影や気配すら感じられない。

 そして大問題なのは校内全体に流れるどこかの国の軍歌。ボリュームもそうだが、日本人には馴染みがなさ過ぎてとても不愉快だ。

 今は二階の教室の探索を行っている。


「鴨井さん、一旦廊下に出ましょう」


「そうだね、ここも何もなさそうだ」


 耳元で会話をしないとお互い意思疎通が取れない。会話が終わった後も近い距離感でいるのは何かこう気持ち悪いので、普段よりも距離を取ってしまう。

 鴨井さんが俺よりも先に教室から出る。


「鴨井さん!」


「?!」


 俺は鴨井さんよりも先に気が付くことができた。鴨井さんよりも後ろに居たからだ。鴨井さんが教室を出た瞬間、足元の床が隠し扉の様に開かれ、彼は下に落ちて行ってしまった。安否を確認しようにも開かれた床は元の床の形に戻っており、何度か叩いたりしてみても開かれる様子がない。枠線なども存在せず、どれくらいのサイズ感で開かれるかも忘れてしまった。見事な作りだ。


「いや、感心してる場合じゃない」


 俺は周囲を見渡し、すぐに警戒態勢に入る。ブレードに高周波を送る指示をデジタルアラートより完了させる。腰に装備した白一色のブレードは甲高い音を響かせ、青く眩い光を発生させる。

 これでいつでもやれる。


 二人、三人か。複数名の足音が軍歌に隠れ聞こえ始める。走ってきている様子はなく、ゆっくりとこっちに近づいている。こんなにも大音量で軍歌が流れているのに足音が聞こえてくるなんて、一体どんな体格をしているんだ?


 ゲヘナウイルスの順応感染は、身体能力の向上や治癒能力の向上を促進させるが、その骨格に何か影響を与えることはできない。だとすると……。


「祖国、帰る。祖国、帰る」


「ッ!」


 廊下に図太い声が聞こえ始める。「祖国、帰る」という二単語を連呼する声が複数聞こえ始める。そしてその声と同時に校内に流れていた軍歌が鳴り止み、俺を焦燥感が襲う。


 大丈夫だ、これは焦りというよりもアドレナリンの現れ。普段よりも集中力が向上し、額を滴る汗が何滴かも理解できる。

 校外はカラフルな色でライトアップされていたが、校内は蛍光灯の薄暗い不気味な光のみ。その不気味な光の奥から、ユラユラと大きな影が視界に入り始める。


 その大きさはざっと見て二メートルは優に超えてくる。そしてそれ以上の問題は、左から三人、右からも二人俺の元へ向かってきている。この巨体を五つもまとめて相手をしていたら敗北は免れない。


「少ない方から片づけるのは定石、柴崎隊長なら――!」


 数が多い左からだろ。三体を片付けて後を楽にする。

 ブレードを引き抜き、左へと全力で走る。


「祖国、帰るゥ!!」


 影を抜けた先には、薄汚れた無地の緑色のツナギを着た巨漢の男が三体。体格もそうだが、顔を信じられないくらい四角で金髪、恐らく北の方の国の人間だ。


 俺を目視で確認すると大きな右腕を力いっぱいに振るってきた。しかしその大きさ故に動作はかなり遅い。当たったら一撃が致命傷になりかねないな。一体目の攻撃を避け、その後ろに居た二体目も同じような攻撃を振りかざしてくる。


「ぐぉ!!」


「――――」


 これも完璧に避ける。狙うは一番後方の三体目。

 こいつ等もゲヘナに感染している堕者なのか? 蛇導の人間よりかはまだ人間味がある気がするが、そんな悠長なことは言ってられない。

 俺は迷うことなく、最後尾の男目掛けブレードを振りかざす。


「喰らえ!!」


「むごぉぉぉぉ!!」


 なかなかいい反射神経、運動能力は日本人とは桁違いだな。俺が横振りしたブレードを両腕のガードで受け止める。だが俺が振るってるのは高周波ブレード、刃に先に触れた右腕は地面に落ち、左腕も千切れる寸前。どんなに剛腕でも科学には勝てないって訳だ。


「っぶね」


 無論敵はコイツだけじゃない。左側三体を先頭からA、B、Cとして、A、Bが同時に攻撃を仕掛けてきた。

 身体の大きさのせいで基本的に足技は出てこない。つまりは上半身だけに集中できる。右側の二体とはまだまだ距離がある。本来こいつ等がしっかりと連携が取れているとするならば、走ってこっちに向かってくるはずだが、こいつ等はそれをしない。俺に何か話しかけてくるわけでもなく、操られているロボットの様に視界に入った獲物に攻撃を仕掛けるだけ。


 後方に目を向ければ、Cの身体からは白い煙が発せられていた。なるほど、順応感染者はこうして傷を癒せるのか。ゲヘナの力は恐ろしい。切り落とした右腕が生えてくることはないが、右腕の断面はすでに皮膚で覆われ、千切れかけていた左腕は完治している。


「オッケー、つまりは切り落としきれってことだろ!」


「むぅぅぅ!!」


 次はBに対して仕掛けた。腹部にブレードを突き刺し、肩の方へとブレードを走らせる。大量の鮮血が吹き出し、Bは膝をついた。とどめは頭を身体から切り離さなければいけない。


「っく!」


 寸前でAのとてつもない威力の拳が地面に突き刺さる。間一髪だった、衝撃波のようなものが肌で感じられた。


「?!」

 

 地面に突き刺さった拳がそのままの勢いで下から俺を目掛け発射される。まずい、上体が浮いたままだ。カウンターはまず合わせられない。


 ――受けるしかない!


「ぐおおっふっ!!!」


 ブレードを盾として受けた。意識が朦朧としてる。背中と頭に強烈な痛みが生じ、GSAMゲヘナ特化型マスクのせいで呼吸がしにくい。


 ――あれ、なんで俺は天井を見てるんだっけ?


「ぷっはっ!!」


 意識が一気に覚醒した。気を失うか失わないかの寸前まで追い詰められていた。


「うっぐ……」


 上体を起こすと、さっきよりも遥かに強烈な痛みが襲ってきた。背中から? いや頭か? もはやどこが痛みを生じているのか理解が追い付かない。

 前方を確認するとA、B、Cだけでなく右側二体も合流し、五体の堕者が俺の方へとゆっくり向かってくる。


 廊下の中央から端まで飛ばされた。距離にして十メートル。その威力を物語るように、俺を受け止めた廊下の端の壁がひび割れている。視線を右に向ければ下と上に繋がる階段がある。ここは一旦逃げて態勢を整えるか?


「いや、逃げたって一緒だろ」


 ここでこいつ等を仕留められないんじゃ、柴崎隊長の求める人材にはなれない。俺には戦うしかないんだ。

 ブレードを強く握り締め、デジタルアラートに指示を出す。


「やっぱ酸素吸った方が強いだろ、人間は」


 GSAMを解除し、顔面を露わにした。この先にも敵がいるのは明白、正直ここでゲヘナを吸い過ぎるのは避けたかったが、死んだらそれ以上は望めない。

 鴨井さんと合流するためにも、ここは覚悟を決めるしかない。


「「「「「祖国、帰る」」」」」


 五体との距離二メートル。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


「なに?!」


 Aは首から溢れ出す鮮血を止めようと両手で握り締めるが、絶命した。


「立てる? 開智」


 水色髪の美女、可憐に現れたGSW四番隊の戦士、千波 叶せんば かなうだ。


 

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