第16話 泪奈への希望


「大方予想通りか」


「話していただけますか、全て」


「一体何についてのことだか」


 あくまでも隊長はとぼけ続けるつもりらしい。答えることなど何もないと、わざとらしい口調で俺を突き放す。


「GSWは組織として機能していないと、戦闘部隊の報告書など上は気にも留めないと、そう仰ったのはアナタです」


 俺は腰についたブレードに手を伸ばす。


「やめておけ。気にも留めないのは、お前のような戦力にもならないような奴らの死だ。私のような大物が死ねば騒ぎにもなるし、お前では私には及ばない」


「っく」


 そうだ、この人が言ってることがすべて正しい。そもそも何も聞かずに冷静さを欠いた俺がすべていけない。

 隊長は俺が知りたいことが何なのか知らないのだから。


「すみませんでした」


 俺は震え声で謝罪した。


「その闘争心は嫌いじゃない。お前という男をより認識できた」


「やはり、GSWはその答えを持っているんですか」


「ゲヘナに感染し、動けなくなった者を元に戻すか」


 ゲヘナウイルスに感染した人間は二種類の感染経路を辿る。感染した者の大半の末路が死性感染だ。

 死性感染は体内に侵入したゲヘナが体内の臓器・血液を攻撃し、正常に機能させなくするもの。寿命は人によって異なるが、ひとつだけ確かなのは確実に死を迎えるということ。


 そしてもう一種類が順応感染。ゲヘナと人間との間に稀に起こる感染経路。体中の血液、髄液と結合し、身体能力の向上、ゲヘナウイルス対する抗体、麻痺部分や欠損部位まで再生させることができる感染だ。2%程で起こる奇跡とも言われている。

 このGエリアに存在している感染者達は皆、順応感染を引き起こしている。

 そして言うまでもなく俺の妹の泪奈は死性感染を引き起こした。


「お前の妹について詳しくは知らないが、諦めることが何よりも最善だ」


「諦められない理由は、家族だからなんていう簡単なものじゃないんです」


 この人に俺の思いが伝わるはずがない。そうさ、絶対に不可能なんだ。俺が泪奈に抱く感情や愛は、他人には決して伝わることのないもの。己の中にしか存在しないこの感覚を、他者と共有することは叶わない。


 変わらず冷静な表情を浮かべ続ける隊長は、俺に一歩歩み寄り口を開く――、


「利用すればいいさ」


「利用?」


「そうだ。私やGSWを利用すればいい、お前の目的の為に」


 そもそも俺はそのつもりでこの場所へやってきた。まさか柴崎隊長からその言葉を聞くことになるとは思いもしなかったが、それは有り難い限りだ。

 

「私が知る限り、蛇導だどうはゲヘナに関する情報を一番得ている集団だ。今日お前に発言権を与えるつもりはないが、私と奴の会話から何かヒントを得るんだな」


 一瞬視界が歪む。


「――?!」


 突然、俺と隊長の間に鉄のブロックが降ってきた。

 臨戦態勢に入る俺を、柴崎隊長が右手で制止する。冷静に周囲を見渡せば、先程までの景色とは一変、カラフルな色でライトアップされた廃屋がいくつも並んでいた。


「これが、ネオン街」


 思わずそう言葉が漏れるほどに派手な街並みが、目で見える範囲に広がっていた。


「第四区に入った、攻撃許可は与えない。私に付いて来い」


 隊長はそう短く俺に命令した。


「――了解」

 

 隊長のその様子から察するに、おそらくここに出入りするのは初めてのことじゃない。


 壊れた電柱や街灯の上には、全身に大きく蛇の入れ墨を入れた男女が無数に存在した。これが蛇導のメンバーであり、ゲヘナに順応感染している者達か。


「よぉぉ白服!! オレ様と一戦交えるかァ?! アァ!!」


 声を荒げる堕者が何人もいるが、隊長は全く構うことなく進む続ける。正直何が起こってもかしくないこの状況、恐怖心がないと言ったら大噓になる。


 ネオン街を奥へ奥へと進むと、『蛇』と大きくスプレーで描かれた一戸建ての家が現れた。廃屋しかなかったGエリアには似合わない、綺麗な一戸建てだ。


「いいか、ここから先、お前は何を言われても口を開くな」


「え、どういうことですか?」


「そのままの意味だ。そしてこの先目にすること、耳にすることもお前と私だけが知り得ることだ。お前を信用する」


 正直困惑でその場は「はい」と咄嗟に返事をしてしまった。


 ごく普通の家の玄関を開ける、家の中には大音量の派手な音楽が流れていて、嗅いだことのない、これまた派手な香りが家中を包み込んでいた。

 隊長はリビングなどが存在するであろう一階は無視し、そのままの足取りで二階へと向かった。

 そして二階にある一室の扉を開く。俺も後に続いた。


「ヨォ。遅かったじゃねぇの、柴崎恭弥隊長さん」


 部屋の奥には高級感満載のソファに深く腰掛ける金髪ドレッドヘアーのド派手な男と、下着姿の女が二人。

 金髪ドレッド男はこの地には似合わない高そうな装飾品をいくつも身に付け、その存在感は抜群だ。


「堂島、外の堕者達の躾が間に合っていないようだな。次に来るときに行儀のないゴミは殺す、いいな?」


 金髪ドレッドの男の名は『堂島どうじま』。座学で習った、Gエリア特定区第四区蛇導だどうのリーダーだ。

 堂島は隊長からの警告を鼻で笑い、前傾になる。俺は少しだけ警戒心が働いてしまう。


「アァ?」


 そんな俺に気が付いたようで、堂島は紫色の双眸で俺を睨みつける。


「なんだコイツは」


 薄ら笑いで、小動物を見るかのような態度でそう呟く。俺は隊長との約束がある為口を開けない。


「新人だ、何の影響もない。用を済ませるぞ」


 隊長が俺の代わりに軽く挨拶を済ませる。堂島は納得がいっているようには見えなかったが、それ以上俺に興味を示すことはなく、二人は本題へと移った。


「今日は死神についてもだが、ひとつ聞きたいことが増えた」


「おいおい、いきなりルール違反とはなァ。いくら隊長さんとはいえ、そいつぁ高くつくぜ?」


「まずは、死神についてだ。これの分はもう支払い済みだ」


 「死神」、恐らく柴崎隊長の右目を奪った堕者のことだ。隊長も何かを支払ったと言ってるが、恐らくこの感じはお金じゃない。


「あぁ、確認は取れてる。死神野郎の行動だが、ありゃあ本当にただの天災だ。何の目的もなく現れ、気分が悪けりゃ殺しを行う。最後の目撃は第五区だ」


「そうか。その最後の目撃とやらはいつの話だ?」


「ハハハ! 抜かりね~な柴崎隊長さんよ。ついさっきの出来立てホヤホヤの情報だ」


 柴崎隊長との会話を楽しそうにする堂島。俺はこの異質過ぎる空間に恐怖心を覚える。隊長は全く楽しそうという雰囲気はないものの、なんという落ち着き。同じ人間とは思えない。


「そんで、あとひとつ何が聞きてぇ?」


「抑制剤なんて不良品ではなく、抗ウイルス剤が欲しい。死性感染者用の」


 隊長がその言葉を告げた瞬間、堂島はこれまでにない程に大声で笑った。女達も堂島と同じように下品に笑う。

 俺と隊長は堂島の爆笑が収まるその時まで待った。


「済んだか?」


「残酷冷酷のアンタにも、守りたい死にかけ人間がいたのか?」


 堂島は半笑いのままその言葉を告げた。


「これ以上笑わせるのはやめてくれ。もう腹いっぱいだ」


 自然と怒りが込み上げてくる。拳に力が入り、歯ぎしりが聞えるほどに顎に力が加わる。堂島がそんな俺の様子を見逃すわけがなかった。


「まあ、アンタなわけねぇーよな。そこのボクちゃんか、悪いがそれについては諦めるんだな。そもそもに俺達が死性感染なんて引き起こす貧弱に興味がある訳がねーだろ? そいつは女か? 女なら俺が性処理おもちゃとして遊んでやるから持って来いよッハハハハハ!!」


「っそが……」


「――中村」


 いつの間にかブレードに手が伸びてた。怒りで聴覚も視覚もおかしくなっていたが、隊長の覇気のある声は俺の耳に届いた。

 この感覚や恨みを忘れるなと、隊長が強い視線を送ってきた。


 同時に、俺の抱く希望は打ち砕かれたと言っていい。


「おいガキ」


 笑いが収まった堂島は隊長ではなく俺に視線を向けてきた。


「コイツをやるよ。覚悟が決まったら貧弱に打ち込め」


 堂島はそう言い俺の足元に小さな木箱を投げた。一応拾っていいのか隊長に視線を向ける、アイコンタクトで許可が下りる。

 木箱を拾い上げ中を確認してみると、そこには透明な液体と注射器が入っていた。


「ブツと調合法は教えてやらねぇ。そっちの方が打ち込む時ワクワク済んだろ?」


「――――ッ」


 こんなふざけた人間と会ったのは初めてだ。こんな物を泪奈に打ち込めるわけがない。そうだ、忘れちゃいけなかった。こいつらは同じ人間じゃない、堕者だしゃなんだってことを。


「行くぞ」


 怒り心頭の俺の肩に手を置き、隊長が帰宅を促した。


「――待て」


 俺も部屋を出かけた時、堂島がそれを制止した。


「柴崎、いつも言ってんだろ。質問は一つ、対価も一つ。今回お前の質問は二つ、その分の対価は払ってもらわないとな」


「何が望みだ」


 隊長は扉の方を向いたまま堂島にそう尋ねた。

 堂島は「そうだな」と前置き言葉を続けた、


「アンタ等のとこの佐藤南雲さとうなぐも、アイツは強すぎる上に冗談が通じねぇ。アンタも厄介な思いしてるんだろ? ウチで処理するから協力してくれ」


 GSW三番隊隊長佐藤南雲、俺も一度だけ面識があるがやはりあれは別格なのか。柴崎隊長も何かを考えているようで、すぐには返答できない様子。


「わかった、次回までにまとめておく」


「……」


「そいつァ助かるぜ。またな柴崎隊長さん」


 まさか過ぎる返答だった。俺は動揺を隠しきれているだろうか。俺の為に抗ウイルス剤の件を尋ねてくれた時は、多少は血の通った人なのかとも思った。だが、今はどうだろうか。冷酷なその瞳に、仲間を裏切ることになるかもしれないなんていう感情は全く感じられなかった。

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