第13話 Gエリアへ
「痛ってぇぇぇ!!」
注射を刺され騒ぎまくる20歳
「騒ぐなよ彰、ほんの数秒だろ」
「馬鹿言え開智ィィ! 細い針が腕に刺さるんだぞ?! それだけならまだしも、意味不明な液体が体の中に入ってきてるぅぅぅ!!!」
「この液体はね、君達がエリアの中でも最大限に力を発揮できるよう――」
「先生僕そんなこと今どうでもいいですぅぅぅ!!!」
ダメだこりゃ。白衣を着た先生と口論しまくる彰の暴走は、もうしばらく続くことだろう。
とはいえ、確かに得体の知れない液体なのは確かだ。『抑制剤』と名前だけ聞いた時は予防接種のようなものだろうと思っていたが、紫色の液体を点滴で体内に摂取する。量はそれほど多くないが、わざわざ点滴ということはやはり体に大きな影響を与えるということだろう。
「中村君、何か気になる点が?」
「あ、ひとつだけ」
「何でも質問してくれたまえ」
先生は本当に医学が好きなのか、嬉しそうに表情を浮かべ質問を待っている。
「仮に抑制剤の効果がある一か月を過ぎたとして、抑制剤を投与していない状態でエリアに入った場合、ゲヘナに感染するんでしょうか?」
「その点は安心してくれ、実際に抑制剤は一回の投与で半年は効力が続く」
「えええ! 先生それじゃ何の為に一ヵ月間隔で注射されなくちゃいけないんすか?!」
半泣き所か本格的に涙を流し始めている彰……。
だがいい質問ではある。
「まあ、こんなこと言って怖がらせたくはないけど、仮にエリアから出られなくなるような緊急事態に陥ったとして、ゲヘナに感染して死ぬっていうのは辛いものだよ」
「ッ」
先生の表情からもわかる、それは真剣だ。彰もこのタイミングでは流石にお茶らけてこない。
つまりはなるべくの延命、空腹や致命傷で命を落とす方がまだ楽であり、感染する前に死滅する確率を多少なりとも上げているわけだ。
「さっ、投与は終わりです。これで君達も一か月後にはお望みの戦場に立てるわけだ! お国の為に頑張ってくれたまえ!」
「
彰は颯爽と診察室を後にする。
俺もその後を追うことにする、しかし、
「――戦時中ね~」
俺の背後からそんなセリフが放たれた。先程の声質とは少し異なる、先生の言葉。気がかりになり再度先生の方へと振り返る。
「中村君、今まさに君がいるここは、戦争をしているのではないかね?」
「戦争、ですか……」
「そう、戦争だよ。君達はGエリアという東京の広大な土地を、感染者から奪うためにその腕で刃を振るう。力がある感染者も、そうでない感染者も、君達はゲヘナに感染しているから、という理由でエリアに存在している者達を、排除という名の殺戮を行う。そうだろう?」
罪悪感を覚えさせるようなその問いかけ。一体なぜこのタイミングで先生が俺にこの問いかけをしてきているのか、それはわからない。
だがひとつ、確信していることがある。
「先生」
国の方針や、組織の目的なんてものは俺には関係ない。いつだって俺のこの身体は泪奈の為に働く。その生命が潰えるまで。
「俺は隊長達の様に、感染者と非感染者の線引きを明確にして、刃を突き付けることはできないかもしれない」
「それは弱さだよ」
「相手の表情に、瞳に問いかけてしまうかもしれない。あなたは本当に悪人なのかと、死すべき人間なのかと」
先生は黙って俺の言葉を聞き続ける。弱い男の、弱音を。
「でも、GSWの目的とか、隊長の命令とか、俺にはそれ以上に優先するべきことが明確にある。その為なら、俺の目的に繋がるのなら――」
こんな言葉を言い放ってしまっていいのだろうか。非情で極悪で、モラルの欠片もないようなこんな言葉を。
言葉に詰まる俺は、優しい先生の視線に甘える。だけど、この言葉をもう止めることは神にもできない。
「俺は女だろうと、小さな赤ん坊だろうと、――それが仲間だろうと関係ない。俺は俺の目的のために、この手をいくらでも血に染めて見せる」
先生からすぐにリアクションされることはなかったが、5秒か7秒くらいが経過すると先生は数回頷き、俺に背を向けた。これ以上の会話は必要ない、そういうことだろう。
先生の背に一礼し、俺は診察室を後にした。
「なるほどねぇ、中村開智君、妙な雰囲気はある」
最後に、確かな声量でそう聞こえた。
**********
三日後。
「ブレード装着確認よし、高周波残量100%確認、デジタルアラート電源入りました。中村開智準備できました」
「いいか、戦闘時や呼吸困難な場合以外は、
「はい!」
一通りの装備確認を終える。
いよいよGエリアに、この足で踏み入れることができる。初めて人の命をこの手で奪い、過酷なトレーニングもこの柴崎隊長から受けた。今の俺になら、泪奈の命を救うことができるかもしれない。
残されている時間は少ない、今俺に迷っている時間はないんだ。
「今日はお前の初陣だが、単なる巡回に過ぎない。余計な気は起こすなよ?」
「承知してます」
「本部に告ぐ、これより戦闘部隊二番隊、柴崎と中村、ゲート3からエリアに入る」
『本部より承諾を得ています。健闘を祈ります』
柴崎隊長のデジタルアラートからエリアへの立ち入りが許可される。GATE3の文字が刻まれた巨大な鉄扉が大きな音を立て、上方向と下方向に開かれる。
「我々は自衛隊や警察組織じゃない、部下の命など二の次だ。貴様の危険行動になど私の力は使えないぞ。自分の身は自分で守れ、いいな?」
隊長の鋭い視線、俺はいつもこの視線に活気を覚えさせられる。こんなにも心強い人が近くに居るんだ。最強になったような気分。
「柴崎隊長、俺はやれます」
「フッ、そうか」
一気に空気が変わる、負、悪、死、この世のすべてのマイナスの空気だ。
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