第11話 強者と弱者
本局ビル地下、格闘訓練室
今日俺は、二番隊の隊長である柴崎隊長に呼び出されていた。地下の格闘訓練所、それが意味するものはもちろん戦闘術の確認。
GSWに入隊する前、筋力トレーニングや基礎体力トレーニングなどは行っていた。しかし格闘術とはそういったものとは全くの別物。生きている者に対する暴力は、普通の人間ならば恐怖や罪悪感が生まれ、実行することにかなりの抵抗を覚える。ましてや俺達が相手をするのは、ゲヘナに感染しているとはいえ人間の形を保った生き物だ。それらから命を奪い取ることができるのだろうか。
気が付くとエレベーターは目的の階に到着していた。扉が開くと、乗り込む人が数名いた。格闘訓練所ということだけあり、顔面は腫れ上がり、活気も失っている男が三名。俺は不思議と恐怖を感じることはなかった。
エレベーターから降り、第三訓練室を目指す。何度いろいろな方向に目を向けても、視界の中には白一色しか映らない。しかし、第三訓練室の扉だけは違った。
「これは……」
ドアノブには、まだ新しい血液が付着していた。俺は迷うことなくドアノブを握り締め、重い鉄扉を開いた。
「随分と待ったぞ、中村」
そこには、同じ人間とは思えない程のオーラを発する男の姿があった。
「申し訳ありません柴崎隊長。この度、柴崎隊長の隊に――」
「貴様の入隊など、どうでもいいことだ。ここで死ねばそもそも使い物にならん。生き残ったところで、明日からGエリアに連れて行くわけでもない」
柴崎隊長の姿に目を向ければ、袖のないチョッキのような装備、下はスラックス、靴に関しては革靴じゃないか。コツコツと音を立て、薄暗い闇の中から俺の方へと近づいてくる。
やっと表情を拝める。整えられた紺色の頭髪、黒縁メガネを介した細く鋭い目、韓流スターの様な顔立ちだ。綺麗なままなら……。
右目に違和感を覚えた。深く痛々しい傷が残っていて、瞳も白く完全に光を失っている。この人が戦闘部隊の一つを担う人材、先ほど感じたオーラは偽物ではない。
「コイツを握れ」
「はい」
差し出されたのは木製の刀、特に何の変哲もない木刀だ。
柴崎隊長は俺を中心にゆっくりと回り始める。
「我々は銃やミサイルで戦うことは禁じられている。理由など気にするな。その代わりにブレードで
「はい」
「堕者は死んだ人間に小便をかけるようなゴミだ。ゴミを捻り潰すことに迷いが生じる奴は、私の隊にいらない。お前はどうだ中村」
「……」
眼前に柴崎隊長が寄ってくる。恐ろしい程の圧をかけて。
「――そうか、それはいい。その迷いは私もお前を鍛える糧になる」
柴崎隊長は、恐ろしい表情を崩さぬまま、眼光を放ち続けた。
「構えろ」
「はい」
「初日からそこまで厳しくするつもりはない。私かお前、どこの部分でも構わん。骨が折れた時点で今日の訓練は終了としよう」
「……はい」
「ここは校則が存在する学校ではない。冗談ではなく本気だ。罰則ももちろん与えん。構わず殺す気で来い。そうでなければ、お前のどこかの骨が音を立てて破壊されるぞ」
一気に仕掛ける。この人の口から発せられるのは冗談なんかじゃない。やらなくちゃやられるだけ。剣術なんて学んできてない、この人に全力をぶつけるだけだ。
「ッ!!」
消えた?! 一瞬で俺の視界から。予測でしかないが、人間の視界から一瞬で消えたということは背後に移動したということ。振り切った木刀に再度力を籠め、背後に存在するはずの柴崎隊長目掛け、思い切り横方向に振りかざす。
「っらァァァ!!」
――空を切った。
剣先は隊長の鼻をかすめたかのようにも見えた。それも隊長の計算通りだった。何故なら彼は一歩も動いていない。俺の視界から消え、その場に立っていただけ。彼はひと振り目を空振り、背後に思いきり振りかざすという俺の行動を完全に読み切っていた。
「っく」
全身の体重を乗せ、木刀を振ったその反動は大きい。もう受けの体勢を取り戻すことは不可能、身体が流れていく。
「――貴様の甘さは母親譲りか父親か、今日はそれを考え右腕の治療に専念するといい」
「うっはぁ!!!」
みぞおちに一撃。悶絶という名の絶望が全身を襲い、膝から崩れ落ちる。途中、隊長に右腕を掴まれる。
「ぐぁぁぁぁぁあああ!!!」
俺の右腕は、隊長の膝により90度逆方向に折り曲げられた。
たった二秒ほどの出来事、完敗だ。
「うっぐ、ハァハァ」
「中村、貴様は何をしにここへきた」
「そ、それはぁ、今この場に、という意味でしょうか」
「違う、何故GSWに入隊した?」
呼吸を整える間もなく質問、鬼畜の所業だ。溢れ出る冷や汗と痛みに堪え、隊長の求めるものに答える。
「救いたい命に関わるからです、この仕事が」
「――立て、行っていいぞ」
俺は逆方向を向く右腕を抱え立ち上がり、隊長に一礼をし出口に向かった。
「失礼しました」
隊長からの返答はなかった。
**********
本局医療ブース。
「ハハハ、あの人は実は優しい方だよ」
「そう、なんですか」
「そりゃ命を懸けて戦っている最前線の一人だからね。厳しいのは当たり前だし、中村君も理解できるだろう? 隊長達だって部下に殉職してほしい訳じゃないんだから」
「そりゃそうですけど……」
GSW本局で医療を任されている人たちは飛び切り優秀だ。今俺を診てくれているこの男の先生も、有名医の一人だ。見た目は小太りのおじさんだが、慣れた手つきで俺の右腕はギプスで固められた。
「それに、この右腕も綺麗に折られている。くっ付くのも早いだろうし、人体ってのは不思議で、負傷した部分をより強固にする性質もある。ポジティブに捉えていこう中村君」
「ありがとうございます」
治療は完了。診察室出る前に、あることが気になり先生の方へ振り返る。
「先生」
「なんだい?」
「強者と弱者、
先生は俺が何を言い出すのかわからないようで、少し顔を強張らせた。
「先生はこの場所が長いはず、そんな先生から見て、誰が一番高い能力を持ってると思いますか?」
その問いかけに対し、先生は難しい表情を浮かべながらも少し微笑んだ。確かに子供が発想しそうな問いかけだ。だけど今の俺には重要なこと。
「そうだね。正直変わった人間の集まりだと思うよ。戦闘部隊以外のことには詳しくないけれど、私から見て最も力を有しているのは――」
止まった。軽く微笑んだままの先生の口はそれ以上開かなかった。
「中村君、君の目で確かめるのが一番だ」
「――そうですか」
俺は扉を開け、退出する。――寸前——、
「疑問は、時に信じているモノが正しいかわからなくなる。それは疑問の数だけぶつかることになるよ。疑問を抱くことを咎めはしないけど、間違った判断だけはしないようにね」
先生の表情を読み取ることも、直接拝むこともできなかった。俺はなぜこの思考が先生に伝わったのかと、考えれば考えるほど怖くなった。
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