第9話 実技試験――終
さっきの俺の目潰し、照宮は平然を装っているが左目の視力が完全に失われている。それを証拠に重心が右に寄ってる。死が存在するこの戦いじゃ無理もない、恐らく弱点を隠しながら戦う余裕なんて、コイツには存在してない。
勝てる、間違いなく。そんなことより何なんだろうこの心地良さ、今まで何の為に生きてるのかわからなかった。今はその答えが出たかのようだ。普通に働いて子孫繁栄、そんな馬鹿な行為で歴史の存続なんてクソ喰らえ。人は欲望だろう、渇望して何が悪い? 人は人を蹴落とすことを、渇望する生き物なんだ。本能に抗えるはずがない。今ここでそれらを満たす。
「なあ、照宮」
「喋り掛けんな」
「焦んなよ。制限時間なんて――」
遅い、遅いよ照宮。そんな動きで俺を殺せるのか?
「うっらァァ!!」
右、左、そしてまた左。先程まではそれが不規則でも、今はさっき見たリプレイに過ぎない。単調な攻撃手段しかないなら——、
「終わりなんだよ! 照宮ァ!」
「はッ――?!」
強烈なカウンターが照宮の顔面を襲う。数メートル後方に吹き飛び、仰向けのまま動かなくなった。
俺はそんな照宮の元へ、疲れ切った身体を無理矢理動かし近づく。
激しい頭痛に眩暈。俺の身体もとっくに限界に到達している。こんなにもボロボロにされたことはもちろん、他人をボロ雑巾にしたことも初めてだ。
「気絶か。一撃で決まるなんて、つまらないことないよな?」
まだ動くことのない照宮。鼻は潰れ、視力のない左目と、ぼっこりと腫れあがった右目。もはや元に戻ることはないだろうな。
「モデルにもなれそうな顔付だったのにな――」
返事もない。
俺はそんな照宮の頭をやさしく抱え、右腕を首に通した。あとは力いっぱいにこの首を絞めつけるだけ。
「悪いな、これも泪奈の為だ」
「ッッ……ッ」
力を込めて数秒、意識のない照宮の身体が、拒絶反応により痙攣し始める。両手両足胸部、全てが恐ろしい程に揺れ動き、俺はもう後には戻れなくなった。出会って数日の人間を手に掛ける恐ろしさ、それは想像を遥かに超えるものだった。彼にも俺と同じように親がいて、友人がいた。そのすべての記憶が、まるで腕から伝わってくるようだった。
「くかぁ――ぁっ」
痙攣は、収まった。
「――――」
終わったんだ。終わらせたんだ。この手で。
『Dグループ実技試験合格者を、中村開智と認めます』
視線を下に移す。俺の腕の中で眠るように生を失った
「そこをどいて。正面のゲートへ速やかに移動しろ」
気が付けば、また白いオーバーコートを身に纏う四名に囲まれていた。こいつらも人を殺し、今この場に存在している。
「あなた方は、後悔していないんですか?」
「――――」
震える声でそう尋ねるも、返事がない。それどころか遺体となった照宮の回収作業に移った。
視界が、脳が、真っ白になり、俺は一人の男に縋った。
「お願いです、それだけ答えてください」
「――我々は、戦闘部隊ではない。人を殺したことなどない」
男は冷たく、短く、俺を突き放すようにそう答えた。
最も、最も聞きたくない答えだった。ここに人殺しは俺だけだ。呆気に取られてしまい、言葉を発することも、思考することすらできなくなった。
「君は勇敢だった。この国の為に、壁の中の感染者達の抑制に努めてくれ」
「……」
この国の為? 壁の中の感染者? 俺はこれ以上に人を殺さなくちゃいけないのか? 二人目を殺す時、俺は何を思うのだろう。照宮の時の様に、恐ろしい罪悪感に襲われるのか。あるいは殺戮に慣れ、何も思わず命を奪うのか?
「ウッ、うぇえええ」
また嘔吐した。
**********
”合格者待機室”
試験会場から移動し、既に三名の合格者がいた。叶、深緑の長い頭髪を揺らすボサ髪の男、もう一人は初めて見る顔だ。
俺は今、誰とも関わりたくない。三人がこちらに視線を向けてきているのには気が付いたが、それは驚愕を意味している。俺は本来ここに辿り着けるはずがない男。照宮樹一という脅威を退いたことに、俺自身信じることができていない。
「うわうわうわーお! 中村君キミやっぱり――」
「黙れぇ!!」
こいつはこういう人間だった。まるで別の空間に存在しているかのように、空気を読むという概念すら存在していない。
「――放っておいてくれ。頼むから」
「中村君、ボクは嬉しい」
「うれ、しい……?」
先程のテンションとは少し変わり、落ち着きを取り戻しているボサ髪。俺の制止が利いているのかはわからないが、ニンマリとした表情は変わらず、言葉以外の何かで訴えかけてくる。
「嬉しいんだよ!! 君がすべてどうでもよくなった時、いっぱい話そう」
意味が分からない、わかりたくもないが。ボサ髪はそれ以上は口を開かず俺から離れて行った。
『おめでとうございます』
室内に放送が流れる。だがまだ流れるはずのない放送だ。
「あと、一人は……」
叶がそう呟く。全くその通りだ。グループ分けは五つ、必然的に合格者は五名となるはずだ。
『Bグループ合格者
「ッ!」
――全身に電気が走ったかのような衝撃を覚えた。そりゃ、そうだな。俺は少し期待したんだ。思うことすら犯罪になるかもしれないが、この場に人間を殺めた人間が五人もいれば少し気が楽になると。俺達は普通じゃないんだ。人を殺し、勝ち上がり、この部屋で今地面に腰掛けていることは、
心は物理的に存在していないが、どうしてこんなにもソレを感じるのだろうか。心がギュッと苦しくなる中、再びあの男が近づいてくる。
「そっかぁ、開智君かぁ。ボクは須和千春、どんな呼び方でもいい。ボクを呼んでほしい。ボクは君の名前を知る為にこの試験を頑張ったんだよ? ご褒美があってもいいよね? いや無きゃおかしいんだ。努力した者に対してそれ相応の対価があるのは当たり前の話で、ボクはそれに値している」
「須和君、今はもういいんじゃないかしら」
須和の意味の分からない話を止めたのは、叶だった。俺は怖くて蹲っていただけの情けない凡人だ。
「ぁ、あ、ごめんごめん。ボクったら取り乱してたよ」
「出口のゲートが開かれてるわ。中村君ももう行きましょう」
須和は鼻歌を奏でながら地上へと繋がる階段を上がって行った。
叶から伸ばされた白く綺麗な右手、
「聞こえてたろ、俺のことは放っておいてくれ」
俺はその手を受けることなく自ら立ち上がり、出口を目指した。寸前、
「開智、そりゃないだろ。もう俺達は敵じゃないんだから」
グループEの
「アンタは、敵じゃなきゃ人を殺してもいいって思うのかよ」
「それは――」
「いやいいよ。ここに来てる奴は、そんな感性すら持ち合わせてない。この場での異常者は俺みたいな凡人だ」
無論、それ以上俺に話しかけてくることはなかった。
いよいよだ。東京都4分の3を占領しているGエリア。あの壁の中に泪奈を救う何かが存在するはずなんだ。全て忘れよう。全て手に入れよう。もう忘れてしまえばいいんだ。奪った者も、奪われた者達も、全て都合よく忘れればいいんだ。
「……どうして、どうしてそんな簡単なことができないんだよ、人間は」
硬い地面を何度も何度も殴りつけた。痛いはずなのに、あまりの感情に痛覚は失われる。なのに、心に負った痛みを忘れることは、一秒も許してくれることはない。人間という生き物は、どうしてこんなにも不便なんだ――。
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